【奇跡をもう一度】
はい、希望を持ったそこのお前。そんなもんはない。奇跡ってのは偶然の積み重ねで出来上がった妄想だ。でも、事象として存在してる?へぇ。で?それが?ないもんはないぜ。じゃあこれからこの男の頭を銃で撃ち抜くけど奇跡ってのが起きるなら銃がジャムって助かるとか助けが来るとかそういう事だよな?ほい、撃ったぞ。死んだが?血塗れだが?ほら、奇跡なんてない。死者蘇生でも見せてくれるのかい。画面越しの安全圏のお前さんにゃ無理だわな。それにこれは録画だ。つまり…。
―どうも、安全圏のお前さん。奇跡ってのを教えてくれよ。
【たそがれ】
もう何連勤か忘れたけども煙草うま…。これだけの為に生きてる。ま、社畜なんて生きてるか怪しいがね。現代のゾンビと書いて社畜。テーマパークのハロウィンとか関係なくそこらじゅうに。パンデミック起きてるのかよって位いるけどな。ははっ。はぁ…イベントなんて知らね。さっさと職務に戻るか。どうせ、SNSで都市の吹き溜まりでゴミ問題や馬鹿やった人モドキの話を冷めた目で見る日でしかない。雪と同じ、大人になったら楽しい、ワクワク、綺麗なんて感情よりも煩わしいが勝る。キラキラと輝く純真なんざ無くしたよ。大人になるってのはそういう事。汚れるもんさ。はぁ、永遠に煙草吸っててぇ。
【きっと明日も】
「踏み込みが甘いですね。だから、いなされる」
小柄な女教官に軽々と天地をひっくり返される。刀術が得意な筈なのにどうして体術もこんなに優れているんだこの方は。
「顔を見なくても言いたい事は分かります。お答えしましょう。体術は基礎。ありとあらゆる分野で活躍します。それに並みの男性に敗北するなど屈辱の極みですので強くなって差し上げました。そして、教官として一言。基礎を怠る者は死して構いませんよ」
不敵な笑みから放たれる言葉は冷徹で鋭い。並みというのは一般男性の事ではなく兵士達の事。雑兵ごときと一緒にしてくれるなという圧。光のない目に見つめられて寒気がした。
「今日はこれでおしまいです。今回の箇所と次の箇所の教本を渡しておくので穴が空くくらい読み込んでください。実践もお忘れなく。筆記だけでは身に付きませんよ」
颯爽と訓練場を去る彼女。どれだけ訓練しようともまた今度も地面と口付けをするのだろうと手渡された教本を眺めながら思った。
【静寂に包まれた部屋】
椅子に括り付けられた両手首。口にガムテープ。両足首にロープ。空調の音しか聞こえない無機質な真っ白な部屋。デスゲームをするにしても人がいないし、モニターもない。スピーカーも監視カメラもない。何がしたいんだか。俺は御曹司でもなければ主要人物でもないし顔もよろしくない。本当に面白味のない一般人だ。それにこんな真似をしてくるとはとんだ変態だと思う。ストーカー?女の気配もないよ。男?部活の先輩と顧問ぐらい。正直、訳が分からないが暴れる気概もない。何がしたいんだろうなコイツ。夢だと思いたいが両手首と両足首の締め付けが現実を突き付ける。離してくれ。狙いは何だ。俺をどうしたい。
―
何時間経ったか。足先の感覚がない。マトモに座っていられない。船を漕ぐ様に身体が前後に揺らぐ。意識を手離すのに時間は掛からなかった。助けてくれ。一番最初に出てきそうなこの単語だけは最後まで出てこなかった。希死念慮?そんなもんないよ。ただ…目的が知りたい。それだけを思って白の部屋から黒の意識の底へ沈んでいった。
【別れ際に】
「おはようございます。お届け物です」
控え目な性格の顔馴染みの郵便屋さんがいつも通り手紙を届けてくれる。馬車が当たり前に移動や輸送手段としている中で機械的な装備の彼女は異端といえば異端だ。
「若いのに偉いわねぇ」
「偉いですかね?僕は…その…このお仕事を楽しんでやらせてもらっているので。あ!でも大切という意味では偉いですね」
困り眉でオッドアイの彼女はとても可愛らしい。だが、彼女は強い子だ。この辺境でさえも危険な世界で郵便屋として駆け回れるのだから。
「?どうされました?」
「頑張ってるわねぇって思っただけよ」
「褒められると嬉しいです。えへへ。それでは行きますね」
走る姿勢になった彼女を引き留める。
「ちょっと待って」
「ほぁ?何か不備でも?」
家に戻って、手紙を置き、クッキーを数枚小袋に包んで次の配達先を確認している彼女に手渡す。
「あ!お気遣いありがとうございます…嬉しいなぁ…」
「喜んでくれて嬉しいわ。お口に合うか不安だけれども」
「好き嫌いなんてないのでご安心を。美味しく頂きます。では!」
あっという間に駆け出した彼女はもう姿が見えない。人間なのよね?不思議な郵便屋さんを見送った私は微笑んで家へ戻った。