「君と見た虹」
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・フランス シャンパーニュ地方
「これ...全部ブドウ畑か?」
友が驚きの声を挙げる。
私たちの眼前に広がるブドウ畑。
少なくとも地平線の奥まで続いている。
日本では見られない光景だろう。
「ぽつぽつと家もあるが、ここまで畑が広いと流石に驚きを隠せないな」
コンクリートで舗装された道を歩きながら、私たちはそう呟いていた。
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夏も終わり、仕事も片付いた私と友は以前から計画していた旅行計画を決行することにした。旅行の計画を立てる際、一番悩んだのは、その行先である。二人がかりで世界の歩き方を読み漁り、無難な場所はないかと探した結果、決まったのがフランスのシャンパーニュ地方である。
パリ=シャルル・ド・ゴール空港に降り立ち、鉄道で揺られ1時間ほど。私たちはエペルネの地を踏んだ。空港に着いた時から異国感は凄まじかったが、ここはそれとは比べ物にならない程に、私たちが想像する「西洋」の街並みであり、多少の心配が湧いた。
この日はどうやら晴れてくれたらしく、絶好の観光日和である。一息つく暇もなく私たちはエペルネの街へ歩き始めた。
流石、シャンパンの産地の一つ。ブドウ畑がかなり目立つ。一歩街を出てしまえば、広がるのは広大なブドウ畑とオレンジ色の屋根をした家が少々。ここでようやく私は「旅行に来たのか」と思った。
流石にブドウ畑を眺めるだけでは飽きるので街へ戻り、食事を取る事にした。しかしながら、友は「夜まで待てぬ!!」といい、シャンパンに手を出した。結果、午後四時を目前にして酔っ払いが出来上がった。
「シャンパンをあんなガブガブ飲むバカがいるか」
そう言いながら私は、呆れながらも街中を歩いていた。友がこの状態では計画はおじゃんである。仕方なく早めに宿へ向かうことにした。
ふと空を見上げると、非常に心配になる顔色をした雲がこちらへ向かってきている。
「...まずい」
千鳥足に成りかけている友を引きずる勢いで宿へ向かう。先にどうなったかというと、何とか間に合った。
...いや、降ってたな。
兎も角、びしょ濡れは回避出来たのである。カウンターで部屋の鍵を受け取り、それぞれの部屋番号と目を合わせながら進む。そして、目的の部屋に着き、鍵を開けた。ツインベットの普通の部屋である。本当に特徴は無い。ただ、唯一挙げるとするならば、ブドウ畑がよく見える縦長の窓が一つ。ただそれだけである。
10分程で雨は止んだ。もうホテルに着いた私にはどうでもいいことだったが、特にすることが無かったので、窓の外をただ眺めていた。ちなみに、友は部屋に入った瞬間ベットに飛び込み仮死状態(笑)となった。
雨が止み、太陽が顔を覗かせる。先程よりもオレンジ色を帯びていた。そして、その中で薄らと虹が見えてきた。たかが虹だが、場所が場所な為、中々に映えている。そして、その虹を眺めている中で、私は考え事に耽っていた。
私ももう20代後半である。もう既に身体の一部が言う事を聞かなくなっているのに、この先なんて考えたくも無くなる。だからこそ、この日の様な無茶振りも出来なくなる。それは友も同じこと。果たして、二人で馬鹿できるのはいつまでなのだろう。そんな考えが私から離れない。
友に聞いても、酔い潰れている今の状況では、マトモな返答は返ってこないだろう。私は、孤独感をこの瞬間に感じた。
君とは何度、こんな景色を見られるだろうか。
折角の旅行なのに、私はそんな哀歓が入り交じった考えに取り憑かれた。そして、そのまま夕食も取らず眠ってしまった。
了
「夜空を駆ける」
ふと、夏の深夜に目が覚めた。静まり返った部屋の中、時計は2時を回っている。特に何かあった訳でもなかったので、もう一度眠りにつこうとした。しかし、一瞬で眠気は霧散していたようで、まるで眠ることができない。こればっかりはどうしようもない、とりあえず水を一杯飲んでから考えることにした。
リビングに向かい、コップに水を入れて、いざ飲もうとした時、私は無意識に夜空を見上げていた。夜空には煌々と輝く月一つ。私に星を眺める趣味は無いが、不思議とこの時、心の底から「綺麗だ」と感じた。この瞬間、私は月に取り憑かれたのだ。
