『逆光』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『逆光』
眩しくて
眩しくて目が開けられないから
そっと顔を逸らしたんだ。
君が背負う
その幾千ものライトが
その幾万もの視線が
怖くて。
見て見ぬフリをしていれば
君はずっと変わらない君で。
聞こえぬフリをしていれば
僕はずっと、僕であれた。
手を引いて走ってる先に
その先に光があると
信じてやまなかった。
振り返っちゃいけない。
本当は闇に向かってる、
なんて
口が裂けても言えない。
君を堕としたいなんて。
変わらぬ君は何も変わってなどいない。
変わり果てたのは君の周囲と
僕の心だ。
逆光
光が強いほど、闇もまた深くなる。
あなたの光は眩しすぎた。
私はまた影に隠れる。
闇が深くなるほど、光は強くなるのだろうか?
主観的にはそう見えるが、光度は強くなってはいない。
私がただ闇に沈んだだけなのだ。
目映さに目が眩む。
変わったのは私なのだ。
私だけが酷く暗く寒い場所に移動しただけ。
ああ、まぶしすぎる。
めがもうあけられない。
さようなら、あなたは……
あの日から俺達は一緒だった。
目的地はもうすぐだって言うのに
隣に並んで歩いていたあいつは足を止めた。
なんで止まってんだ?
俺は言ったが
あいつは何も言わない。
俺は振り返る。
逆光であいつを見ることは難しかった。
「ごめん。ここからは一人で行って」
あいつはよく分からない。
自分のことも話してくれない人だった。
言葉が少なくてよく分からないけど
きっとあいつはあいつなりの考えを持って
あの言葉を言ったんだと思う。
最後にあいつの顔をしっかり見ておきたかった。
あいつに1歩近づこうとした時
「ダメだよ」
この一言を行ってきた。
そうか俺は戻ることをしては行けないのか。
「じゃあな」
逆光のあいつに一言言って
俺は歩き出した。
もう振り返ることも戻ることも出来ない俺の
この先に何があるかも分からないまま
─────『逆光』
光を背負ったスーパーヒーロー
暗闇もまだ抱えたままで
震える足をごまかして
逆境を前に不敵に笑え
あの日ぼくを助けたきみが
無敵じゃないって知ったから
震える足で立ちあがった
暗闇を裂いたスーパーヒーロー
弱さも涙も抱えたままで
震える足できみのとなりへ
今、その瞳に光が宿る
「逆光」
貴方の微笑む夢を見ました。
あれから何年も経ったのに、あの頃の貴方のままでした。
網戸越しの逆光の中で、いつものように目を細めて。
左の口角だけ上がる、あの癖のある微笑みに、私はやっぱり見とれていました。
きっと私も微笑返していたでしょう。
貴方の知らない私の季節は、もういくつ過ぎたでしょうか。
未だにこうして、貴方を愛している私がふと立ち止まる朝があります。
だからごめんなさい。
まだ連絡は返せません。
題目「逆光」
8 ✿.*・逆光✿.*・
あなたにピントを合わせてシャッターをきる。
バシャ
いつからか忘れたが、放課後こうして写真を撮るようになった。
『君に協力してほしいことがある』
『写真とか興味ない?』
きみは『私にお手伝い出来ることがあればなんでも』
と快く受け入れてくれた。
写真が撮り終わり、帰る準備をしているとき
彼女は一緒に帰らない?
