イオリ

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11/3/2024, 12:20:23 AM

眠りにつく前に

枕元に、セットしたスマホを置いて目を閉じる。

暗闇。何も無い暗闇。だがそれもほんの数秒で、スマホからは打楽器の音が響いてきた。

アゴゴベルの軽快なリズム。遠いジャングルの中で何かが始まる、そんなふうに思わせる音。

ティンパニが大地を震わせる。

フルートが加わる。風が吹いて地図を広げた。

ホルンの力強さ、バイオリンの繊細さがチェロの深みを際立たせる。

高らかにトランペットが鳴る。全ての楽器が一斉に覚醒し、壮大な冒険の幕開けを告げた。


まだ眠ることはできない。ワクワクしすぎて。眠ることができないってわかっているけど聞いてしまう。オーケストラバージョンの「宝島」。

もし、このワクワクを夢の中まで連れていけたら、どんなに素晴らしい夢を見れるだろうか。

──なんてことを考えたりもする。

冒険って具体的に何をするんだろう。海や山へ行ったりすることかな。それとも日常的に何かにチャレンジすることかな。

家族のことを考えると、どちらも気が引けるけど、心の中ではやっぱり何かを求めている自分がいる。


うん、よし。じゃあこうしよう。

「宝島」は、次は僕のお葬式で流そう。そしたら、やんちゃな冒険心を爆発させても、誰にも迷惑はかからない。

「宝島」を聞くのは、眠りについた後になっちゃうけど。

11/1/2024, 11:06:46 PM

永遠に

ある冬の朝。

うわっ、真っ白。兄ちゃん、起きて、真っ白。

なんだよ、うわっ。真っ白。

冬休みに泊まった親戚の家。窓から見える向こうの山まで、全てが雪に包まれていた。

すげーな。

うん。

朝めし食べたら雪だるま作ろうぜ。

うん。

早く早くと、大人たちを急かして食事の準備をさせ、あっという間に飲み込んで外へ。

うわ、まぶしい。

すごい晴れてるね。これってさ、急いで作らないと雪、溶けちゃう?

そうか。よし、じゃあ早くやろう。俺は下、作るから、お前は上な。

うん。わかった。


ふたりともそっと雪をすくい上げ、両手で固めていく。始めはおにぎりぐらいの玉が出来上がった。今度はそれを、雪の絨毯に転がしていく。

コロコロ。

兄の方は、始めは弟を気にかけながら作業していたが、玉が大きくなるにつれて、自分の仕事に集中していった。

弟は始めから自分のことで精一杯。


よし、できた。おい、こっちはできたぞ。

僕も出来たよ。

弟が両手で抱えた玉を兄の作った玉に載せてみた。

あれ?兄ちゃん、なんか変だね。

お前のが小さいんだよ。もっとおっきくしろよ。

むっ。わかったよ。みてろよ。

弟がムキになって作業を再開した。

コロコロ、コロコロ。

はい、出来た。

先程よりも膨れ上がった玉を、上に載せた。

あー、兄ちゃんの作ったやつのほうが小さいね。

わかってるよ。ちょっと待ってろ。

弟のを地面に降ろし、また転がし始めた。

コロコロ、コロコロ、コロコロ。

ど、どうだ。よいっしょ。ほら、やっぱりお前のが小さい。

なにをー。もう一回だ。

弟がまた転がし始めた。兄の方も、今度は弟の出来上がりをまたずに、自分のを転がし始めた。

コロコロ、コロコロ、コロコロ、コロコロ……。




その頃、家の中では。

あれ?お兄ちゃんたちは?

母親が、一番下の妹にたずねた。

うんとね、ゆき、転がしてる。どっちがおっきくするかって。

まだ、やってるの?