玄関を見る。少しだけ外出したくなった。夜も深く、眠りにつき、ちょっとやそっとでは起きない街へ、そして、何かを見守る月の下に出たいという気持ちが湧き上がる。しかし、今は夏真っ盛りであり、暑さに弱い私は少し悩んだ。それでも、その気持ちを諦めきれず、思い立ったが吉日と自身に言い聞かせ、足を無理矢理運ぶ。
着替えが終わり、靴を履き、外へ出た。熱帯夜がなんだのと、ここ最近ニュースでよく流れていたが、今日はそこまで暑くなかった。しかし、今の私はそんなことを考えもせず、世界を見つめる。眼前に広がっていたのは、眠りについた街と静寂、そして私を迎える月。いつも当たり前のように見ている景色。だが、今日だけは変わって見えた。夏の夜は、その日だけ本当に惚れ惚れする程の幻想的な景色に姿を変えていた。
灯りは街灯と月明かりのみ、生活感のある光が無くなるだけで、元の街は行方をくらました。私以外の生命体がいない、無機質な世界。私は見知らぬ土地にいるような、そんな感覚を覚え、焦る気持ちが私の足を進ませる。その中で響く音といえば私の足音ぐらい。そんな、いつかの夢のような景色。その時、心の中で童心が久方ぶりに光を浴びた。子供の頃、夜の静寂に包まれた街は恐ろしく、それと同時に好奇心を湧き立てた。近くにあって遠かった、念願の地。私は少しだけ、世界が未知で溢れていた過去に思いを馳せた。
しかしながら童心とは別に、心を動かし、夜空の下に広がる舞踏場に私を招待した者がいる。月である。一人、この夜を照らし続ける孤独なお姫様。この舞踏場には、私と月の二人きり。それで充分だった。私の万感の想いが夜空を駆ける。あなたに届けと言わんばかりに。
私が人生という名の旅を続けてきて長い年月が経った。その時もあなたは私を毎晩迎えてくれていた。だからその感謝を、そしてこれからの願いを、あなたと語り合いたい。それが私の夢なのです。
「だからどうか、この手を取っていただけますか?」
私は孤独なお姫様にそう語りかける。
答えはいつか、私が空高く舞い上がる日に...
了
「ひそかな想い」
お久しぶりです。
ここまで来る時に雪が降り始めてしまって、少しスーツが濡れてしまいました。困ったものです。個人的には、こんな日は晴れて欲しかったんですが...
そうそう、少し相談をしたいことが...
今年の春から晴れて大学生になるのですが、どうしても不安を拭いきれなくて。こういう時はどうすれば良いのかを聞きたくて...
私も、貴方がどのように答えるのかを考えましたとも。でもやっぱり本人に聞いておきたいなと...
あと、大学2年生になったら就職の事も考えないといけなくなるんです。まだまだ、自分の夢が定まらなくて少し将来が不安で...
こう考えてみると、自分は将来を求めていないようにも思えてしまう。ほんと、イヤな成長の仕方をしてしまった...
あ〜あ、貴方が、答えてくれたらなぁ...
「そろそろ始まるわよ」
おっと、母からの催促だ。
それじゃあ話はここまでだね。おばあちゃん。
「抹香の順番は、あんたが3番目よ」
思っていたよりも早いんだね。まぁ、異論はないけど。
もっと話したいことがあったけど...ここでお別れだね。
自分もいつかはそっちに逝くのかなぁ...
まぁ、待っててね。
おばあちゃん...
了
「手紙の行方」
ある夏の日、私は一人、港の上に立っていた。
輝く太陽。
残り少ない命の中で使命を果たそうと鳴いているセミ。
自らを大きく主張する入道雲。
そして、どこまでも続く水平線。
人類が畏れた海が、光の反射で宝石のように輝いていた。
私は、紙切れを入れた瓶を持って果てを見つめていた。
瓶はしっかりとコルクで閉まっている。水が入ることは無いだろう。
私がしようとしていることは、ボトルメールである。
小説や映画などでは、ボトルメールは遭難した時に利用される印象が強いが、今の私は遭難した訳でもなく、助けを求めてすらもいない。寧ろ、希望に満ち溢れていた。
「一体、誰にこの手紙が届くのだろう」
考えるだけでも、得も言われぬ期待が湧き上がった。
その時、遠くから友の声がした。どうやら、そろそろ船が出るようだ。「直ぐに行く」と言い、友の後を追いかける。
船へ向かう中、私は未来を思った。
果たして、この手紙は誰に届くのか。
これがどうしても気になったのだ。
私が知る手立ては無いが、思うぐらいは自由だろう。
と、想像を膨らませた。
砂浜で、顔も歳も知らぬ少年が拾うか。はたまた漁師がこと瓶を見つけるか。もしかしたら、誰にも届かない?
