今後悔したことも、
今悩んだことも、
今泣いたことも、
今死にたくなったことも、
いつか全部、遠い日の記憶になる。
懐かしいと思える日が来るから。
大切な人と笑い合える日が来るから。
だから今、少しだけ頑張りたいと思った。
「やはー!いい天気ですね!!」
澄んだ晴天に、茜の声が吸い込まれる。
「そうね」
葉月も茜に同調し空を見上げた。昨日までの雨が嘘のように、快晴。茜がこう叫びたくなる気持ちも分かる。
いつもならジリジリと鬱陶しい蝉の声は、夏の始まりを告げているようでどこか心地よい。
「帰りにアイスでも買って帰りましょ!!」
「またおごらせないでよ?」
「分かってます! 今日はいちご味のやつがいいです!!」
おごられる気まんまんじゃないか。
思わずクスリと笑う。
「こら!いつまで喋ってるんだ!もう一周走らせるぞ!」
体育教師の低い声が校庭に響く。
いけないいけないと2人で駆け出した。
爽やかな風を背に、びゅんびゅんと速度を上げていく。茜も負けじと横に並ぶ。
葉月はふと空を見上げた。
青いキャンバスに描かれた、白い一本の飛行機雲。
あぁ、夏が来る。
「あーあ」
「どーしたの? そんな暗い顔して」
深いため息をついた私に、友達が心配そうに顔を覗き込む。私は浅めのため息と共にこう返した。
「いやさぁ、もう嫌になってさ。
志望校とか成績とか将来とか、面倒くさくなっちゃって。周りと比べられるのも、叱られるのももう疲れちゃった……なんて、はは」
今、友達にうまく笑えているだろうか。
「……もう全部無くならないかな」
「え?」
あ、しまった。暗くなりすぎてしまった。
それだけ疲れてはいたが、友達にわざわざ話す内容ではなかったな。
慌てて誤魔化そうと口を開けかけた時だった。
「そうだね。もう疲れたもんね。
私もだよ。
もう、終わりにしようか」
そう言って友達がパチンと指を鳴らすと、周りの景色がジグソーパズルのピースが剥がれるように、バラバラと崩れ始めた。テクスチャが剥がれるように、黒い無が剥き出しになっていく。周囲の人は気づかないのか、平気な顔をして歩いている。
なんだこれ。冗談かなにか?
友達は変わらず微笑を浮かべたままだ。
その間にも空間に黒が増え、元あった景色は跡形も無くなっていた。
このままでは本当に世界が終わってしまうのではないか。私が、私があんなこと呟いたせいで。世界が。
「待って!」
考えるより先に声が出た。
「ごめん! やっぱさっきの無しにならない!?」
「……なんで? そんなこと考えちゃうほど追い詰められてたんでしょ? だったら消えちゃおうよ。私と一緒にさ」
「だめだよ。……だってまだ私、あんたと行きたいとこたくさんあるのにさぁ……」
友達は目を丸くした後、くしゃりと笑った。
「あんたらしいや」
パン
友達が手を合わせた瞬間、世界は元に戻った。いつも通りの景色に、私は安堵のため息が漏れる。
「で、まずはどこに行きたい?」
友達は何も無かったかのように、そんなことを問う。
「……水族館」
「んよし。行くか」
友達は私の手をぎゅっと繋ぐ。
私は少し冷たく感じたその手を握り返す。
今日は絶好のイルカショー日和だな。なんて考えながら。
夜12時を回った深夜のネオン街。
制服のままの学生2人が、
離れ難いように手を取り合って。
楽しそうに笑いながら走っていた。
2人の明日はどこか知らない。
でも、2人はきっとそれでよかった。
2人が一緒にいられるなら、それで。
それは愛の逃避行。
私の友達のA子ちゃん。
運動も勉強もできる文武両道の優等生。
肩より少し長い真っ直ぐな黒髪と、白い肌。
化粧もしてないのに整った顔。
まさに高嶺の花。
乱雑で男っぽくて、肌が黒い私とは大違いの、守ってあげたくなるような女の子。
高嶺の花と友達であることへの優越感と、
女の子として完璧なA子ちゃんへの劣等感。
二つがぐるぐると頭を回る。
何も知らない純粋なA子ちゃんは、今日も私の隣で微笑んでいる。あぁ、最低だな私って。
私の友達のB子ちゃん。
いつも周りの人を笑顔にしているムードメーカー。
肩につかない焦茶の短髪と、健康的な浅黒い肌。
大きな目にくっきりした二重。
皆んなに好かれる人気者。
無愛想で冷たくて、肌の白い病弱な私とは大違いの、明るく元気な女の子。
人気者と友達であることへの優越感と、
いつも皆んなに囲まれているB子ちゃんへの劣等感。
二つがぐるぐると頭を回る。
何も知らない純粋なB子ちゃんは、今日も私の手を引いてくれる。あぁ、最低だな私って。