【欲望】
ふと理性戻れどもう遅く。
それ即ち欲望なり。
何処かの詩人が書き残すほど欲というものは自制が効かないものらしい。
僕の目の前にいるこの人も、欲まみれなのかな。
なーんて、頬杖つきながら考える。
国語の先生が黒板に丁寧な漢字を書きながら、クラスメイトは何かを懸命に写している。
何気ない授業風景。
外では心地いい風が吹き、僕の重くかかった前髪を弄ぶ。
目の前で揺れるダイヤ型のピアス。
そして見るだけでもうるさそうなバッチバチの金髪。
そして寝ているのか、規則正しく上下している肩。
彼が突っ伏して寝ていても黒板が見えないほどに低身長な僕は、いつも体を横にのけ反らせながら板書をする。
僕はよく晴れた日は窓の外から空を見るのが好きだ。
空を見ていたら、何処にでも飛び立てそうでワクワクする。
どうして空は青いのか、なんで雲は綿飴みたいなのか、雲と空が織りなす地球ができた時からの当たり前の光景を、僕はひたすらに考える。
空が青いのは、神様が空を作る時に青の絵の具をこぼしちゃったからかな?
雲が綿飴みたいなのは、事実雲=綿飴で、神様達の小休憩のおやつだからかな?
理科的に習ったことでも、僕は妄想をしてボーッとすることが好きだ。
授業が終わるまで、ただひたすらに空を見ていた。
ーーーーーー
キーンコーンカーンコーン
『起立。礼。』
『ありあとあしたー。』
先生が出て行ったら、そこはもう無法地帯。
僕は人にぶつからないよう上手く避けながら廊下へと避難する。
騒がしい教室の音が遠ざかっていく。
僕は一息つきながら屋上への階段を登る。
『、、次の授業まで後10分あるな、、』
屋上の扉に立てかけてある立ち入り禁止の看板を無視し、軋む扉を開けて満開の空の元へと躍り出る。
『綺麗、、』
大きく息を吸い、吐く。
春特有の暖かい風が、僕のストレスを軽減してくれる。
春は、、何かこう、言い表せないけれど良い。
僕は季節の中で1番春が好きだ。
虫や花粉症などの心配もあるけど、何より春は心地がいい。
『、、、さぼろっかなぁ。』
屋上のコンクリートで寝転がり、視界いっぱいの青空を見つめる。
視界の端では雲が流れ、僕はそれをただひたすらにボーッと眺める。
ガチャ
『お?』
、、、僕の何気ないいつもの風景は、突如現れた眩しくうるさいほどの金髪により乱された。
『なんだ、お前もサボりか?』
『、、違う、、けど、もぅ面倒だからサボる事にする。』
彼はガハハハッと笑い、寝ている僕の隣へ寝転がる。
『なぁ。』
『何?』
『空って綺麗だよな。』
『、、、、そうだね。』
彼の空を見る目は、ギラギラとした野望と信念を持っているように見えた。
『俺、将来空が何で青いのか解明するんだ。』
『、、空が青いのは科学的に証明されているよ。』
ガッカリする彼。
意外と喋れてる自分にもビックリするし、いつもは怖い印象の彼だけどこんなにも話しやすい雰囲気なのかと思った。
『、、あのさ、』
『んぁ?』
『次も、此処来てもいい?』
彼に言えば、彼はニッカリと太陽のように笑った。
まるで、青い空に合うような眩しい太陽のように。
ーーー
俺の後ろの席にいるヤツは、とても小さかった。
俺は昔から欲しい物はなんでも手に入れて来た。
幼稚園の頃も同じオモチャを容赦なく奪い取り、先生までも配下に収めた。
俺には確かなカリスマ性と、絶対の力がある。
『俺が欲しいと言えば従え。』
誰もこの言葉に意を唱えなかった。
そして俺は今、空を見ている後ろのやつに興味を抱いている。
空を見上げているソイツの顔が、酷く哀愁的で綺麗だったからだ。
欲しい。
次の瞬間にはそう思っていた。
ソイツがいつも行くのは屋上だと知っていた。
後をつけて、ソイツが見上げている空を俺も見上げる。
空が羨ましかった。
だってソイツの綺麗な顔を独り占めできているから。
俺は手に入れる。
欲深いから。
ーーーー
しばらく彼の話すようになって、自然と趣味も合う。
僕は益々彼に惹かれていった。
『あの、、僕、君と話してたら心臓らへんが痛いんだ。僕、、どうかしちゃったのかな?』
彼は鈍感だと、、、そう、思っていた。
だって、単細胞生物は脳も単純だっていうから、、このくらいではわからないと思って、、
そのような言い訳ももう遅い。
僕は気づいたら彼に押し倒されていた。
彼は僕を熱の籠った目で見つめて、僕を抑えている手に力を込める。
