『終わらせないで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
【初恋な鬼と厄介な少女】
「一重積んでは父のため」
「二重積んでは母のため〜...なーんて」
テンプレだよね〜と少女は笑う。
ここは賽の河原。親を残して亡くなった子供が行く地獄のはずだ。子どもらは、朝6時間、夜6時間、石を積み仏塔を作る。そうして、我ら鬼がそれを壊していく。そういう地獄なのだ。
「なあ、お前さんや。お前さんは、どうして死んじまったんだい?」
退屈そうな鬼は、暇を紛らわすため少女に尋ねた。
少し、少女のことが知りたい気持ちもあった。
「うーん…私のお母さんさ、なんか情緒不安定?でさ〜…。たまたまあの日、機嫌悪かったらしくってさ。雪だったんだけど、ベランダに出されてそのまま」
少女は気まずそうに眉を下げて笑う。
鬼は少しやっちまった。と思ったが、会話を続ける気なのか、ドカンと座り喋り始める。
「だがしかし、そういう理由ならば、新たな人生を選ぶかどうかって神さんに聞かれなかったかい?」
「どうしてわざわざ地獄なんかを選んだんだい?」
鬼は、いかにも不思議です、と言うように首を傾げて質問をすると、
少女は目を逸らし、口を開き
「えぇ〜…結構グイグイくるね、暇なの?」
「まあ言うけどさ〜、なんか…新しい人生とか、そういう気分じゃなかったっていうか〜…」
それは図星だったが、言いよる。と鬼が石を崩すと「あー!自信作だったのに」と少女はけたけた笑う。
地獄だなんて感じさせないような、ほのぼのとした空気だった。
「なあ、でも、お前さんや。お前さんは、もうこっちにきて3年も時が経つだろう?
もう、新しい人生を歩まなくてはいけないんだよ。」
わかっておくれ。と鬼は言い、少女に四つの石を渡し、
「さあ、これを積んでおくれ。父親の分、母親の分、兄の分、祖母の分。そうしたら、僕はもう石を崩さないよ。」
鬼だって初恋の相手と離れるのは悲しいのだ。初めてそれを言う日の前の夜はそれはもう泣いた。だが、何回言われたって新しい人生なんて御免な少女は
めんどくさそうに鬼に詰め寄り、抱きしめ、耳元で囁いた。
「ねえ、おにさん。わたしね、新しい人生より、おにさんがいるここの方がずぅっとすきなの。…だからね、おねがい。まだ」
終わらせないで
少女は、幼さを残しながらも、妖艶に笑った。
【終わらせないで】
砂利道を鳴らしながら僕の手を引く従姉妹のねえちゃん
ワンピースの小さな花柄が潮騒に滲んで、思わず立ち止まる
紅い夕暮れ、アブラゼミがヒグラシに代わって、僕の夏は明日ここへ置き去りになる
「ね、来年もまた来るんでしょ」
幼い僕にはとても永い時のように感じてしまうんだ。
だから、
終わらせないで。
ぎゅ、と強くしがみついた。
もっともっとと強請るように。乞い願うように。
「ッ、急にそんな締め付けんなって」
「だっ、て」
互いの息は荒い。限界が近いのはお互い様だ。
「これで最後なのに、終わっちゃう…っ」
ゆらゆらと揺れるのは、視界か二つの身体か。
「ン…ッ」
「あ…ッッ」
終わらせないで欲しかった望みとは裏腹に、二人は同時に絶頂を迎えた。
仕事をしていると、早く終われと思う。
だが、ある日、自分は、
生涯で終わらないで欲しいと思える仕事が
できるか考えたことがある。
順調に進めば良いのか、簡単だけど、金が手に入る仕事か。
きっと、違う。
死ねまでに見つけたい。
終わらないで欲しいこと。
勝手に話を終わらせないでほしい。
最近、人との会話中にそう思うことがあった。
こういうことはたまにあり、こちらとしては共有したいことを話しているのに、相手は自分の用は済んだとばかりになおざりな返事で終わらせる。
投げたボールがキャッチされない。返ってくることを予期して投げたボールが地面に落ちてコロコロ転がっていくのを眺める。前のめりのまま、え〜?と心の中で間の抜けた声を出す。
人の話を聞く気がない。もしくは切り上げたいときの会話術、あるいは聞きたくないことを受け流す処世術なのかもしれないが、あからさまだとなかなか落胆する。会話の主導権はこっちにあると宣告されている気分になる。