そう誘ってくれた。
いつもと一緒のはずなのに、なぜかどきどきして
彼女が輝いて見えた。
いつの間に僕は恋に落ちていたのだろうか。
逆光が似合っては
いけない
順光の中にある
溢れる煌めきを
忘れてはならない
わたしを戒める
今朝の陽光
# 逆光
わたしは
どうぶつのおいしゃさんです
どうぶつをたすけたくて
すこしでもくるしみをとりのぞきたくて
おいしゃさんになりました
でもときどきおもうのです
これがほんとうに そのどうぶつにとって
しあわせなのかと
にんげんの エゴなんじゃないかと
こちらのかんがえを
おしつけているだけなんじゃないかと
きっとえいえんに
こたえはでません
でもつねに かんがえ なやみつづける
それがわたしに かせられた
かだいなのだと おもっています
いま まどぎわでねている
ねこにはんしゃする
逆光がまぶしい
どうぶつのおいしゃさんは
つらくて かなしくて くるしい
でも なやみつづける
この逆光に まけないように
それがどうぶつにたいする
わたしのゆいいつの せいいだから
#逆行
上の階へと向かう階段の最中
窓からのぞく眩しいほどに刺す夕日
思わず涙が滲んだ······
階下から名前を呼ばれ、
振り向きざま違和感のないよう涙を拭った
逆光が写しだす場所はどこか遠くを思わせる。
そこではくっきりと浮かぶ影が太陽とのダンスを奏でる。
流れる光は自由に逃げるが
影は時を止めようと追いかける。
この光と影の一瞬を捕まえようとしている。
題「逆光」
récit œuvre originale
写真を撮る時によく、逆光だよ。と言うけど、逆光の意味を知らなかった。
調べてみると色々あるけれど、対象物の背後からさす光とのこと。
後光みたい。
イメージ変わったかも。
「最後に写真撮ろうよ」
そう言って、彼女は自分のスマホを取り出した。僕の左隣に回り込んでインカメにする。写り込む僕らはなんだかぎこちなくて。思わず笑ってしまった。本当は、寂しい気持ちでいっぱいなのに。
「いくよー」
彼女の合図の数秒後、カシャリという音がした。同じアングルを何度も撮られて、こんな状況に慣れない僕は次第に落ち着かなくなってしまう。だってこんなに近い距離で、肩同士だって触れてる。微かに感じるいい匂いだって気のせいじゃない。今僕らの距離感はほぼゼロなのに、明日からは無限の長さになってしまうなんて。
「元気でね」
「君もね」
彼女が僕に分けてくれたツーショット。にこりと笑った彼女の横に、不自然な笑い方をした僕が写っている。でも、なんだか全体的に薄暗い。
「あはは。やっちゃった、逆光だ」
太陽を背負って僕ら仲良く寄り添った写真は見事に逆光になってしまった。でも、そのおかげで背後からの光が何とも儚さを醸し出しているふうにも見える。寂しげに笑う僕にちょうど似合っていた。
「あっちでもっかい撮ろうよ」
光のほうへと僕を連れ出す君の手。この手が、ずっとすぐ近くにあってほしいと願ってしまう。だけどきっとまたいつか会えるよね。どちらとも口にはしないけど、いつかまた、巡り会って笑い会えますよう。その思いを込めて、明るいところで一緒に撮り直した写真では、今度は僕はできるだけ笑ってみせた。
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
カシャリという乾いた音とあともう1つ、僕の隣から鼻をすする音がした。
いつかまた2人で写真を撮ろう。
そしてその時は。
全力で笑った顔で写りたいね。
ずっとずっと好きだった。
子供の頃は気を引きたくて、酷いこともたくさんしてしまったと思う。
同じ小学校、そして、中学校、高校と、ずっと一緒だった。高校は、偶然を装って同じところを選んだんだけど。
成長して、周りに流されたのもあったけど、ようやくお前に告白した。
そうして晴れて俺達はカップルになった。
それから今日が初めてのデート。
お前が好きそうな場所を調べて、いろんなところに連れて行った。一緒にいるだけで楽しかった。
最後に海へとやって来た。
その浜辺で夕日が沈むのを見ていた。
お前が一歩前に出る。なんとなく消えてしまいそうな儚さを感じて、思わず手を掴む。
そのままこちらへ引っ張る。
「好きだ」
改めて告げる。
お前が振り返る。
逆光になって、その顔がどんな表情をしているのか全く見えなかった。