考えては見たものの、正直言ってそんなことはどうだっていい。その瓶を投げることで、私の目的は果たされる。私はただ、生きた証を残したかった。
「届かなければ意味が無い」と皆は思うだろうが、
私はそうは思わない。例え、永遠に見つけられなかったとしても、そこに在り続ける。それだけで、私の不安は和らぐのだ。
船に乗る時がきた。別に特段重い決断をする訳でもないため、特に緊張はしていなかった。私がこれからすることと言えば、「瓶のいつまで続くか分からない旅」を見送ることのみ。
一生涯の別れとなるだろうと、私は瓶に語りかけた。
そして、瓶からの返事は、瓶を投げることで交わされる。瓶は大きく放物線を描きながら、水飛沫を上げ、大海原へ旅立った。
私は、彼の旅の無事を願い、未来を託した。
そして彼は、段々と波の光に包まれた。
何の後悔も無いかのように...
了
ふと気づくと、私はトウヒの森にいた。一面が星明かりに照らされた、幻想的な世界。そして瞬時に「これは夢なのだ」と理解した。特に、私以外の動物がいる訳でもなく、風や葉擦れの音が心地よく響いている。森のそよ風に私は包まれていた。
しばらくして、ここにいては仕方がないと、私は前へ歩き出した。不思議と恐怖心は湧かず、寧ろ安心すらしていた。それと同時に、何か大切なことを多く忘れている様な、後悔をしている様な曖昧な気持ちが私の心を駆け巡る。一体何を忘れたのか。私は何に後悔しているのか。そんな事を考えながら歩いている途中、ふと夜空を見上げると、驚く程鮮明に星々が見えた。
その時、まるで星々の明かりに抱かれているような、
暖かな感覚を覚えた。その暖かみは私の心に何かを訴え掛けているような、そんな不思議な暖かさだった。そして、何故か無性に懐かしさが私の心に現れた。私自身、都会の生まれであり、こんな自然とは無縁の生活を送ってきた身である。だからこそ、この懐かしさは偽りであり、気の迷いなのだろうと自分に言い聞かせ、目的も無く進み続ける。
相変わらずの風景で私の足音と風と葉擦れの音のみが響く世界。一生ここで空を見ていたいと思う程に美しい森と空が広がっていた。
歩き始めて少しは時間が経っただろうか、忘却と後悔の疑問は姿を消していた。そして、少し開けた場所に出た。森の中にぽっかりと穴が空いたような、そんな小さな草地がそこにはあった。
そして、その奥に誰かがいた。
驚きはしたが、妙に見覚えがある。
「誰だろう?」
私は目を凝らした。
背は低く、ほんの少し猫背の老婆がわたしの方を向いて佇んでいた。
あぁ...どうして私は直ぐに気づかなかったのだろう。
しばらくあなたと会っていなかったからだろうか。
懐かしさと後悔で、心が締め付けられた。
その老婆は、私の曾祖母であった。
忘れもしない。5年前の1月4日、私はあなたの家を訪れた。そして日が暮れ、家に帰る時間になった時、扉を閉める間際にあなたは「また、遊びにおいで」と、私にそう言ってくれた。そして、私はその言葉に「また直ぐに来るよ」と笑顔で答え...
それが、あなたとした最期の会話だった。
今、目の前に会えなくなった筈の人がいる。結局、私はあなたとの最期の約束を果たすことは出来なかった。出来ないと思っていた。でも、これが私の夢で、想像でしかないとしても、ようやくここで、その約束は果たされる。そして、あなたが私に問いかける。
「あの頃と変わらない声がする。またお話をしよう。積もる話もあるんだろう?」
それを聞いて、涙が溢れた。あの時の後悔から、やっとわたしは開放された。ずっとあなたに会いたかった。
そして、謝りたかった。あなたが亡くなって、もう約束は守れないと勝手に諦めていた。何を考えても無駄だと、あなたを追憶から追い出そうとしたことを。
そしてこの5年間、色んなことがあった。自分も大きく成長した。積もる話もある。だから
「久しぶり、ひいおばあちゃん」
また話そう。
あの頃のように
そして、
昔の様に、明るい声を...
忘れたくなかった、あの声を...
もう一度聞かせて欲しい
了