次は塩対応をしてしまうかもしれない。
なんて、愚痴めいてしまったが、自分だって話が冗長だと切り上げたくなるときはある。
会話の終わりはなるべくなら軟着陸がいい。
『終わらせないで』
題名:終わらせないで
「もうすぐ冬だね」
「うん、そうだね」
彼女は頷いた。
彼と話す時は、いつも心臓が温かい何かに包まれて、ドクドクと速い鼓動を立てている。それが、今日はいつにも増して酷かった。その理由に、彼女自身ももう薄々気づき始めていたのだ。
「ねえ、真宙くん。受験勉強、一緒にしようよ」
彼のコートの袖を掴んで、動かしていた足を止める。そして、彼も私と同様に前へと踏み込もうとしていた一歩を踏みとどめて、こちらを振り返った。心臓の動悸が激しくて、苦しい。彼からどんな返事が返ってくるのか、粗方予想はついているから、それを聞くのが怖い。
「……ごめん、美穂。俺、そんな余裕はないみたい」
真宙くんは、本当に申し訳無さそうに顔を歪めて、そう言った。私の中で、何か大切なものがガラガラと崩れていく音がした。高3の冬のその日、私たちは何も言わずに、そのままそれぞれの帰路についた。
彼の謝罪に、私は何の言葉も返せなかった。
受験勉強をしよう、と彼に言い出したあの日から、2週間が経つ。その間私たちはラインや電話をしたり、たまに会ったりして“当たり前”を演じていたけれど、私にはその日常がだんだんと苦しくなっていった。
彼の本当の気持ちを知っているから、こんなにも胸が締め付けられる。彼の心は恐らくもう、私には向いていないのだろう。他の誰かに、想いを寄せているのかな……。
あぁ、やだなぁ……。苦しいな、だけど、別れたくない。私にとっての初恋を、そんな簡単に終わらせたくない。とにかく、彼自身から自分に別れを告げてくるその日まで、頑張ってみるとしよう。
大学受験の当日。その日は雪が降っていた。
「うっ……」
気持ちが悪い。吐きそう。
受験することへのストレスや圧迫感でどうにかなってしまいそうだ。私の前方、後方には同じ大学を受験する高校生や浪人生、そして大人たちが鞄を背負って同じ方向へと歩いている。
その表情からは、自信を感じられた。きっと、沢山勉強をして、私と同じようにストレスに苛まれながらも何とか頑張ってきた証拠なのだろう。……だけど、私には彼らと同じ自信がない。
もともと勉強が苦手な私が、県内最高レベルの学力を誇る国立大学を受験するのだ。無理もない。受験をしようと決意したきっかけは、私の彼氏である真宙くんが、この国立大学を受験するから。
学年で常に上位3位にいた彼からすれば、この大学の入試も難なく合格できるだろう。それに、彼の学力ならばもっと上の大学を目指せたはずだ。高校の先生たちも、それを惜しがっていた。
「おはよう、美穂」
「……!」
突然、隣から真宙くんの声が聞こえてきた。驚いて横を向くと、そこには穏やかで優しい笑みを浮かべた大好きな人が私の隣を歩いていた。
「お、おはよう」
慌ててそう言って、髪が乱れていないか心配になって手で髪を軽く撫でつけた。
「……、美穂、顔色が悪いよ。もしかして気分悪い?」
「……っ、え、っと。そんなこと、ないよ」
取り繕うのが精一杯だった。いつからだろう。本当のことを彼に真正面から伝えるのが、こんなにも難しく感じるようになったのは。きっと、本当はずっと前からそうだったのだろう。
「……、そっか。それなら良かった」
彼は他人の嘘を見抜くのが上手だから、今だって私の嘘に気づいたはずだ。それでも、無理に問い詰めないところが彼らしかった。
「うん……。心配してくれてありがとう」
「はは、俺は美穂の彼氏なんだから少しでも様子が違えば心配するのは当たり前」
それって……、私の少しの変化にも、気づいてくれたってこと?そう問いかけようとした口は、臆病ゆえか開くことはなかった。
「試験、開始」
試験管のその合図で、皆が一斉にシャーペンを持って問題用紙を開く音が講堂に響き渡った。私はその音に気後れしながらも、皆に倣ってシャーペンを手に問題用紙の一項を開いた。
(うわぁ……、最初から文章問題。難しい、)
