【星が溢れる】
『紀穂〜!朝よ起きなさーい!』
騒がしい母に起こされ、私は起き上がる。
母の手を借りてベットを立ち上がり、手探りで着替える。
私の目が見えなくなったのは、理科の授業で実験をしている時だった。
炭酸水を作る至って簡単な実験だった。
だけれど、、
恐らく、重曹かクエン酸の量が少しばかり多かったんだ。
それでガラス瓶が破裂し、たまたま私の目に、、
実験中の事故として処理された。
学校からは保険金が出て、私は両目を失ったため補助用具を購入した。
両親は綺麗な私の目が見えなくなってしまったのが残念らしく、私を見る目が少し他人行儀で辛い。
いや、見えないんだけど、そう感じる。
親との距離がどんどん離れて行く感じがして、悲しい。
悲しい気持ちになった時は、毎夜星を眺めた。
でも、、見えなければ何千何万の綺麗な星々は視界に入らない。
『うぅ、、、寂しい、、』
今の私を照らしてくれる唯一の光は、、なかった。
ーーーーー
此処は盲目学校。
目が見えない、または少ししか見えない人が通う学校だから、お互いに協力し合って、自分をわかってくれる居場所を探す。
今まで付き合いがあった友人とも離れてしまって、転入という形で此処に来た私にとっては、此処はとても居づらい場所だ。
何人か話しかけてくれる人はいるけれど、それでも感じるのは、心そのものの距離だった。
次第に私は自ら壁を作り、みんなを遠ざけた。
昼休み。
学校の屋上で空を見上げる。
ただ、私の前には真っ暗闇。
あんなに大好きだった空も、星も、何も見えない。
『もう、、嫌い。』
全部が。ただひたすらに嫌いだった。
『君、、こんなとこ来ちゃ危ないよ。』
突然後ろから声がした。
振り返るけど、何も見えない。
白杖をつきながら声のした方へと進む。
彼もカツン、、と白杖をつきながら私に近づく。
2人の伸ばした手が、空中で重なる。
『っ、、、』
そのまま手を合わせ、お互いの距離を測る。
『あの、、あなたは?』
『僕は、筒塁照史。君は?』
彼の声はどんなものでも包み込む様な優しさを纏っていた。
『私は、、七海紀穂。』
彼女も自然と名前を名乗り、存在を確かめる様に手をギュッと握った。
ーー
彼との出会いは、今まで塞ぎ込んでいた自分を変えた。
彼は弱視だった。
ぼんやりと周りが見えるので、完全に盲目ではない。
彼は私の手助けを快くしてくれた。
どんな文句も言わず、どんな時でも私を1番に考えてくれた。
私は彼が出逢ってから、私は周りのみんなに『変わったね。明るくなったよ。』と言われる様になった。
彼は周りを明るくさせる星の様だった。
金星の様な綺麗で輝いた彼が、私は好きだ。
いつしか、彼に照らされた私の心には星が溢れていた。
【平穏な日常】
多分、私はこの変わりない日常に飽きていたのだと思う。
それと同時に、この変わり映えのない日常が好きだった。
友達と遊んで、たくさん喋って。
家族と喧嘩して、仲直りして。
好きな人を見つけて、フラれて。
失って気づくのは、日常がどれだけ大切だったか、どれだけ愛していたか。
でも、好きだった日常は、本当は愛していた家族は、どれだけ願えど戻っては来ない。
空気にさらされればいつかは割れるシャボン玉の様に。
いつかは壊れる運命だったのかもしれない。
私はこの運命に抗う術を持ってない。
神殺しだとか、本当はするつもりはない。
神を殺したいとも思ってない。
だけれど、、
自分の能力を恨んだ事ならある。
これで、この能力のおかげで、どれだけの人の心を不安にさせ、良心を追い詰めたか。
私は私を否定している。
変わることはないだろう。
ーーーー
1952年、イギリスの山岳地帯付近の村。
そこで私は生まれた。
他のところより発展が少し遅いこの村は、まだ魔女狩りの概念が根強く残っていた。
