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10/10/2023, 1:20:33 PM

ココロオドル
(書きたいとこだけ書いた。気が向いたら加筆したい。)



「お疲れ」
「おつかれさまー」
「そっちも残業だったろ」
「明日のわたしががんばります……」
「放り投げてきたんだな」
「だって急に誘うから! びっくりしたあ」
「迷惑だった?」
「うれしかった♡」

「なんか美容院のにおいする」
「え、わかる? トリートメントだけしてきたの」
「いいにおいすると思った。俺のため?」
「そうだよ……って、なんで笑うの」
「食い気味に肯定して、かわいいなと思って。なんで黙るの」
「……や、かわいい、って」
「かわいいよ」
「ありがと……。おもしろがってない? もーやだ今ぜったい顔赤い」
赤信号で停まると同時。運転席から、ついと彼の左手が頬に触れる。
「熱あるんじゃない? 帰る?」
「……やだ。帰りたくない」
「帰さないよ」
耳朶、首筋を指先がするりと撫でた。待ち望んでいた熱の一端。全身に震えが走り吐息が漏れる。助手席の素直すぎる反応を受け「まだ何もしてないよ?」愉しげに微笑ってみせる。
「……いじわる」
ジト目を向けるも、綺麗な笑顔を返されてしまってはお手上げだ。思ったことがすぐ口から出てしまう。
「……ほんとうに顔がいい……」
「ありがと」
青信号、何事もなかったかのように発進する車輌。行先は確認するまでもない。心臓を高鳴らせているのは私だけ?



(とりあえずひとくぎり)

2023.10.10 藍 お題「ココロオドル」

10/8/2023, 2:04:50 PM

束の間の休息



サーキット入口でタクシーを降り、受付で入場料兼観戦料を支払う。てくてく歩いて向かう先、屋根下ピットにお目当ての車輌。
「おはようございます」
ピットへの挨拶にメカニックが笑顔を寄越す。
「おはよ。ごめん、今寝てる」
グローブの指先がアウトドアチェアを差す。推し選手の安らかな寝顔、大変心臓に悪い(健康にはとても良い)。
あちこちで暖気される車輌。ボディやエアロの突貫工事。場内に響き渡るマイクテスト。お世辞にも静かとは言えないサーキットの片隅、よくもまあこんな状況ですやすや寝ていられるものだ。呆れると同時、推しの『顔の良さ』に改めて感謝。生きてて良かった。

「グループ練習走行まで少し時間あるな。起こす?」
ぶんぶん首を振り「寝かせてあげてください」小声で返す。
昨日は他県で開催された走行会に参加後、遅くまでメンテナンスをしていたようだ。車輌を運ぶ積載車の運転も毎回自らこなす。おそらく、まとまった睡眠時間は取れていないだろう。早朝出発し、市街地から程遠いここへ無事辿り着き、全体ブリーフィングを終えたことだけでもう花丸をあげたいくらい。寝顔は何時間でも見ていられる美しさではあるが、無償(タダ見)は失礼すぎないか。観覧料を支払う必要があるな。ふいと視線を外す。

「差し入れ、渡してもらえますか」
「預かるよ。いつもありがとう」
「いえ、ありがとうは私の方です。いつもサポートほんとにありがとうございます。おかげで大会は走ることに集中できているみたいで、実際、前回は今季最高位でした! 初の表彰台、もーめっちゃくちゃ嬉しかった!」
「それは嬉しいねえ。今日も頑張らないとな」
メカニックの視線が私の背後へ向かった。つられて振り返ると、レーシングスーツ半脱ぎの推しがのそりと立って、私を見下ろしている。
「ご、ごめんなさい、起こしちゃった……」
「……あんな大声で騒がれたら誰だって起きる」
興奮し、早口な上に大声を出してしまっていたようだ。オタクの性質が憎い。
「それ、俺にだろ」
推しが指差す私の手元。慌てて両手で差し向ける。
「応援、してます」
「ありがと。がんばるから見てて」
はい、と言ったつもりだったが、辛うじて頷くに留まった。全ての感情がだだ漏れになってしまう。差し入れは、受け取ってもらえた時点で大成功なのだと思う。悩んで探して、私の選択はきっと間違っていない。一つの包みを早速開封した推しが「これ、カツサンド?」驚いたように問うた。
「はい。前回、おいしいって言ってもらえたので。お昼はキッチンカーもレストランも混むし。多めなので、メカさんとか、お隣さんとか、皆さんでよかったらどうぞ」
ひょいとメカニックが覗き込んで「マジ?」と笑む。
「今朝コンビニで買わなくてよかったな」
「カツサンド、買うとこだったんですか?」
「こいつ、サンドイッチの棚んとこでめっちゃ見てたんだけどさ。いつもの子がまた持ってきてくれたら被るから、って止めたんだよな」
「そーいうことは言わなくていい。お前には絶対やらない」
「何でだよ、照れんなよー」
「うるさい」

『現在、オンタイムで進行しています。タイスケ確認してね。練習走行、コースイン15分前です。Aグループの皆さん、準備お願いします』

場内アナウンスに顔を見合わせた。メカニックは作業へ戻り、近隣ピット内もざわつきだし、緊張感が高まる。
「予選までに絶対食う。ゲン担ぎだろ」
「……勝つとこ見せて」
「まかせろ」
不敵な笑みと共に差し出された推しの利き手。私が両手で包む、いつもの握手。大きな掌に力が込められた瞬間、私のこれまでの『推し事』が全て報われたように感じ、鼻の奥がツンと痺れた。現場で泣くなら嬉し泣きと決めている。私の決意など知らない推しが「なんで泣きそうなの」苦笑を乗せて囁いた。
「泣いてないです、泣くのは表彰式だけ」
ふうん、と息を吐き「表彰台てっぺんから目線やるよ」耳元で微笑う。
「待って無理、溺れてしまう!」
悲鳴に似た絶叫が飛び出すが、推しはニコリと受け止め「楽しみにしてる」あろうことか極上の笑顔を寄越す。ようやく握手含む神対応から解放された私は、生気やら運気やらを吸い取られたような錯覚に陥った。腰が抜けるかと思ったが、推しの役に立てるなら本望だ。

ふらついた足取りで観客席へ向かうファンを見遣り、メカニックが「お前、何したんだよ」選手へ詰め寄る。
「握手した」
「それだけか?」
「喋った」
「そりゃそうだ」
「ファンサービスも選手の仕事、だろ。あいつが教えてくれた」
柔らかな視線が彼女の背中を追う。
「俺、今日優勝するから」
「何だ、珍しい」
「勝たなきゃいけない理由ができた」
理由、が彼女であるのは明白だ。
「頼むぜ、スーパーメカニック」
心底リラックスした笑顔を向けられ、僅かばかりのわだかまりがあったことすら忘れた。
「ああ。勝とうな」
戦友めいた握手を交わす。予感、なんて不確実なものは信じないつもりだが、それでも期待してしまう。彼女がこいつに惹かれて、『推している』理由が少し、解ったような気もする。彼を勝たせたい、と切に願った。



(了)

2023.10.8 藍 お題「束の間の休息」