最初の数学1の試験で今日の朝家で奮い立たせていたやる気が一気に萎んでいくようだった。それでも、何とか頑張って合格しなくちゃ。そうじゃないと、私は今よりもっと真宙くんの近くにいることが出来なくなってしまう。
2人の心の距離も、今以上に遠く離れていってしまうかもしれない。そういう不安が、私の実力を最大限発揮させたのか、全ての試験科目を受け終えてすっかりと太陽が沈みきった冬の夜。結構手応えのある結果に、私は安堵のため息を吐いた。
「真宙くん、受験お疲れ様でした」
「ん、ありがと。美穂もお疲れ」
こうして暗い中2人一緒に帰るのは、私が真宙くんに一緒に受験勉強をしないかという提案を持ちかけたあの日以来だ。だからか、何となく気まずい空気が彼と私の間に流れている。
「……私ね、きっと合格できると思うの。これで真宙くんと同じ大学に通えるね」
「……うん、そうだね」
勇気を出して、言ってみた言葉は曖昧な相槌を返されただけで終わった。先程から、真宙くんの表情が暗い。今が夜だからという理由もあるだろうけど、それだけじゃない陰りが見られた。
「私ね、大学生になったら真宙くんのバスケットとか見るの夢なんだあ」
「うん、」
「真宙くん、サークはバスケットボール部に入るって言ってたでしょ?私、そのこと覚えてたよ」
「……うん」
真宙くんの声色が、だんだんと低く小さな掠れた声に変わっていく。その微妙な変化が私には怖くて恐ろしくて、必死に会話をつなげようと新しい話題はないか試行錯誤を繰り返す。
「きょ、今日は星がきれいだね」
「……、」
遂には、言葉すら発しなくなった真宙くん。私の不安は、その瞬間最高潮に達した。
「真宙、く──」
「───…ねえ、美穂。俺たち、別れよっか」
突然に、唐突に、突きつけられた現実。こうなることは前々から予想できていたはずなのに、いざそれが現実になってしまうと、心が折追いついてくれないみたい。
「……っ、やっぱり、好きな人…とか、できちゃった?」
情けないほどに掠れた、涙を含んだ私の声。真宙くんにとっては、そんな私の声なんて聞きたくもないだろうに。真宙くんはしばらくだんまりを決め込んだ後、ようやく短いため息を吐いた。
「───うん、そうだよ。だから、もう美穂とは付き合えない」
「……っぅ、そ、そっか。そう、だよね」
泣いてはいけない。真宙くんの前だけでは、泣きたくても涙が引っ込んでしまうから、泣けない。
「ごめんね、美穂。そして、………今までありがとう」
「う、ん……っ。こちらこそ、ごめんね……っ。好きな人と、結ばれるといいね」
綺麗な心の人間を演じながらも、本当は私以外の人となんか結ばれて欲しくない、なんて最低なことを思っている私は、どこまで汚い女なんだろう。卑しい感情は、今すぐにこのまっさらな雪に溶かして綺麗さっぱり消し去らないといけないのに。
いつまで経っても、大好きだった人に振られた痛みは、私の中から消えてくれることはなかった。
春の陽気な天気。今日は、いつもより空の青が引き立っていて、清々しい空気だ。1月の受験シーズンから約3か月が刻々と過ぎ去り、私は桜散るこの春、受験して合格できた国立大学の入学式に参加した。そこにはもちろん、真宙くんもいたわけで。
一体どんな顔をして会えばいいのかと危惧していた私だったけど、そんな心配の必要もなく、その日は真宙くんと目が合うどころか、会話することさえなかった。
そんなの最初から分かりきっていたことなのに、それにざっくりと心を殺られて傷つきまくって。私は一体、何がしたいんだろう。「美穂、これ、お弁当。今日も大学頑張ってくるんだよ」
「はぁい……。いつもありがとね、お母さん」
「なに素直になってんだい。早く行ってきな」
「ふふふ、行ってきまーす」
こうやって家で明るく振る舞えるようになったのは、つい1ヶ月前ほどから。私が真宙くんと付き合っていたことを知っていた両親は、私の酷い落ち込みように別れたことに気づいていただろうけど、それを口にすることはなかった。
きっとそれは彼らなりの優しさだ。それを分かっているからこそ、いつまでも気を使わせて心配させてしまっていることに対しての申し訳無さが日々募っていく。
