定年退職後やることもなく、TVとスマホを眺めるだけの日々に、業を煮やしたのは妻の方だった。
「これ、申しこんで来ましたから、あなた明日必ず行ってください。あなたに拒否権はありません。」
口を開きかけた私に妻は追い打ちをかけるように容赦なく言った。「つべこべ言わずに行く!」
妻が申し込んだのは、カルチャーセンターで開かれる絵画教室の1日体験コースだった。
何で絵なんだよ。描いたことなんて中学校の美術の授業までなのに。
そう思いながら受け付けで指示された部屋のドアを開けると、年配の女性ばかりの視線を一身に受けた。すぐドアを閉めて帰りたかったが、講師らしき老紳士がにっこり笑って私を手招きした。
「8、9、10、これで全員そろいましたね。」
クロッキー帳と6Bの鉛筆がそろえられているデスクにつき、簡単なデッサンをすることになった。
何を描いてもいいというので、用意された果物ではなく、私は自分の左手を描くことにした。
「こんな手をしてるのか。」
「よく観察することは大切です。」老講師が私を見て言った。
描き始めたデッサンは、実際より指が変に太くなったり爪の形がおかしくなったりで、自分でも丸めて捨てたいようなできだったが、久しぶりの「お絵描き」は何だか楽しかった。
「皆さん、どうでしたかな?今日は具体的なテクニックではなく、絵を描くのは楽しいことだと感じていただけたら大成功です。人やものをよく観察し描き続けてみてください。」と老講師は最後に言った。
ご婦人方と互いの絵を見せ合いよいところだけを褒め合うというのもありがたかった。
3時間はあっという間だった。
老講師に「こんなに下手クソでも教室に入会できますか?」ときくと、「下手も上手もありません。あなたの個性なんですよ。それにあなたは観察力がおありのようだ。テクニックを覚えれば、もっとあなたの思うように手や筆が動くでしょう。歓迎します。」と言った。
やってみようか。妻は何て言うだろう。
帰り際、受付で入会案内書をもらうとそこには、美しい野草の花が一輪咲きほこる絵が描かれていた。
お題「花咲いて」
宇宙の始まりなるものがどういう現象なのかを見に行き、宇宙の終わり(果てではない)がいかなる現象かを見に行く。
行ったところで干渉できないのだから、絶対に干渉のしようがないところなら見に行くかも。
お題「もしもタイムマシーンがあったなら」
君のすべて
お題「今一番欲しいもの」
さて、どうしましょうか。
投稿ネーム。
お題「私の名前」
たまっている有給休暇を使い少し早い夏休みをとり、1人温泉旅館に来た。
最近は女のお一人様でも偏見なく泊まらせてもらえるので嬉しい。
鄙びたその旅館は木造で、部屋も5室しかなく、まだ夏休み前の平日ということもあり、泊まり客は私しかいなかった。独り占めだ。
2泊目の夜だった。
「いいお風呂だった。」
部屋の明りを落とし、枕元のランプシェードだけにして、敷かれた布団に横になり天井を見上げると、節目模様と目があった。
え?あぁ、点が3つ三角形になっていると顔と認識するあれね、何とか現象って名前がついているんだったっけ。
あれ?昨夜はこんな節目あったっけ?
あぁどうしてだろう。とても眠くなってきた。まぶたが完全に閉じる直前、その節目模様の口元がニヤリと笑ったような気がしたが、私は猛烈な眠気には勝てなかった。
節目模様の顔の目の奥には、視線の先の獲物を見つめるぎょろりとした目玉が光っていた。
お題「視線の先には」