『誰もがみんな』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
過去を振り返る度に、ある懐疑が私の中に呼び起こされる。それはつまり、私が過去に経験した全ては、虚構なのではないのか、という懐疑である。喩えるならば、ある文字を凝視し続けると、しだいに文字が解体されて、意味が、音が、そしてその形さえも失われ、始めから「文字」として留まっていたのか(いや、本来のそれは、文字ではなかったのだろう)すらも分からなくなるように…。私の場合、それは記憶にも適応されうる。ある物事について、その細部をよく思い返してみる。しかし、どうだろうか。これは確かだと、思い込んでいたものが時を経るごとに、しだいに薄れ、消え、忘却され───始めから、いや、始めなんてものが───私には、その対象が持つ性質が、それがそれであるための意味が、元は何か別のものであったように思われてならない。いや、そんなことはともかく、記憶は不確かなものだ。ならば、故人への悲哀や常住への憧憬は、全て虚構であったのか。あの時に感じた全てが、本当にあったことなのか。どこまでが不確かで、どこからが確かなのだろう。私が経験した全ては、事実であったに違いない。だのに、あの時の高揚が不確かに思えてならない。私が感じてきたことは、一体、何だったのだろう。
無邪気は、罪だ
それを取り戻すということは、再びあの業火へ身を投じるということである
なんと愚かな所業
されどそれが生きるということなら
私はその焔に焼かれてみせよう
なんて
ほんとうは、こわくてしかたない
誰もがみな、燃えることが生きることだと知っている
恐ろしくて、恐ろしくて、手放した
あの光を、熱を、もう一度
[闇の中の少女]
『誰か居ないの?お母さん?お父さん?お兄ちゃん?みんなどこに行ったの!ひとりにしないでよ!誰か…居ないの...?』
遠くから誰かの声が聞こえる
『そこに誰かいるの?』
「○○!だいじょぶか!」
『お兄ちゃん?ここはどこ?真っ暗だよ....』
「お前に話さなければならないことがあるんだけど、お前は...」
数日前…
『お兄ちゃん!今日はここ行こ?』
「いいよ..行こっか/」
目的地に行き途中道を歩いてると道から外れた車が少女に向かって走って来る
「○○危ない!」
兄が助けようと手を伸ばすがそれも遅く…
「○○"、、」
すぐさま病院に運ばれ集中治療室へ
そして現在
「って事が...それでお前は生死の狭間にいて身体は回復はしそうなものの顔が重症で特に目が、もしかしたら失明してるって先生が言ってて…」
『嫌だッ!見えないなんてッやだよ!』
包帯越しに涙を零す
誰もがみんな
誰だってひとりじゃ生きられない
外面的にも内面的にも
誰かの支えは必要だよ
支え合って生きていくんだよ
誰もがみんな探し求めているのかな
そんなふうに愛し合える人を
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あたしにとってはあなただった
あと10数年早く出会えていれば
あなたにとってもそうなれた?
あたしその時まだ子供だもん
最初から無理だったんだよね
誰もがみんな経験するような諦めを
あたしはまだ飲み込めない
誰もがみんな
誰もがみんな、君みたいな善良な主人公ではないんだ。
それは一番、君に分かっていて欲しい。
誰もがみんな、
自分の世界の真ん中に立っててさ。
でもその姿は、
別の誰かの視界じゃ
ただ通りすぎる景色だったりもする。
見えない荷物も、
まあ…みんな普通に抱えてるんだろうし、
完璧じゃないまんまで、
今日もなんとなく越えていく。
それでいいのかもな、って。
気づかないうちに、
自分の歩き方のままで、
誰かを少しだけ
ほっとさせてたりするのかもしれないし。
題 誰もがみんな
今日のお題は、見ず知らずの人でも連帯感を表す言葉ですね。私が考える事は「誰もがみんな何かしらの悩みを抱えている」かな?生きている上で悩みのない人なんていないと思います。みんな、何らかの悩みを抱えていてもちゃんと前を向いて頑張っています。絶望の淵に晒されている方もいるかも知れない。私もそうだけど。私なんか毎日、いつも何かに負けそうになります。それでもなんとか踏ん張って頑張っています(笑)。頑張るにも程があるけど、最後まで諦めないで欲しい。私はそう思います。
