遠くの空に見える入道雲
昔、あれに乗りたいなと思ってたことがあったなと思い出した。
あの時見た映画の影響だろうか。
動く大きな雲の中には、きっとワクワクするようなものがあるのだろうと思った。
そんな熱気けぶる夏の日、来るたびに思い出す。
遠くから蝉の声が耳を劈く。
風のざわめきとともに湿気を帯びた熱が頬を撫でる。
雨上がりのような土の匂いが仄かに香る。
足元からアスファルトの熱気を靴越しに感じる。
汗を拭い目を開けると、眩しい光が眼前に広がる。
夏が、来る。
「行きたいと思う?ここではないどこかへ」
隣で女性は静かに語りかけた。
「どこかって?」
「そこは人里離れた隔世の楽園。世の中の柵から外れて永遠に幸福を享受するの」
女性は言葉を綴りながら笑みを零す。
「もしそんな処があったら、貴方は行きたいと思わない?」
「確かに魅力的だ。でも、そんなんは御伽話だ」
俺は振り返らずに言葉を吐く。
「あら、当然何も根拠無しに言ってるわけではなくてよ。例えば……私が出来ると言ったら、如何する?」
微笑みが不敵な笑みに変わり、女性はそう告げた。
「……どういう意味だよ」
思わず女性の方を見る。女性の姿はすでに見えなくなっていた。
「……何なんだ」
君と最後に会ったのはいつだろうか。
「さようなら」という言葉すら交わしたのかどうかも、忘れてしまっていた。
日々の忙しさにかまけて記憶の隅にしまった、最後のキミの姿。
今どうしてるのか気になるけども「元気してる?」なんて今更言えなくて。
ああ、薄情な私を赦しておくれよ。
昔、花の置物を貰った。
硝子細工の花は透き通るような繊細さで、凛として咲いている。
花の名を冠しているだけの偽物だが、枯れることのないそれは手入れの必要がないということで人気がある。
割って落とさなければ数十年も持ち、引っ越しとかで捨てさえしなければ何十年も置いてあることが多い。
いつしかいつ誰に貰ったかわからなくなったけど、今日も私の家の玄関に、その花は鎮座している。