綺麗な桜の樹の下には死体が埋まっている、なんて話がある。桜の花が美しく咲くのは、その木の下に死体が埋まっていて養分を吸っているからなんて話を書いた小説が元ネタらしいが、それが本当ならどれほど素晴らしいことか。
死んだあとに、ただ燃やされ灰になるんじゃなくて生きた証を花として残せるだなんて。
「なァ、お前もそ思うだろ?」
深夜、家のそばの神社の裏。
地べたに横たわり冷たくなって動かない友人にそう話しかける。
一人で人間一人が入れるだけの穴を掘るってのは想像以上に大変で、だいぶ時間がかかってしまった。
二度と目覚めることのない彼を穴の中に移動させ、取り敢えず一段落。
小説の話は彼から聞いたものだ。俺は小説なんて読まないからね。「死んだあとは花葬(かそう)されたい」なんて急に言い出すから何かと思ったけど、あの時からこうする予定だったのだろうか。
だとしたら、なんて、たちの悪い。
一番の友人に、なんの相談もなく何も告げず勝手に逝ってしまったうえ、その後のことをそれとなく全ふりしてきたわけだ。
死体遺棄も立派な犯罪だと彼は知らなかったのか?
「そこまで頭の回らん奴じゃなかったと思うが……わざとか? ひでぇやつだなァ……なんてな。」
多分俺が真に受けるだなんて思ってもいなかったんだろう。いつもくだらないことを言い合っていたから、そんなこと俺は覚えちゃいないだろうって思ったんだろう。
今日だって約束があったわけじゃない。
俺の気まぐれで家まで遊びに行ったら鍵が開いてて中で彼が首つってただけ。
ぜぇんぶ偶然。だから、これはただの俺の気まぐれ。
「何がそんなに苦しかったんだか知らねェけど、ゆっくりお休み。……じゃあな。」
掘り起こした土を彼が入った穴へ戻していく。
段々見えなくなっていく。笑ってるような、穏やかな顔して死にやがって。ポケットに六文銭(300円程度)入れておいたから、ちゃんと川渡って天国ではうまくやれや。
平らに戻したら、手でもう一度多少掘り起こす。ホームセンターで買ってきた桜の木の苗が入るぐらいに。小さい苗だから、大木になって花を咲かせるのはまだまだ先になるだろうな。
根を傷つけないよう丁寧に植えて、持ってきたペットボトルで水をやればお終い。
手も服も土だらけ。昔っから汚れんのが嫌で土遊びはしない主義だったけど、今回ばかりは仕方がない。
「さて……バレねぇうちに帰るか。」
道具一式回収し、忘れ物がないことを確認し地中に眠る彼と桜の苗木に背を向ける。
嗚呼、そうだ。
「お前のため、こんだけ苦労してやったんだ。」
「せいぜい綺麗な花を咲かせてくれよ?」
#2『花咲いて』
「君は過去と未来どっちに行きたい?」
「別に、どっちも興味ない。」
「えぇ〜、夢がないなぁ君は。大人の自分に会いたいとか、あの日をやり直したい! とかないの?」
「ないね。」
つまんな〜い、なんて声が隣から聞こえてくる。
それが本心なんだから仕方ない。タイムマシーンなんて、あったところでどうしろというのか。
「私はねぇ、未来がいいなぁ。」
「……未来? 行ってどうするのさ。いまからその未来がもう来ないようにしようってのに。」
「だからだよ。……未来に行って、お母さんに謝るの。親不孝な娘でごめんなさいって。」
「…………。」
心地よい風が吹く。放課後の学校の屋上から見える景色は、夕日で赤く染まってそれなりにきれいだ。
フェンスを背に、ふたり手を繋いで屋上の縁に立つ。
私達は今から、ここから飛び降りる。
「怖気付いた? 止めてもいいんだよ。私一人でいくから。」
「ううん。ただ、ちょっと罪悪感あるなってだけ。おいてかないでね。私だって、もうこれ以上先には生きていけないもん。」
「……覚悟は、良い?」
「うん、いいよ。」
過去も未来も、私達にはもう必要ない。
顔を見合わせ、フェンスから手を離し目を閉じゆっくりとしあわせへの一歩を踏み出した。
#1『もしもタイムマシーンがあったなら』