イオリ

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11/8/2024, 12:11:42 AM

あなたとわたし

揺るがない北極星と漂う変光星。

嵐を射抜く灯台の光と冬空の下のマッチの火。

寂寥の砂漠の中のオアシスと砂利道の水たまり。

心奪う峰々の稜線と砂場の崩れかけの山。

朝日を迎える小鳥の歌声と無秩序な虫けらの羽音。

ルーブル美術館と田舎の学校の文化祭。

帝国ホテルのインペリアルパンケーキ いちご添えと88円のジャムパン 値下げ品。

血統書付きのロシアンブルーとやさぐれた野良猫。


……ぐらい、君と僕は世界が違う。それはわかってる。でも、好きだ。付き合ってください。

……えっと。言い過ぎでは?そんなに差はないと思うけど。

いや、ある。君は素晴らしい人です。

ありがとう。

で、返事は?

……はい。いいですよ。

ホント?ホントに?やったあ。

でも、ひとつお願いが。

なに?

さっきも言ったけど、そんな差はないから。そこだけは考えを変えてね。

例えるなら?

例えるなら?えっと……。自分の尻尾を追いかける猫とベロをしまい忘れた猫。

どっちがどっち?

だからさ、どっちも変わらないってこと。気にし過ぎ。

ううむ。尻尾を追いかけるのとベロのしまい忘れ……。いったいどっちがだめなのか……。

いやいや、だからさ、そんなふうに考えないで。わたしたち、どっちが上でも下でもないからね。完全にイーブン。

いや、しかし。

もう。いいから。ラーメン屋さん、閉まっちゃうよ。早く行こ。


11/6/2024, 11:03:10 PM

柔らかい雨

最近、橋の側にお地蔵様が建てられた。膝下ぐらいの高さのお地蔵様。表面がツルツルしている。石の種類というよりは、研磨具合が理由だろう。表情はにっこり。かわいい。

誰が建てたのかはしらない。町で建てたのか、神社なのか、近所の小金持ちなのか。まあ誰でもいい。たぶん、川の事故がないように、との安全祈願だろう。ありがたや、ありがたや。

お地蔵様に手を合わせてはいけない、という話を聞いた記憶があるので、手は合わせずに軽く会釈して通り過ぎる。


ある日。 スーパーで買い物した帰り道。

お菓子だらけのビニール袋を手にぶら下げ、のんびり歩き出すと、雨が降り出してきた。と言っても細かい雨。シャワーミストみたいな柔らかい雨。空は青々と晴れている。傘の出番はないな。

橋の近くまできた。

お地蔵様に屋根は無いので、雨は直接当たっている。

おお。

思わず声が出た。

ツルツルの表面のツルツルおでこ。雨の雫に陽の光が反射して光っている。

ありがたや、ありがたや。

手を合わせる代わりに、ハンカチでおでこを拭いてあげた。

にっこり。

こちらもにっこり。






11/5/2024, 10:51:46 PM

一筋の光

好きな映画を聞いた。

父「タイタニック」

母「ロミオとジュリエット」

姉「世界の中心で、愛をさけぶ」

姉2「ブルーバレンタイン」


足に100トンの重りが繋がれたような気分だったが、なんとか家を出た。


学校で。お弁当を広げながら。

友人「ノッティングヒルの恋人」

友人2「プライドと偏見」

友人3「ラブ・アクチュアリー」


わたしはそっと目を閉じ、静かに呼吸した。

3人が顔を見合わせる。

ど、どうしたの?

ゆっくりとまぶたを開け、わたしは彼女たちに語り始めた。

やっぱりさ、友達の言葉は、至宝の価値があるわね。不滅の光芒。日輪の輝き。暗黒世界の一筋の光。

3人が再び顔を見合わせる。

だからさ、どうしたの。大丈夫?

怪訝な表情を向ける3人に向かって、わたしは大きく口を開いた。

だってさ、だってさ、うちの人たちみんな、最終的に結ばれない映画ばっかり言うんだよ。ホントもう、絶望だよ。日本は破滅寸前だったよ。……今日、告白しようと思ってたのに。