『逆光』
逆光…
#短歌
逆光に輝くつららたちまちに
溶けて青春のまぶしさに似る
逆光
シャッターをきった。
デジカメなので、その場で確認した。ほら、やっぱり。彼女が残念な声を出す。
じゃあもう一度、といって再び撮影する。が、また同じ声が漏れた。
綺麗なシルエットだ。だが、表情がみえない。
逆光のせいだ、とふたりの位置を入れ替えた。シャッターをきる。
結果は同じだった。
どうしても顔だけが写らない。
おかしいでしょ。水面も鏡もだめなの。女のあやかしものがいう。
以前、わたしどんな顔、と訊かれて、美人だと答えた。それ以来、どうしても自分の顔が見たいらしい。
ずっと自分のことが見えないとね、他の人も私のこと見えないかもって思いはじめるの。そう言われた。
とりあえずもう少し付き合ってみよう。今のところ、僕には見えている。
『逆光』
夕暮れ時の小さな公園。水平線に沈む夕日にレンズを向ける君。真っ赤な空と対象的に、影の落ちた君の背中。
一瞬吹いた風が君の髪をなびかせた瞬間、それを逃すまいとファインダー越しにシャッターを切った。
「今日も暇だね〜」
「事件がないのは実にいいことではないか、ワトソンくん」
「それはそうだね。ところで、松田くん。いい加減、その呼び方はやめてくれない?」
「桜高のホームズと呼ばれるこの名探偵にその座を任されたというのに、君は何の不満があるというのかね」
自称桜高のホームズを名乗る僕のクラスメイト、松田くんが変人……いや、こう風変わりであるのはいつものことだ。
「この座を任されたも何も、他に候補がいなかっただけのことじゃないか」
僕はそう言って周りに視線をやる。行事の飾り付け用の花飾りや、脚のガタつく椅子、未開封のチョークの箱の山に、いつの時代のものか分からない古いカメラなどが、視界のほとんどを埋め尽くしているこの部屋には僕と松田くんの2人しかいない。
人より備品の方が圧倒的に場所を取る四畳ほどのここ、備品倉庫は、3階建て校舎の最上階の廊下を進んだ1番奥の角部屋に位置する。角部屋ゆえに日当たりがいいことだけをメリットに持った、現在の僕らの活動拠点だ。
ドアに取り付けられた備品倉庫と書かれてあるネームプレートの上には、この春“推理研究会”と手書きされたA4の紙が貼られた。もちろんこの推理研究会、通称“推研”の言い出しっぺであり発足者である松田くんの手によってだ。
僕達が通う桜木高校は、県下一の進学校であると同時に、文武問わず様々な部活動でも結果を残していることで有名な歴史ある高校だ。
そんな格式高い桜高で新しく正式に部活動として認めてもらうにはいくつかの条件がある。
部員が5人以上であること。そして、顧問を引き受けてくれる先生を見つけること。これが部活動を名乗る最低条件だ。その上、部員が3人未満だと同好会としてすら認めてもらえない。
部活動であればそれ相応の部室と潤沢な予算をもらえ、同好会であれば許可を得て空いた部屋を部室代わりに使わせてもらうことができる。
僕ら推理研究会は、推理研究同好会というのが正式名称だ。推理研究同好会、略して推理研究会なのだからこれで問題はないというのが松田くんの主張だ。
僕らが同好会として活動するからには、僕らの他にもう1人の部員が存在する。ただ、僕はまだその人の名前を知らない。
松田くんが推研を立ち上げる際にその存在について聞いてみたが、そのうち分かるとはぐらかされてしまった。
推理研究会と言っても探偵の出番があるような事件などこの学校で起きるはずもなく、未だ知名度もない推研は開店休業状態だ。
そんな時にやることといえば、名の知れた推理小説を読み返したり、世界の未解決事件の記事にああだこうだと持論を展開することぐらいだった。
この日も例に漏れず、同じように過ごしていた僕らの元に、推研の発足以来、初めての依頼が舞い込んできた。
「この写真に写る彼女を探して欲しいんだ」
松田くんがどこからか拾ってきた少し傾いた学校机の上に、1枚の写真が置かれた。
「君はえっと……あぁ、隣のクラスの野島くん」
「佐々木だよ。同じクラスの」
そう言った佐々木くんは、堂々と失礼な事を言う松田くんに対して少し眉をひそめた。
入学して半年も経ったというのに、まだ自分の顔も名前も覚えていないクラスメイトがいたとしたら、誰だってこういう顔になるだろう。