『、、欲しい、、』
彼はそれしか言っていない。
嗚呼、これが、、欲望。
僕は詩人の言うことが何となく、わかった。
【物憂げな空】
主人様。貴方が私を作ってくれたその日から、貴方に尽くすと誓いました。
『これでよし!さぁ、主人様と呼んでごらん?』
目を瞬かせると目の前には白衣を着た男がいました。
『あ、主人、、様、、』
『成功だ!やったやった〜!』
私の軽い体を持ち上げて喜ぶ貴方。
その姿はとても幼い子供のようでした。
『いい?今から君の名前はコル・カリダ!戦闘兼主人様専用メイドだよ!』
コル・カリダ、、私に名前を与えてくださいました。
カラ、カラカラ、
私の体に内蔵されている歯車が大きく聞こえた気がしました。
『、、よ、よろしくお願いします。主人様。』
私は主人様により作られたビスクドール。
カラクリ機械だらけのこの屋敷を守る家事兼戦闘用メイド。
役割を理解し、主人様を支える。
私はそのために作られた人形なのだ。
ーーーー
最初の仕事は主人様の身の回りの世話。
食事作りと皿洗い、洗濯物などの家事全般。
島と屋敷の護衛。
主人様の研究のお手伝い。
主人様は私とおしゃべりをよくされます。
何が楽しいのか聞いてみたところ、
『何って、、楽しいものは楽しいに決まってるじゃないか!僕はね、君が生まれて来てくれて嬉しいんだよ。ずっと1人で、孤独だったから。でも誰でもいいってわけじゃない。君だから、僕は話すのが楽しいんだ。』
ニコリと笑っておっしゃられました。
『そうですか。』
『だから、私なんかって言わない事!僕は、君とだから、何でも、楽しいの。』
わかった?と私の顔の前に人差し指を突き出す主人様。
『承知しました。』
主人様は満足したように笑いました。
ーーーーーー
それから、2年が経ちました。
相変わらず主人様は研究に没頭されています。
相変わらず私はそのお手伝いをさせていただいてます。
ある日、主人様は私に心というものがあるとおっしゃられました。
『心、、でございますか?』
『そ!僕は天才な研究者だからね!灯るはずのない物にも心を灯すことが出来るのさ!』
私は何が何だかまったくわかりません。
主人様はまだ私が理解してないだけ。とおっしゃられましたが、私はビスクドールです。
心もなければ、感情もないですし、体温も通っていないからくり仕掛けの人形です。
体内には歯車と人間の心臓となる魔法の核が埋め込まれていて、私の背中にはゼンマイがついています。
そう言ったのに、主人様はご意見を変更なさりませんでした。
『僕は君に心があると信じてるからね!』
とおっしゃられました。
私はいつか、己に心があると、わかる日が来るのでしょうか。
ーーーーーーーーーーーーー
主人様。
その瞬間は、今なのでしょうか。
割れたビーカー、溢れ出る薬品。
側に倒れる主人様。
『主人様!!』
急いで駆け寄り起こした主人様の顔は酷く青ざめており、私は人形ながらに主人様の死を確信しました。
その後、主人様はうんともすんとも言わなくなった。
ーーーーーーー
『主人様。今日の晩ご飯はクリームシチューにしましょうね。』
主人様はピクリとも動かない。
否、動けない。
『主人様、研究はもう、お休みですか?たまには良いかもしれませんね。』
主人様からは嫌な腐敗臭が漂っている。
わかっている。
私は天才な主人様より作られた、ビスクドールなのだから。
主人様はもう死んでいる。
そして今、目から出ているのは涙。
主人様が死んだ後に感情があると理解させられた。
何という皮肉。
カラカラと歯車の回る音はなく、トクトクと不可思議な音が体の中から聞こえる。
嗚呼、主人様。
私に心を与えてくれた貴方の心は動いていません。
私は今、主人様の笑顔が見えなくて、悲しんでおります。
目を覚ましてください。主人様。
笑顔を見せてください。主人様。
名前を呼んでください。主人様。
嗚呼、主人様。貴方はもう、私のそばにはいてくれない。
背中のゼンマイが、回るのをやめる音がした。
主人の側で倒れるビスクドールの瞳は、この世で最も美しかろう、夕焼けと夜の闇が生み出した物憂げな空が映っていた。
ーーーーーーーーーー
コル・カリダの名前の由来
コルはラテン語で心、カリダもラテン語で暖かいという意味。
いつか心が宿ると確信してやまなかった天才科学者がつけた、ビスクドールの名前。
【小さな命】
バキィ!