ああ、そういうこと。

でも3人はさすが、わたしの親友だね。ちゃんとわかってる。ハッピーエンドの映画だもんね。

いや、たまたまだけど……。

よ~し、勇気が出てきた。行ってくるね。

え、今?ちょ、ちょっと。

わたしは立ち上がって、先輩のクラスに向かっていった。


……止めたほうが良かったかな。

イヤイヤ、あの子、ああなったらもう無理よ。

しょうがない、撃沈したら今日はカラオケ行こう。わたしたちのおごりで。

ひとりが微笑みながらいうと、ふたりも笑顔で答えた。

ま、しょうがないね、わたしたち、不滅の光芒だから。

日輪の輝きだし。

暗黒世界の一筋の光だしね。















11/4/2024, 11:19:10 PM

哀愁を誘う

急須でお茶を淹れたあと、宅急便が来たので玄関に向かった。

居間に戻ってテーブルの上を見て、なんとなく違和感があった。あちこち目を凝らして違和感の主を探してみると……。

湯呑みだった。ヒビが入っている。だが、今、できたヒビじゃない。古い線だ。

おそらく前から入っていたけど、気にしなかっただけなんだろう。数本、同じような古い線があった。

この湯呑みは昔、姉が修学旅行か何かの時に作った、手づくりのお土産だ。意外にも大きさも口当たりもよく、子どもの頃からずっと使っている。壊れもせず、割れもせず、よくもまあ長持ちしてくれたものだ。

ただ、ヒビに意識が向いた以上、流石に処分かなと思って、いつもとは別の棚の上に置いておいた。なんとなく、すぐに捨てる気にもならず。

思い返すと、高校受験、大学受験の勉強中、いつも机の上にあった。迷路のような数式と向き合う合間、チョコレートとお茶の出口に逃げ込んだ時間が懐かしい。

1週間ほど、置きっぱなしのままだった。使うわけにもいかず、捨てるのも忍ばれて。だが、ずっとそのままにする前にもいかない。意を決して……。

っとその前に、念のためネットで調べてみた。

湯呑みに入った線は、「貫入」と呼ばれる現象らしい。温度の変化で素地と釉薬の収縮率の違いで起こる現象、とのこと。

そして、「貫入」は見た目にはひび割れに見えるが、器の強度に大きな影響はなく、使用に問題はない。

さらに、「貫入」は、中国や日本では、美しさとして見られることもある。


なるほど。ということは……。

今まで通り使える、ということだ。

もう処分されるのかと、哀愁ただよう姿で鎮座する湯呑みを手に取り、流しで丁寧に洗った。

心配するなよ。ちょっと置いておいただけ。置いておいただけだから。

ピカピカになった湯呑みを、水切りカゴにそっとおいた。






11/4/2024, 12:20:06 AM

鏡の中の自分

新しいスーツを着て新しい車に乗って出かけた。秋晴れのドライブ。木々も道もゴミ箱さえもピカピカ光って見える。

仕事も上向き。一昨日は初めてのコースだが、バーディを3つも取れた。それも、思いを寄せるあの人の前で。

絶好調。今の僕は絶好調なのだ。


そんな絶好調男が帰宅し、手を洗い、うがいをし、顔を洗ったあとのこと。

あれ?あれれ?僕、こんな顔だっけ?

なんだかひどく疲れているように見える。絶好調男のはずなのに。

おい、どうした。なんでそんなにやつれてる?

鏡に向かってそっとつぶやく。

《すまない。少し体調が悪い》

鏡の僕が答えた。

どうした。何かあったのか?

《いや、特段、何かあったというわけじゃない。こういうことはたまにある。いつものことだ》

そうか。気をつけろよ。ん?

顔にシミができたように見えて近づいて見た。けどそれは僕のシミじゃなくて鏡の汚れだった。

ちょっと待ってて。

僕は棚からスプレーの洗剤を出し、鏡面全体に吹きかけた。2、3分待ってから水で流し、タオルで拭き始めた。

ごめんな。

《どうした、突然》

僕、自分が調子がいいと、自分のことばっかりになって周りが見えなくなる時があるんだ。それじゃだめだよな。掃除、忘れてたよ。

鏡の僕はフッと笑った。

《気にするな。人間ってなぁ、そういうもんだ。でもな、ノッてる時こそ、周りに気を使えるのが本当の意味での絶好調男だ。自分で気づいただけでも大したもんだ。成長したな》

そ、そうかな。へへっ。

隅から隅まで丁寧に、 一点の曇りもなく綺麗に磨き上げた。

恐る恐る、鏡の自分をのぞいてみる。そこには……。

おお、絶好調男。調子良さそうだな。

《お前もな》

向かい合って笑い合う、ふたりの僕。

今日はもう寝るよ。じゃあ。おやすみ。

《おやすみ。風邪ひくなよ》

お前もな。





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