「松田くんが事件にしか興味ないことは分かってたけど、さすがにクラスメイトにまで無関心だなんてあんまりだよ」
「申し訳ないんだけど彼に悪気はないんだ、ごめんね」と僕が言うと「別にいいよ」と佐々木くんが愛想笑いをした。
僕が代わりに謝っているというのに松田くんはそれを気にも留めず、ただ顎に手を置いて机の上の写真に見入っている。
「ところで野島くん」
「佐々木くん!」
「では、佐々木くん。この写真の場所は緑が丘公園かい?」
「あぁ。1週間くらい前にそこで撮ったんだ」
彼が撮ったその写真は、夕日が沈む水平線の写真を撮っている人を、そのさらに後ろから撮るという構図で、そこに写った人がちょうど夕日によって逆光で影になっているのがとても幻想的な1枚だった。
「佐々木くんって写真撮るの上手なんだね」
「え……ありがと」
佐々木くんは褒められていないのか、長い腕を自分の首の後ろにまわした。
丘の上にあるこの緑が丘公園からは、街と海が一望できる。僕は知らなかったが、そこは知る人ぞ知る夕日の絶景スポットなんだそうだ。
佐々木くんはフィルムカメラが趣味で、休日はいろんなところを訪れては、景色や人物など様々な被写体をカメラに収めているらしい。その日は夕日を撮ろうと緑が丘公園に行ったところ、そこで同じように夕日を写真に撮る彼女に出会い、思わずシャッターを切ったという。
「で、この女性を探して欲しいと?」
「あぁ。あの後何度かその公園を探したんだが見つからなくてさ、結局彼女がどこの誰かも分からないんだよ……」
そう視線を落とした佐々木くんには見向きもせず、松田くんは何か考え込んでいるような様子だ。
「どうしてその時彼女に声を掛けなかったの?」
「それはその、思わず勝手に写真を撮っちゃったから、なんか後ろめたくなっちゃって……」
「なるほど……じゃあ一応なんだけど、もし彼女が誰か分かったとして、佐々木くんはその後どうしたいのか聞いてもいいかな」
少し言い淀んだあと、彼はこう答えた。
「もう1度俺の写真の被写体になってくれないか頼もうと思ってる。今度はちゃんと許可を取って、そしたらその写真で次のコンテストに応募するつもりなんだ」
「え! それすごくいいね!」
佐々木くんの答えに僕が密かに胸を打たれていると、今まで黙っていた松田くんが突然口を開いた。
「正直なところ、人探しの依頼は我が推理研究会の出る幕ではない」
「え!? せっかく初めての依頼が来たのに、そんなあっさり断っちゃうの? 推研の名をみんなに知ってもらうチャンスじゃん!」
呆気に取られた僕がそう前のめりに言うと、松田くんは演技がかったような余裕のある表情を作って笑った。
「まぁまぁ落ち着きたまえ、ワトソンくん。誰も断るとは言っていない」
誰かに説明を求めるように佐々木くんの方を見たが、彼の言っていることの意味が分からないのはどうも僕だけではなかったようだ。
「それはつまり、この依頼を受けるってこと?」
僕がそう聞くと、松田くんは何故か佐々木くんに近寄り、何やら僕に聞こえないように耳打ちした。
一瞬驚いた表情を浮かべた佐々木くんだったが、松田くんが何か企みのありそうな笑みを浮かべると、彼は静かに頷いた。
「さぁ、我らが推研の初仕事といこうか」
桜高のある山の裏手を流れる田上川は辺りを田んぼに囲まれていて、山からの湧き水が流れるその川の水は濁りがほとんどなく、都会では見られないような様々な魚が生息している。
「この辺りのはずなんだけど……」
一面田んぼばかりのこの辺りに紺色の制服が混ざれば、一目で分かりそうなものだが。
桜高からの坂を下る紺のセーラーや学ランのほとんどが、坂を降りてすぐ街の方へと続く道に進むというのに、僕はというと学校から見て街と反対側にあるこの田んぼ道に足を向けた。
多くの生徒が部活動を終え帰宅する時間にも関わらず、そこに学生の姿は1つもない。
そう思い、諦めて帰ろうとしたその時、草むらの中で何かが動くのが分かった。
「ヒャッ」と情けない声を上げた僕の前に、大きな紺色の影が現れる。
「もしかしてワトソンくん? 鈴之助から聞いてるよ」
そう僕をワトソン呼びした人は、僕と同じく桜高の学ランを着ており、肩には立派なカメラを掛けている。名札に引かれた濃紺のラインからするに、1学年上の先輩だ。