母親はやれやれとため息をついた。

雪の絨毯は、遥か遠くまで続いている。雪だるまの成長に、雪が不足することはない。

全くしょうがない。オヤツだから、って呼んできてくれる?そうしないとあのふたり、永遠に終わらないから。

うん、わかった。まったく、しょうがないでちゅね。

妹が手袋と毛糸の帽子を身につけて外に出ていった。

この時。

お昼前の庭先に、3段重ねの雪だるまが誕生するのを母親はまだ知らない。

10/31/2024, 10:45:50 PM

理想郷

英知の光を放つイルカのために、海を創ろう。サンゴ礁の草原、夕暮れの赤の地平線、生命が凍える冬の深海。天上の舞で悠久の波間を泳いでいく。

生々流転を歩む鹿のために、山を創ろう。峰々連なるその姿、龍が天に昇るがごとく雄大なり。雲海から時折見せる峻険な岩壁を、恐れもせず走り渡る。龍の背を走るが如き鹿の躍動。まさに生命の疾走。

美しい叙情詩のために、四季を創ろう。若葉の芽吹き。天高く積み重なる入道雲。黄金色の水田。純白の世界。四季の移ろいが魂の奥深くに火を灯し、内なる宇宙を探索する。

平和のために、法を創ろう。正義と平等の道しるべ。社会の礎。歴史と文明の結晶。強者の横暴から弱者を保護し、今日と明日を繋ぐ歯車。厳密さと緻密さを昇華させた美しき方程式。


コンコンコン、誰かが扉を叩く。

どうぞ。

失礼します。

やあ、天使くん、こんな時間までお疲れさま。どうしたの?

大変ですよ。大事なことを忘れてました。

なに?

人間ですよ。神さま、理想郷に人間を入れるのを忘れてませんか。

……あっ。

あっ、じゃあないですよ。どうするんですか。

うーん。もういいんじゃない。入れなくても。

な、なんてことをいうんですか。

だってさ、せっかく『法』っていうのを創ってあげたのに、あいつらケンカばっかりしてるしさ。こっちのいうこと聞かないし。本当は、人間がいない世界が理想郷なんじゃないの?

……それ、絶対に外で言っちゃいけませんからね。とても神さまの言う台詞じゃないですから。

そうかも知れないけどさ。……じゃあいっそのこと、人間の思考を変えちゃおうか。

どんなふうに?

もう何も考えなくする。

やめてください。怖いですから。そんなことしたら、悪いことは考えなくなるけど、楽しいことも考えなくなっちゃうじゃないですか。そんなの理想郷じゃないですよ。

うーん。もう面倒くさい。ああもう面倒くさいな。……やめた。もうやめた。理想郷、無理。この世は地獄です。

駄目です、そんな簡単に諦めないで下さい。何のために、僕たちが毎日サービス残業で理想郷作りをやってきたと思ってるんですか。ちゃんとしてくださいよ。

うーん。じゃあ、ちょっとだけいい?

何がですか?

人間の思考、変えるの、ちょっとだけ。

どんなふうに?