ドガッ
暗く小さな路地裏に、骨と血肉の擦れる生々しい音がする。
『おらぁっ!!』
バキッ
ドサリ、、
相手が倒れ、立っている1人の男は荒い息を整えながら倒れた男を見下ろす。
『ッチ、、母ちゃんに怒られるじゃねえかよ。クソが。』
血のついた服を見ながら舌打ちをし、倒れている男を蹴飛ばす。
『テメェ、、覚えてろ、アニキが来ればお前なんか、、』
顔面を腫らした男は去って行こうとするヤンキーに苦し紛れの言葉を吐く。
男はピタリと立ち止まり、鋭く刺すような眼光を向ける。
『おい、、他人頼みかよ?みっともねぇなぁ。おい?』
男の髪の毛を掴み、顔を上げさせる。
『ぐっ、、コイツなんか、』
バキィ
『みっともねぇ。アニキ頼みなんか。』
ヤンキーは今度こそ気絶した男を一瞥し去った。
ーーー
『ただいま。』
ヤンキーが家に帰る。
『おかえり〜。』
パタパタとスリッパの音を響かせて出迎えるのはお腹を大きくしたヤンキーの母親。
手にはオタマを持っている。
『ッチ。おい、何料理してんだよ。休んでろよバカが。』
ヤンキーは母親のエプロン姿を見た瞬間、彼女からオタマを奪ってドスドスと家に上がる。
『あらぁ〜、、ありがとねー。』
そんなヤンキーを慈愛の目で見ながら、お腹の子をさする。
『ったく、、もうすぐ産まれるってのに。』
膨れっ面のままシチューかき混ぜる。
彼の名は眉坂黄麻。
ヤンキーのくせに道路に捨ててある猫を拾ってきてしまうという典型的な少女漫画でよく見るタイプの人間である。
『、、、明日か?』
『そうねぇ、、』
夜ご飯を食べた2人は、父の帰りを待ちながらお腹の中の子に話しかけている。
『明日産まれてくるか?あ?』
恐ろしい声だが、お腹の中の子を見つめる顔はもうお兄ちゃんだ。
『あら、、こうちゃん、今日もケンカしてきたの?』
『げっ、、』
母親が血のついた彼の服を見て尋ねる。
『、、、だってアイツらが先に、その、、』
『ダメだって言ってるじゃない。』
母親の今まで柔和だった顔が、途端に鬼のような形相になる。
『ひっ、、ごめんなさい、、』
『この前洗濯した制服なのよ?まったく、、』
母親が心配していたのは服だった。
ガチャ、
『ただいまー。』
サラリーマンの父親がリビングへ入ってくる。
『おかえり。あなた。』
『ああ。』
あと1日。
彼の妹が生まれるまで、あの1日。
ーーーー
オギャア!オギャア!!