鈴之助と言われてすぐにはピンとこなかったが、それが松田くんの下の名前であったことを思い出す。
「あ、はい。いや、ワトソンじゃないですけど」
「あぁ、ごめんごめん。鈴之助がいつも君をワトソンって呼ぶから、つい」
「あ、いえ」
「じゃあ君を何て呼べばいい?」
好奇心に溢れた表情でそう聞かれる。
「えーと……名字で……あ、いやでも、やっぱりワトソンでいいです」
「そう。じゃあワトソンくん。見せたい写真があるって聞いてるけど」
「あ、はい!」
リュックの中からクリアファイルを取り出し、そこに挟んでおいた写真を取り出す。データは別に持ってるからと、昨日佐々木くんが写真を借してくれたのだ。
「これなんですが……」
「あぁ確かに。にしても随分と古いモデルだね」
「こんな影だけの写真でも分かるんですか!?」
カメラのことに関して僕は全くの素人だから、何が何だかさっぱりだ。
「まぁ、これはフィルムカメラの中でも特徴のあるモデルだから。で、これの持ち主を探しているのかい?」
「はい……分かりそうですか」
ここで写真を撮ってる人に聞けば何か手がかりを得られるかもしれないと言われて来たものの、写真1枚で、しかも逆光でそこに写るカメラも人も姿が分からないというのに、持ち主を探すだなんて向こう見ず過ぎはしないか。
そう僕は思っていたが、先輩の反応は意外なものだった。
「正直僕にはちょっと難しいんだけど、他に当てがないこともないよ」
「え、本当ですか!?」
明らかに音の高くなった僕の言葉に対して、心強く頷いてくれたその人の顔に、僕はどこか見覚えを感じた。
「すみませーん! 誰かいらっしゃいますかー」
店の扉が開いていたため営業中だろうと入って来たが、中には客はおろか店の人の姿もなかった。
カウンターの奥の扉は覗き窓にカーテンが引かれていて、中の様子は伺えない。
「すみませーん!!」
もう一度そう呼びかけると、扉の向こうでカーテンが開き、中から店主らしき年配の男性が出てきた。
「あぁ、お待たせして申し訳ないね。ベルが鳴らなかったから、てっきり空耳かと思ったよ」
店主の視線を追うと、カウンターの上に『ご用の際はこのボタンを押してください』と丁寧に添え書きされた呼び出しボタンが置かれていた。
「あ、すみません。気づかなかったです」
「いいの、いいの。それでご用は何でしょう」
「あ、えっと……」
先程と同様にリュックから出した写真を店主に見せる。
「突然で申し訳ないんですが、このカメラの持ち主を知りたいんです……」
恐る恐るそう尋ねた僕の言葉と間も開けずに店主が答えた。
「あぁ、これは瑠璃ちゃんのカメラだね」
「え、彼女をご存知なんですか!?」
「もちろん。ここの常連さんだからねぇ。こんな古くて珍しいカメラを使ってるのはここらじゃ彼女だけだと思うよ」
正直、僕はこんなにあっさりと見つかるとは思っていなかったため、驚き入ってしまった。
「あの……彼女と連絡を取りたいんですが……」
「あぁ、少し待ってね。このノートに連絡先が乗ってるから……」
こんなに簡単に個人情報を話していいのかと思ったが、今はありがたいので黙っておく。
「瑠璃ちゃんの名字は確か……あぁ、夏川、夏川……」
店主がそう呟いたとき、僕はハッとした。
「あのう、その瑠璃さんの名字は夏川なんですか?」
「あぁ、そうだよ」
店主が頷き終わるのを待たず僕は店を飛び出していく。
「あの、ありがとうございました!」
「もういいのかい!?」と後ろからかかる声に僕は「はい!」と大きな声で答えた。
「さて、皆さん本日はお集まりいただきありがとうございます」
僕と松田くんを入れて5人もの人数は、さすがにあの窮屈な備品倉庫には入り切らないので、僕達は学校の中庭にあるベンチに集合した。
「あの……この方達は……」
心当たりのない顔が2人も増えたことに佐々木くんは困惑しているようだ。
「まぁ、待ちたまえ。せっかくこの桜高のホームズと呼ばれる私が、我が推研初の謎解きを始めようというのだから、楽しみは後に取っておいた方がいい」
みんなが松田くんの発言に納得したのかは分からないが、佐々木くんをはじめ、その場の全員がそれぞれベンチに腰を下ろした。
「まず、私は先日、ここにいる佐藤くん」
「佐々木くん!」
「佐々木くんにこの写真に写る人物を探すように依頼された。本来、人探しは私の専門ではないのだが、今回はやむを得ず……」
