友だちの思い出。
人生を振り返ってみると、私は友だちが少なかった。
そして今。友だちと呼べる人は居ない。
子供のころは、よく一緒に遊ぶ子が友だちだった。
『友だちになろう』
『一緒に帰ろ』
『一緒にお弁当食べよ』
そんな風に私に声をかけてくれた人たち。
大人になった今。
『友だちになろう』と言って友だちになることはない。
職場や何かの集まりで『一緒に帰ろ』や食事に誘われるのも、純粋な意味ではなくなった。
そう感じる私は、やはり今、友だちと呼べる人が居ない。
不思議と寂しくはなく、私は望んだものを手に入れた気分。
そう感じる私は、やはり今、友だちと呼べる人が居ない。
毎年この時期はあの歌を懐かしく思う。
笹の葉さらさら…
子供の頃、父が笹の枝を持って帰って来てくれた。
家族で色紙で短冊を作り、各々が願い事を書いて、笹の枝にくくりつけた。
家族の健康、幸せ、長寿…そんな微笑ましい願い事をみんなで読みあって穏やかな気持ちになった。
そんな中、父の願い事は『トラックいっぱいの札束が手に入りますように』だった。
それから十数年後。
私は結婚した。夫と迎える初めての七夕。
二人で願い事を短冊に書いた。
二人の健康、幸せ、長寿…何せ新婚ですからね。
そんな中、夫の願い事は『宝くじが当たりますように』だった。
星空を見上げてみる。
今年の七夕は晴れるだろうか。
みんなの微笑ましい願い事が、星空へ届きますように。
神は細部に宿る
という言葉があります。
ディティールに拘りの感じられる作品や、細かい箇所まで抜かりなく仕上げられた仕事など
そういったものを見た時に、そんな言葉が浮かびます。
細部に宿る。細部…小さいもの…ミクロ…
微生物。
生物の根源をイメージする。
つまり神は微生物に宿る。
神様が、本当は何処におられるのか。
神様だけが知っている。
足を止めて立ち止まり、後ろを振り返る。
後ろを見たまま、前に進めるだろうか。
過去の栄光。
過去の失敗。
過去を後悔。
過去を憂い。
過去を懐かしむ。
この道の先にあるものを見ず。
答えを過去だけに求める。
足を止めて立ち止まり、前を向く。
未来を見つめて、前に進めるだろうか。
この道の先を
見ることが
出来るだろうか
今日は薄曇り。
それにもかかわらず暑い。
地面は熱く、水道から出る水も熱い。
湿気のせいか体に熱がこもり、私自身も熱い。
地球がどんどん熱くなる。
みんな熱くなる。
この先を考えて怖くなり、途方に暮れ、最終的に悲しくなる。
日差しは明るく、命を讃える。
日差しをまた、そんな風に好意的に思える時が来ますように。