それはね、ゴニョゴニョゴニョ。

うーん、まあそれくらいなら。

よし、じゃあそういうことでよろしくね。わたしはもう帰るから。

あ、え、ああ。ったく、逃げ足だけは速いんだから。しょうがない、さっさと書類作って僕も帰ろう。

さてさて、

『人間同士はいつも、出会ったら真心を込めて挨拶する』

これをメールしてっと。これでよし。施工は来週からだな。これで理想郷ができればいいけどなあ。



10/30/2024, 10:35:48 PM

懐かしく思うこと

散歩で近所のグラウンドを通ると、ちびっこたちが懸命にバットを振っていた。額の汗が、太陽の日差しで輝いている。

その中のひとりが、コーチに指導されている。

ダメだ。下から上にでてる。バットは上から下に。いいな。

はい、と答えて振ってみる。

よし、そうだ。その振り方だ。

コーチは別の子のところへ向かっていった。

別の子のところでも、コーチは同じような指導をしていた。その子も下から上にバットが出ているみたいだ。アッパースイング。

大谷、だろうな。どうしても真似したくなる。

懐かしい光景。


僕らの頃はイチロー、松井、ちょっと上だと落合。みんな憧れのプロ野球選手のスイングを真似て、そしてみんな、コーチにそれはダメだと指導されていた。

好き勝手に振らせてあげなよ、という思いもありつつ、指導のおかげで、ヒットが打てるようになる楽しみ。

子どもにとって、どっちがいいのだろうか。

ヒットが打てるようになったからといって、みんながプロ野球選手になれる訳では無い。

でも適切な努力をすれば、いい結果が生まれる、ということを学べる。だから指導されるのは、悪いことではなかったのかもしれないな。

──なんてことを思いながら、ゴルフ練習場で必死にスイング。

ダメだ。スライスばっかり。全然まっすぐ飛ばない。

コーチに見てもらおうかな。でもお金かかるしなぁ。ううむ、どうしよ。


10/29/2024, 10:53:28 PM

もう一つの物語

店を出ようとする背中に追いついて声をかけた。

ちょっと待てって。どうしたんだよ。

振り返った彼女の、鋭い視線が僕にぶつけられた。

なんであんたが来るの?あいつは?

まあ、僕もあいつが追いかけてくるべきだとは思うけど。お前が完全に無視してるから、代わりに聞いてきてって言われてさ。仕方なく。

視線が一層厳しくなった。

ぼ、僕に当たるなよ。とにかく、理由は?

彼女は僕を睨んだまま、渋々口を開いた。

さっきあいつのインスタ見た。

で?

端っこのテーブルにグラスが2つあった。片方に口紅ついてた。

……あ、ああ、そうか。ううむ。

決まりでしょ。浮気。

いや、待て。実は今日の宴会芸のために女装の練習をしていた、という真実の物語が……。

あるわけないでしょ。なに?あんた、あっちの味方なの?男はこれだから……。こういう時にかばい合うよね。

待て。わかった。一応、確認してくる。待ってろ。

僕は階段を上り、3階の宴会場に戻った。

他の同僚に捕まらないようにこっそりとあいつに近づき、さっきの話をした。

ゴニョゴニョ。

ゴニョゴニョ。

わかった。待ってろ。

僕は急ぎ足で一階に降りて、あいつの言い分を伝えた。

あれは、あいつの姉のグラスだってさ。だから完全に誤解なんだって。よかったな。

だが、彼女の視線はますます厳しさを帯びた。

お姉さん、確か結婚してアメリカに住んでるはず。

え?あ、ああ、そうだっけ?

そうだっけって、あんただって知ってるでしょ。

怒りが渦を巻いている。このままでは、何故か僕もその渦に巻き込まれそうだ。

わ、わかった。もう一回、もう一回だけ確認してくる。

僕は、駆け足で階段を登った。

ハァ、ハァ。ゴ、ゴニョゴニョ。

ゴニョゴニョ。

そうか。い、行ってくる。

一階に戻り伝えた。

お、お姉さん、離婚して戻ってきたんだって。住むところ見つかるまで一緒に住むって。

……本当に?

本当に。さっき僕が、お姉さんに電話して確認した。だから本当。よ、よかったな。か、完全に無実だ。

そうなんだ。なぁんだ、そうならそうと言ってくれればいいのに。

先程までの怒りは霧散し、表情に薔薇の花が咲いている。

じゃあ謝んなきゃ。わたし戻るね。

彼女は、颯爽と宴会場に戻っていった。

僕は、息を切らし、足を震わせながらまた3階へ戻っていった。


へとへとになりながら、席に戻った。どうなったかなと気になって視線をやると、周りのことなど気にしない、ラブラブなふたりに戻っていた。

なんなんだ。なんで僕がこんなにへとへとにならなきゃいけないんだ。

ちょっとイライラしながら、お猪口を傾けた。

大変でしたね。

声のした方を見ると、後輩の女性が労うように徳利を差し出してきた。

やあ、これはどうも。頂きます。ほんとにさ、自分達でなんとかしてくれって話だよ。

でも放っておけないんですよね、先輩は。

まあ、数少ない友人だからね。

フフッと後輩は笑った。柔らかな視線だった。

先輩って優しいんですね。

いやぁ、それほどでも。


あ、あれ?この雰囲気は……。

もしかして、もう一つ、新たな物語が始まったりして……。





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