話が横道に逸れそうになり、僕はまたツッコミを入れた。
「あぁ、そうだな。それで、私はこの写真を見てある2点に注目した」
全員の視線が松田くんが持つ写真に集まる。
「まず、私は彼女の服装に注目した。これはおそらく、うちの高校の制服だろう」
「え!?」
写真の女性の格好は影になっていて、一見、彼女がうちの制服を着ているのかどうかの判断は難しいように思える。
「松田、どうしてそう言えるのか説明してくれ」
「簡単だ、ここを見ればな」
そう言って松田くんは写真の女性の襟元を指差した。
僕が首を捻っていると「これ、セーラー服!?」と佐々木くんが答えを口にした。
言われてみると確かに、真っ暗な影の中に僅かに風に揺れたセーラー服特有の襟が見受けられる。
「あ、そうか。この辺りの高校でセーラー服なのは、桜高だけだ!」
「そういうことだワトソンくん」
「でもこの町の中学校は、ほとんどがうちと似たセーラー服だよね」
そう指摘を入れたのは、この謎解きに呼ばれたうちの1人、昨日田上川でこの写真について尋ねた先輩だ。
いたずらを仕掛けた少年のように片方の口角を上げた先輩に、松田くんが満足気な笑みで答える。
「確かにこの町の中学校にはうちと同じようにセーラー服の学校がある。ただ……」
「ただ……?」
肝心なところを焦らす松田くんに痺れを切らして思わず催促する。
「この辺りの中学生はローファーを履かない」
「「あ!」」
僕と佐々木くんの声が重なった。
この町の中学校はすべて、白いスニーカーを指定靴にしている。僕も中学生の頃はそれを履いていた。
「なるほどね。だからこの写真の彼女がうちの学校の生徒だと分かったわけだ。やるな鈴之助」
「まぁね」
探偵役に成り切っていた松田くんに一瞬幼い表情が浮かんだような気がした。
「さて。どこか遠くの町から来た可能性を除けば、これで彼女は桜高の生徒であると推理できた」
こんなにちゃんと推理をする松田くんは初めて見た。桜高のホームズという名はあながち間違ってはいないのかもしれない。
「最初に、この写真で注目したところは2つって言ってたけど、もう1つの点は何なの?」
「さすがワトソンくん。スムーズな進行だ」
「え、あ、ありがとう」
不意に褒められて、急に自分がワトソン役であることを実感してきた。
「ここでまず私の話なんだが。私はある人物のおかげでカメラにはそれなりに精通している。もちろん探偵たるもの何事にも精通していなければならないので、カメラはその1つに過ぎないのだが」
少なからずその場の人間は、さっきの推理で松田くんを見直していたところだっただろうに、彼自身のその自慢話とも取れる発言により、彼を称える空気は一気に冷え切ってしまった。
「そこで私は、その写真に写るカメラに注目した」
ようやく本題だ。
「そのカメラが珍しいものだと気づいた私は、さらにカメラに詳しい者の元に私の助手を向かわせた」
松田くんが先輩の方を見た。
「それでワトソンくんが僕の元に来たわけだ。で、僕はこの古いフィルムカメラに不可欠な定期メンテナンスを、この町でただ1つ可能な店を紹介したんだ」
「あぁ。そして、最後の大事なピースをワトソンくん、君が持って帰ってくれた」
みんなの視線が一気に僕に集まる。
「えっと、はい。先輩から教えてもらったお店でその写真を見せると、やはりそのカメラは珍しいようで、すぐに持ち主が分かりました。下の名前だけ聞いた時には分からなかったんですが、その人の名字を聞いて驚きました。だって……」
僕が言葉を続けようと息を吸い込んだとき、今までただ黙って僕達の話に耳を傾けていた彼女が口を開いた。
「あの……話は何となく分かりました。そして最初は気づかなかったんですけど、その写真に写ったのが私だというのも分かりました」
「え!」
佐々木くんが文字通り目を丸くしている。
「あの時あそこにいたのは夏川……だったのか……?」
彼女がコクンと頷いたのを見て、佐々木くんの目がより一層見開いた。
「僕も驚いたんだ。佐々木くんの探していた人が、まさか同じクラスにいるなんてね」
「夏川もカメラ、好きなのか?」
「うん、特にフィルムカメラが。去年の誕生日に、おじいちゃんからそのカメラをもらってさ……」
「……あの、ごめん!」
佐々木くんが彼女に向かって勢い良く頭を下げた。
「え、どうしたの!?」