そんな中、私は金髪とブロンドの両親から黒髪黒目で産まれてきてしまったのだ。
親には気持ちが悪いと罵られた。
村のみんなは私を魔女だと決めつけ、私を殺そうとした。
両親は気に病んでしまい、先に森の中で頭を撃ち合って自死した。
妹と私は訳もわからず逃げていた。
迫り来る銃声、怒声。
結果的に妹と私は捕まってしまい、妹は苦しまない様ギロチン刑、私は焼死させようということになった。
家族が死んでしまい、私は生きる気力を失っていた。
家族の最後の言葉は
"お前を産んでしまったから、、"
"お姉ちゃん、私はお姉ちゃんの妹だよ。"
だった。
嗚呼。失って気づくのは、家族の大切さでもあり、私がどれだけ守られ支えられて来たか。
もう誰も、私を知る人はいないだろう。
だって、、
私が殺してしまったから。
気がついたら、目の前は血の海だった。
さよなら。私の平穏な日常。
【月夜】
『どうしても行かれるのですか。』
『ああ。行って参る。』
彼はそう言って出て行った。
私にとっての行って参るは、煩わしいものに他ならなかった。
誰も、戻って来なかったから。
行って参るは、いつしか嘘吐きの言葉と化した。
それでも私は送り出す。
彼の武士道に恥じぬ様に。
『、、行ってらっしゃいませ。』
歪んだ顔を見られない様、しっかりこうべを垂れて。
ーーーー
彼と出会ったのは、ただの見合いだった。
今のご時世、そういうのがつきものだ。
親のために結衣の儀をした様なもの。
だけれど、彼は私をしっかり人として見てくれていた。
私はただの後継ぎを生み出す道具でしかないというのに。
彼の武士道精神は他の人とは比にならないくらいしっかりしていた。
彼は必ず何処かに行く時には伝えてくれる。
遊郭などには言語道断。
最初から近づかなかった。
彼は私を愛している。信じている。
それが何よりの救いだった。
そして今回の戦も、彼は己の精神に基づき、弱気を助けるために赴いた。
私は信じている。
彼が私を信じて愛してくれているから。
ーーー
ガタンッ
彼が戦へと赴いてから約3ヶ月。
深夜、戸が軋む音がし目を覚ます。
月夜に照らされてこの3ヶ月間恋焦がれた人物が浮かび上がる。
『おかえり、、なさいませ。』
涙も拭かずに彼に思い切り抱きついた。
『ああ、今、帰った。』
2人抱きしめ合いながら。
彼はいつもの厳格な顔で私を見下ろしている。
嗚呼、、幸せ。
ーー
目が覚める。
『夢、、、』
着物の裾を破れるくらいに握った。
やっぱりだ。
やはりあの呪いの言葉は私を苦しめる。
彼はもう帰って来ない。
まだ闇夜に包まれている時刻。
『、、、』
私の背後には、憎たらしいほどに輝く満月が。
『月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど』
あの人を思って唄を読む。
もう2度と帰って来ない、あの人を思って。
【ひなまつり】
バタバタ
『たっだいま〜!』
午後4時半。
私は学校から帰る。
『おかえり!』
家には既に小学生の弟と2歳の妹が居間で遊んでいた。
『たでーま。お母さんは?』
続けて帰って来たのは中1の弟。
『あー、、今日も遅くなるみたい。』
『ふーん。』
私達は母子家庭で育っている。
毎日母親がいないのは当たり前で、長女の私が1番しっかりしないといけない。
『今日何が食べたい?』
『肉ー!』
『はーいもやし炒めね。偉いね勇将。』
『言った意味!』
弟の意見を聞かなかったことにし、弟の頭を撫でて料理に取り掛かる。
『むー、、』
『克平、茉里の面倒見ててくれる?』
『おーす!』
料理の間はみんなで協力する。
勇将には学校の課題をしてもらい、後から茶碗洗い。
克平は茉里と一緒に遊んで茉里から目を離さないようにしてもらう。