もう、平気だよ、だから安心して、の一言でも両親に言えたらいいのに、残念ながら私はそんなことも言えない。まだ完全に、真宙くんへの未練が消えたわけじゃないから。どこまでも恋々とした恋心を今すぐに消し去って楽になりたいと思うのに、頭のどこかでまだ彼を思い続けていたいという感情が湧き上がる。
どうやったら想いを断ち切ることができるのかのなぁ……。
そんな疑問に耽りながら、電車に乗って駅を降りて、ホームを通り過ぎて大学に向かった。
ああ、もう。私って、本当にツイてない。元カレが女の子に告白されている現場に、偶然居合わせてしまうなんて。しかも、その元カレというのはまだ私の想い人であって。一気に食欲が失われたよ。手にぶら下げた弁当袋がゆらゆらと揺れる。
とりあえず木の茂みの影に隠れて、2人の様子を窺う。大きな中庭で、1人女の子が顔を真っ赤にさせて真宙くんの方へと手を差し伸べている。
「もし良かったら、わたしと付き合ってください!」
その時、不意に真宙くんがこちら視線を向けた。茂みの中にちゃんと隠れていたはずなのに、バッチリと彼と目があってしまったような気がするのは、私の気のせいだろうか。
「……うん、いいよ」
真宙くんが、その子の告白を受け入れた。あれ……?真宙くん、好きな人がいるんじゃなかったの……?それともあれかな、その好きな人のことも今じゃもう好きじゃなくなったのかな。私と同じように……。私の中で築き上げられてきた真宙くんのイメージが、大学生になったと同時に変わり果てていっている。それも、悪い方向にだ。
真宙くんは、簡単に好きっていう気持ちは変わらない一途な男の子だったのに。今では1週間も経てば彼の隣を歩く女子はコロコロと変わり、誰が彼女なのかも分からないほどだ。
とにかく、私が好きだった彼がどんどん変わっていってしまうのをこれ以上見ていられなかった。
春が過ぎ、長い夏もあっという間に過ぎていき、秋の季節が到来した。食欲の秋とはよく言うものだと最近思うことが増えるようになったのは、うちのお父さんの食欲が最近半端ないからだ。
「ほらほら、美穂も沢山食べて元気をつけなさい。母さんが焼いてくれたサンマの塩焼き、相当美味いぞ」
「わ、私はもう十分お腹いっぱいだよ……!」
「ふんっ、そんな風には全く見えないがな!」
「ふぬさふっ、父さんたら。美穂を怒らせないで」
もう、お父さん子供みたいだよ。不貞腐れないで。そうやって家族3人で食卓を囲み、楽しい団らんの時を過ごした。
そのラインが来たのは、それからすぐのことだった。
【今から会って話せないかな】
これは、私が見ている幻影……?だって、こんなこと、現実には起こり得ないよ。別れを切り出した彼の方から、私の方にメッセージを送ってくるだなんて。しかも、内容が内容だ。さすがの私でも、信じられるわけがない。
そう思いながらも、結局私は僅かな希望を捨てきれずに、後から送られてきた指定の場所に向かった。
「……お待たせ。真宙くん」
「……っ、!」
私の言葉に、肩を揺らして明らかに動揺を見せた彼。私を振り返って、ベンチから腰を上げた彼は随分と背が伸びて、何だか前よりも痩せていた。
「……本当に来てくれるとは思わなかった」
「…はは、じゃあなんでラインなんか送ってきたの」
「うん、まぁ、そうだよね」
私の問いかけに、真宙くんは苦笑いで答える。彼も何となく気まずいのか、さっきから頭の後ろをポリポリと掻いている。それが何だか照れくさく思えてきて、私までその気まずさが伝染した。
「……それで、今日はどうしたの」
ここは、すぐ近くに大学病院がある公園の入口付近。公園では沢山の親子が遊んでいて、賑やかな喧騒や子供たちの笑い声が時折聞こえてくる。そんな中、私たちの間に流れる空気だけ何だか重かった。一向に口を開こうとしない真宙くんの言葉を、じっと待つ私。
「……まあ、な」
ようやく口を開いたと思えば、言葉を濁す彼は、珍しい。いつもはっきりと自分の思いや物事に対しての感情を口にする彼なのに、今日はそうはいかないのだろうか。
「真宙くん、本当にどうしちゃったの。私たち、もう別れたんだよ?それなのに、なんで今さら……」
早く彼から呼び出された真相を知りたいがために、わざと呆れた声を出して彼を急かす私。そんな私を見るのは初めてだったのか、真宙くんの目が大きく見開かれている。