「だって俺許可も取らずに、ただすごく綺麗だなと思って、夏川の写真勝手に撮っちゃったから」
「ううん、謝る必要なんてないよ。むしろありがとう。こんなにいい写真を撮ってくれて」
彼女がそう微笑むと、佐々木くんはホッと胸を撫で下ろしたように笑った。
「さて、では約束通り、佐々木くんは我が推理研究会に入部してくれるということでいいかな?」
「え!?」
突然の展開に言葉を失った僕を横目に佐々木くんが頷いた。
「ワトソンくんには言いそびれていたが、写真の彼女を見つけた暁には、うちの部に入ると彼と約束を交わしていたのだよ」
佐々木くんがうちに写真を持ってきた時、2人で何やら話していたのはこの事だったのか。
「でも、佐々木くんは推研より写真部とかがいいんじゃ……」
「うちには写真部がないんだよね〜、それが。だから僕も従兄弟の鈴之助が作った推研に間借りさせてもらっているわけで。まぁ僕はカメラオタクの野鳥好きで、趣味の野鳥撮影がメインだから学校での活動実績はほとんどないんだけどね〜」
……先輩が松田くんの従兄弟……? どうりで、どこかで見覚えのある顔立ちだと思ったわけだ。
「ついでにどうかな、そこの君も」
松田くんがそう言って夏川さんの方を見た。
「どうって私が推研にですか!?」
思いも寄らない提案に驚いている彼女に向かって、松田くんはさも当然かのような顔で頷く。
彼女は言葉を詰まらせたものの、佐々木くんの方に視線をやると覚悟が決まったのか、松田くんに大きく頷き返した。
「私も……推研に入部します! いつか私もこんな写真が撮れるようにもっと上達したいので!」
「では決まりだ。これで5人揃った。晴れて、我らが推理研究会が部活動として認められることになる」
「え? 待って。じゃあ、松田くんは最初からこれが目的で今回の件を引き受けたの?」
あまりに完璧な事の運びに、僕の理解はまだ追いつかない。
「あぁいかにも。なぜなら私は、桜高のホームズとまで呼ばれる名探偵だからね」
名探偵の“めい”を強調して言った松田くんの顔は、今日1番の満足気な顔だった。
「ときにワトソンくん」
「あ、うん」
この呼ばれ方もすっかり馴染んでしまった。
「君に頼みたいことがあるんだ。この名探偵の良き友人にして名助手、ワトソンくんにしか頼めないことだ」
名助手はもちろん、良き友人と呼ばれたのも初めてだった。
「うん、どうしたの?」
「我が推理研究会の顧問を引き受けてくれる先生を、急ぎ探してくれないか」
気づいてないフリが
いじわるな あなた。
あなた好みに
切った髪も
着慣れない
似合わない服も
ほんの少しでも
可愛いと思われたくて…
冬の夕陽が
そんな私の想いに
寄り添うように
寂しくさせる。
静かな胸の鼓動と
少しの沈黙の時間
今日…なんかいいよね…
ふいに夕陽を背にして
あなたが言う。
何がいいの…?
いじけて私が言う。
何かさ…可愛い。
そう言って
イタズラに笑う
あなたと
あなたから溢れだした
優しいオレンジに
シャッターを切った
音がして…
一瞬 時が止まったんだ…。
この幸せで
綺麗なワンシーン
私の胸の中にだけ
そっと残しておこう…。
- シャッター音 -
【逆光】
貴方の顔、貴方の表情、それらを私が思い出すことはできない。壁一面に埋め込まれた大きな窓の前、真っ白い小さな部屋の中で、貴方はいつも絵を描いていた。
窓から差し込む強い日の光が貴方を眩しいほどに照らし出して、私からは貴方の姿はシルエットでしかほとんど見えない。それでも貴方が一心にキャンパスへと筆を滑らせる姿を眺めていたくて、私は貴方の元へと足を運んでいた。
貴方が私の前から姿を消してしまった今、私に思い出せるのは逆光の中に佇む貴方の朧な面影と、むせ返るほどに色濃い絵の具の香りだけだった。
(それでも貴方を、愛しています)
逆光といえば
保育園の帰り道、辺りが暗い中で
大通り沿いを歩いていると、進行方向から来る他の子のママさんのお顔が、車のライトや信号機や街灯の当たり具合で全く見えずに、素通りしてしまいそうになる。
同じくらいの歳の子供を持つ親同士
ほんの数秒の挨拶や、言葉掛けでも、
他のママさんやパパさんとの関わりは大切にしたいと
常々思っているのだけど
多くの者から賞賛と歓声を浴びる人影
その後ろにいる人影は誰にも気づかれることはない
逆光