いつか大人になった時、いつの間にか大人になった時
僕らは何を思うだろう。あっという間に、時の流れから振り落とされ、残る自分に問いかける。
空っぽで、何も無くて。
ちっぽけで、薄っぺらくて。
何も持っていないことに気づくのかな。
誰かがくれた思い出を、自分のモノにするんだ。
残されたのが大嫌いな自分なんて、耐えられないもの。
夢は地面に埋めて、出来合いの今を食べてみて。
おなかの中で、死んでくのかな。
大人に、なれるのかな。
はぁ、
お題:誰もがみんな
後日あげるのでお題とスペース保存しておきます。
誰もがみんな
他人を表面だけで推し量ることはできない。
誰にでもそれぞれの過去、それぞれの人生がある。
SNSを見ていると、その人の事実を見聞きもせず好き放題言う化け物が蔓延っている。
けれど、そんな化け物は無視していれば、見なければいないのと一緒だ。
せめて自分は自分だけは、実際に自分の肌で感じて、目で見て、耳で聞いて、頭で考えて答えを出したい。
誰もがみんな過去を持ってる。
誰もがみんな生きている。
誰もがみんな誰かの宝物
自分では気づけなくて当然
だから他人でも丁寧に。
自分が無闇に傷つけられたら怒っていい。
あなたを大切に思う人に失礼だから。
あなたは誰かの宝物。
「誰もがみんな」
誰もがみんな
夢を持つ
誰もがみんな
同じ速度で歳をとる
誰もがみんな
愛を求める
誰もがみんな
自由を求める
誰もがみんな
何かに夢中になれる
誰もがみんな
愛すべき相手がいる
誰もがみんな
平等である
誰もがみんな
はぁー、無事終わらせてきました。
英語面接はむり✨
しばし休業中
人は皆、恐怖を抱えている。
身近なもので、あなたも考えたことがあるだろうこと。そして私も考えることがある。それは『死』だ。
どのように死ぬのか、といった話ではない。
極端な生き物でない限りは平等に訪れる。ただ生きているだけの動物でも、死を知っている。しかし、その先を考えないのが動物だ。
我々は人間である。知性で地球を牛耳ることに成功した、動物である。我々は素晴らしき知性を持った。だからこそ。
死生観は様々だ。
だが。私という人間は、その死生観を否定する。
天国も、地獄も、誰も彼もが証明していないからだ!
(誰もがみんな)
皆がみんな。。人生の主役、主人公。
誰もがみんな
望んでるはず
怖くなく
痛くなく
辛くなく
安心感に
包まれることを
………誰もがみんな
誰も彼もみな世界救うヒーロー
なんて
そんな事思えるほど純粋じゃない
でも、世の中には確かにヒーローは居て
今日も誰かを助けてる
#誰もがみんな
生きることがどうしても辛かった。
人格を否定され、好きなことは馬鹿にされ、
結局自分という人間は誰かの踏み台としてしか使われてないということしかわからなかった。
幼少期に積み上げてきた苦しみは所詮誰かの好物にしか過ぎなくて、自分を見てくれる人など誰もいなくて。
期待をすればするほど首始まり、しなければしない分落っこちていく。
いくら今の状況を叫んだってみんな辛いからで終わらせてしまう。
みんな、みんな、みんな、結局は自分に向き合ってくれなかった。そんなに他人が大切なのかい?
我儘だって言えば我儘に見える、自分でも弱音を吐けば吐くほど苦しくなってる。
真面目にやっても不真面目にやっても結果は一緒。
みんな消えればいいさ
『誰もがみんな』
僕が君の笑顔を見たいように
君も僕の笑顔を見たいと
そう思っていればいいな
この子の笑顔を守りたい
だからこの子には笑っていて欲しいな
この花が生きる場所は綺麗だから
皆が保っていければ良いな
この世界は綺麗なだけでは無いけれど
皆が一つずつゴミを拾って行けたら良いな
皆がそう思えたら
きっと空は平和だろう
クラスのみんなは思ってる
学校中が思ってる
誰もがみんな思ってる
なんでお前が生きていて
なんであの子が死んでしまったの?
それは私が一番思ってる
なんで私は生きている?
なんであの子は死んだのか?
答えは出ない
一生出ない