私が母親代わりだから、弟達もわがままを言いたい歳なのに大人になっている。
私がしっかりしないと。
『さ、出来上がり。いただきますするよー。』
『はーい。』
ちゃぶ台を囲んでみんなでもやし炒めと昨日作った低コストなおからの炒め物を食べる。
『食べ終わったら、勇将茶碗洗いお願いしますね。』
『うぃーっす。』
食べ終わった後は妹からお風呂に入らせる。
『う〜!お風呂やーだ!』
『こら、ヤダじゃないでしょ!ほら、早く入らないと克平にぃと遊べなくなるよ?』
駄々をこねる妹を動かすのにもかなり苦労する。
『こら、暴れないの!』
『わーい!あわあわ!あわあわ!』
シャンプーが目に入らないようにシャンプーハットをつけようとするのにも時間がかかる。
妹よ、、落ち着け、、
あがらせた後も時間がかかる。
『濡れてるから走らないでー!』
『うぉー!!』
ビチャビチャのまま床を走り回る茉里。
私はタオルを持ってワイシャツ姿のまま追いかける。
『茉里確保ー!』
そんな時に助かるのは長男の勇将の存在。
『ああ、ありがとう勇将。』
『ん。姉ちゃん茉里は俺が見てるから、克平の宿題見てやってくれ。』
勇将に重ね重ねお礼を言いながら居間へと急ぐ。
そこには撃沈している克平がいた。
『ほら、克平、さっさと終わらせてお風呂入って寝るよ。』
克平に宿題を教えながら明日の夕食を考える。
下の子達をお風呂に入らせた後は自分も入り、妹を寝かしつける。
『ねーんねー、ねーんねー、いい子だよー。』
寝た茉里を確認したら克平と勇将も寝かせる。
みんなが寝ているのを確認し襖を閉め、時計を見たらもう11時だ。
『ふー、、疲れた。』
ちゃぶ台に突っ伏し、静かな室内で今日の出来事を振り返る。
ガチャ
しばらくしてからお母さんが帰ってきた。
『おかえり。』
『ただいま〜今日もありがとね。』
お母さんは強い。
少し寝たらまた早朝に起きて仕事に行ってしまう。
母と話せる少ない時間を、寝て過ごすわけにはいかない。
『今日ね、学校でね、、』
お母さんは疲れてるのに、頷きリアクションしながら聞いてくれる。
『春陽、今日は何の日か知ってる?』
もしかして、誰かの記念日だった?
茉里の誕生日でもないし、克平の誕生日でもない、勇将の日でもないし、、
『わかんない、、』
『今日は、3月3日ひなまつりだよ。お姉ちゃん、いつもお母さんの代わりをしてくれてありがとね。』
そう言って渡してくれたのは小さいけれども可愛いお代理様とお雛様。
『、、うん。』
堪えてくる涙を唇を噛み締めて抑えながら、何とも愛らしい2つの人形を見つめる。
『これからも健やかな成長と健康を願ってるよ。』
久しぶりのお母さんのハグは、暖かかった。
寒かった私の体と、愛に飢えていた心を母は溶かし包んでくれる。
『ひなまつりは、お姉ちゃんの日だよ。』
今までずっと、頑張らなきゃと思って来た。
何でも、しっかりしとかないとダメだって。
『この日はお姉ちゃんは何もしなくていい。大丈夫。勇将達が支えてくれるからね。よく頑張ってくれたね。』
私にとってひなまつりって、実感がなかった。
だって私の家には雛人形なんて無いし、毎日毎日バタバタ忙しいからいつのまにか終わってるなんて事もザラにある。
でもこれからは、私のひなまつり。
3月3日は、ひなまつり。
お姉ちゃんのひなまつり。
【たった1つの希望】
20X X年。
5年前に政治が崩壊してからの日本は、廃れていた。
物価高、政治家の暴走。
日本経済は地に落ちたまま回復することはなく、むしろ悪い方向へと進んでいった。
それでも国民達は知らないフリをし、顔すら見えないSNSで政治家を叩く。
そんな中、千葉県在住の1人の会社員は冴えない毎日を過ごしていた。