俺は今日、小さな命と立ち会っている。
お母さんが頑張って産んだ、小さな小さな命。
俺は昔から一重で、何故か目つきが悪かった。
だから誤解されることも多くて、舐められないように荒れていた。
でも、今この瞬間だけは、舐められないようにもっと鋭くしていた目つきが、柔らかくなっていた。
指を差し出すと反射で握ってくる強くてふくふくとした小さな手。
俺の中に命がある。
産まれた時からずっと、死ぬまで俺が妹を守ろう。
妹の手を握りながらそう思った。
ーーーー
『お兄ちゃん!今日暇ー?』
『あ?おお。暇だ。』
『ちょっとショッピング付き合って?』
『何処まで?』
俺は妹のためなら何でもできる。
だってこんなに可愛いのだから。
あの日。
俺は小さな命を見た。
【同情】
学校という社会集団の中には、とある過酷な環境で育った子供も存在する。
私はその子と友達だ。
仮にB子と名付けよう。
私とB子は2年の3学期くらいに仲良くなり、クラスメイト以上親友未満くらいだ。
たくさん、B子と話をした事がある。
私はリアルな話が好きだ。
呼んでる小説も、ホラー、実話、不倫、etc、、
リアリティある話が大好き。
だから、、B子のことも好きだ。
B子は中々複雑な家庭で育ったらしく、第一に母親と父親が離婚している。
そして父親の元で暮らしていたが、その父親も問題だった。
直接的な暴力はなかったものの、B子の財布からお金を無断で抜き取ったり、何もしないで全部B子に丸投げしたり。
私はその話をB子から聞いた時、ものすごく気分が高揚した。
それを求めていた。
その話のリアルさ、人の思考。
とても興味深く、普通の人生を歩んでいる私にとって大きな刺激だった。
私に同情という感情はなかった。
ただ存在してたのは、『楽しい』や、『こんなすごい話を聞いてしまった』などのまるで王道アニメを見た後の様な、そんな高揚感。
全く、『可哀想』や、『私がその立場だったら、、』などの感情は湧いてこなかった。
これは私がおかしいのだろうか。
誰でも、自分に関係がなければ『面白い』などという無責任な感情が湧いてくるのではなかろうか。
同情という言葉は、本当の善人が持っている。
表面上で『それは嫌だね、、』『えー、、大変だったね、、』などと言って、心の中では良い話を聞けた。この人と友達でよかった。
そんな気持ちが渦巻いている。
これからも私とB子は友達でいる。
リアルな話をこれからもB子から聞いて、私自身の高揚感を満たそうと思う。
同情は感じない。
だって、、私はクズだから。
これからも友達でいようね。B子。
【10年後の私から届いた手紙】
10年後の私へ。
貴方は今、何をしてますか?
憧れの職業には就けましたか?
好きな人と付き合っていますか?
今の私は何にも出来なくて、人より劣ってる事が目立ちます。
でも、負けないでください。
未来の私は強くなっています。なるに違いありません。
これからたくさんの事があります。
壁もあります。
だけど、大丈夫です。
だって、いつも何だかんだ言ってどうにかなってるじゃないですか。
今だって、どうにかなってるでしょ?
死ぬ事以外は擦り傷!
擦り傷にならない事もあるけれど、頑張ろう。
嗚呼、、あの頃の私は、なんてポジティブだったんだろう。
なんて無垢な子供だったんだろう。
『今は考えられないな。』
ガヤガヤとうるさい校庭。
懐かしの我が母校。
『えー!まじで私の文字汚い!』
『アハハッホントだー!』
昔より随分変わったみんな。
憎たらしいあの子も、昔は嫌いで嫌いで堪らなかったアイツも、ガラリと雰囲気が変わって誰か判別がつかなくなっている。
私の手元には、小学6年生の時頑張って下手な字で書いた少し黄ばんだ手紙。
ところどころ誤字や脱字が目立つが、冒頭で紹介した通りのポジティブ文面だ。
大人になってから気づくのは、子供の時にしか得られなかった何かがあったという事。
例えば、友達と一緒に帰る夕焼けの空と空気の感じとか。
今となってはもう戻れないくらいの青春。
この手紙からは、そんなものが感じられた。
『ふぅ、、もうちょっと、頑張ろうかな。』
ポケットに入れていた、縄を学校のゴミ箱に捨てた。
手紙は人の想いが込もるもの。
勇気と、励ましがこの手紙からひしひしと伝わってくる。
『、、、よしっ。』
新しい風が吹く学校の校庭。
私は青空に向かって歩いた。