『はぁっ、、物価高でトイレットペーパーもろくに買えねえよ、、』
ベッドにダイブし、タプタプとスマホに何かを打ち込む。
"物価高で生活必需品もろくに買えねえ。世の中クソ。"
Twitterにつぶやきを投稿し、男は寝落ちした。
ピコンッ
深夜、彼のスマホが人知れず鳴った。
アイコンはTwitterだった。
ーーーーー
ピピピピッ
スマホのアラームを半醒半睡のまま止める。
『ぐああぁっ、、キツイ、』
何とか立ち上がり、布団を機敏に畳む。
目向け覚ましのコーヒーとニュースをつける。
今日も今日とて、政治家いじりか、、
コメンテーターの煽ったような口調に苦笑いを浮かべながら、パンとコーヒーを飲む。
そして満員電車に揉まれながらも会社へ。
俺は何気ない日常をすごすただの会社員だ。
そう、、会社員のはずだった、
朝、エレベーターに乗った瞬間からいやーな予感がしていた。
何か俺にとって良くないことが起こるのを肌で感じた。
案の定、いつもの席に座ろうとした時、上司に呼ばれた。
嫌な予感はMAXに達した。
会議室。
外の喧騒が微々聞こえ、鼓動音も増していく。
会議室はシンと静まり返っている。
1人仕事を普通にやっている会社員の俺と、1人人事部の上司。
瞬間、俺は全てを悟り絶望した。
ーー
1人、昼に会社を出る。
手にはダンボール。
最悪なタイミングとしか言いようがないだろう。
俺は会社を首になった。
経費削減のため解雇されたのだ。
『クソッ、、』
今あるのは、何で俺が!という自信ある人が言う言葉じゃなく、嗚呼やっぱこうなるか。みたいな客観的な思考だった。
俺は普通の会社員。
営業部のエースじゃないし、位が高い上司でもない。
切り捨てられるのは当然。
虚しくなり、公園のベンチでスマホを開く。
1件の通知が来てる事に気づき、Twitterを開く。
昨日投稿した何気ない言葉に、返信が来ていた。
"じゃあお前が世の中変えろよ。どうせできねえくせにネットでイキんな。"
よくあるコメント。
ネットではあるよ。こういう正義感ぶった人のコメントが。
わかってる、頭の中では。
でも、、見るタイミングを完璧に間違えた。
今じゃなかった。
心ないコメントは、俺の心にズッシリとのしかかった。
家に帰り、着替えずにスーツのままベッドにダイブする。
さすがにアパートだから暴れるのは良くない。
枕に顔を埋めながらバタバタと叫ぶ。
そして俺はそのまま寝落ちしていた。
ーーー
朝。
久しぶりに昼過ぎに起きた。
特にやることがなく、お風呂に入って昼食をとった。
突然の解雇に現実が受け入れられないのか?
いや、頭はいたって冷静。
テレビをつける。
あっているのは選挙報道だった。
もうやらなくていいだろ。
クソみてえな政治家しか集まらねえんだからよ。
そう思いつつ、頭の隅ではあのコメントがループしている。
日本政治を立て直すのは、今しかないのか?
かといって、俺にそれができるのか?
中はんかな気持ちで務まるわけがない。
でも、、やらないよりマシじゃないか?
中3の県予選大会、俺はバスケ部に所属していた。
点差は一向に縮まらず、スタミナももう限界。
そんな時、監督が俺達に言った。
『おいお前ら!もうへばるつもりか!出し切らないで負けるのと出し切って負けるのでは違うんだぞ!!』
結局、俺達は予選で敗退したけれど、高校受験の時も、
大学受験のときも、監督の言葉を胸に頑張って来た。
そうだ。
やらない後悔よりやって後悔だろ。
あのコメント主をギャフンと言わせてやる!!
俺の胸に、小さな炎が宿った。
彼は衰退してしまった政治を立て直す、たった1つの希望だ。
立候補してくる輩はおふざけ系YouTuberや真面目にやってない者ばかり。
彼が、希望だ。
そんな彼の波乱な第二の人生が、幕を開けた。