「……強くなったんだね、美穂」
だけど、次の瞬間にはもう、真宙くんは優しげに目尻を下げて、感慨深げにそう呟いた。
「うん、そうだよ。私、誰かさんに振られたおかげで強くなったんだ」
真宙くんを挑発するみたいに、私らしくない言葉を連発する。どうして、私は今こんなにめ苛立っているのだろう。こんなの、いつもの私らしくない。
「うん、そうみたいだね。……今日はわざわざ俺なんかのために美穂の時間を割いてくれてありがとう。もう2度と、こんな真似はしないから、許して欲しい」
別に、そんなことを言ってほしかったわけじゃないのに。だけど、さっきの私の刺々しい言葉を聞けば、真宙くんがそういう言葉を返してくるのは当たり前だろう、とも思って、文句も言えなかった。
「ほんと、今日はありがとう。美穂に会えて、美穂の顔が見れて、本当に良かった」
なんで、そんなこと言うの。まだ私に気持ちがあるのかもって、期待しちゃうじゃん。だけど君は、期待させて、私をどん底まで落とすのが好きなんでしょ。だからもう、君との幸せは願わないって、その時私は覚悟を固めた。
「ごほっごほっごほっ……!!」
「ちょ、お母さん大丈夫!?酷い咳込み様だよ!?」
「……っう、大丈夫、よ。これくらい…うぉっほ、ゴホッゴホッ!!」
「ちょ、ちょっと!猿化してるって!病院行こう、今すぐに!」
秋が終わり、冬へと移り変わる季節の変わり目だからか、お母さんは風邪を引いてしまった。人よりも少しだけ体の弱いお母さんが体調を崩したから、大げさに心配してしまった私はお母さんを大学病院まで連れて行った。
「ただの風邪ですね。そこまで症状も重くないので、風邪薬と咳止め薬を処方しておきます。次回からは風邪を引いてもここには来ずに、保健所か保健センターに行ってもらえると助かります。ここは重篤な患者への手術を1番に考えている大学病院ですので。お金も保健所の倍はかかりますよ」
「は、はぁ……。分かりました」
お母さんのことが心配で病院を訪れたというのに、まさかの医師に説教されているこの状況は一体なんだ……?とにかく、凄く気分を害したのだけは間違いない。
受診料を窓口で払い終わり、後は薬局に向かうた病院の出口へと歩いていた。
「お母さん、大丈夫……?」
「ええ、もう平気。咳もだいぶ落ち着いてきたみたいだし……ってあれ?あの子って確か、植村真宙くんじゃない?」
お母さんの言葉に、「まさか」と思いながら、全く信じていない疑い100%の脳内でお母さんが指さした方向に目を向けたら、本当にそこに真宙くんがいたから、目が飛び出た。
「えっ……!?」
広い1階のロビーで、私の驚いた声は比較的大きく響いたからか、真宙くんが徐ろにこちらに視線を投げた。と同時に、バチッと視線が混じり合った。
「……っ、」
私の姿を捉えた真宙くんが、すぐに私に背を向けて反対方向に走り出す。
え、待って……っ。今、確かに私たち、目が合ったのに。
どうして私から逃げるように走っていくの。私が追いかけようとした時には、もうその階に真宙くんの姿はなく。真宙くんを見つけるというのを渋々と諦めて、お母さんと共に薬局へ向かった。
「真宙くん、どうしてパジャマ姿だったんだろう……」
「本当ね、言われてみると確かに」
私の独り言に、すぐさまお母さんが驚きの声を上げる。薬局に着いて、医師から受け取った、処方箋を受付員に渡し、名前が呼ばれるのを待っている時。私の脳裏に、ふとさっきの真宙くんの姿が思い出された。
「もしかしたら真宙くん、入院してるんじゃないかしら…?」
「ええっ……!?そんなこと、あるわけない…っ」
「どうして?」
断定した私をお母さんが不思議そうな目で見つめながら、首を傾げた。
「……っえ、えっと、その……。真宙くんは、健康だから」
いざ入院してないと言える理由を聞かれたら、意外にもそれはすぐには思いつかなくて、焦る。真宙くんのことを沢山知っているのは私だから、っていう自信が私に断定口調をさせているのかも。
「そんなの、今は分からないでしょ。体調を崩して入院しているって場合もあると思うし、……」
お母さんが言ったことは確かだった。だからこそ言い返せない。私が知っている真宙くんと、本当の真宙くんは違うのかもしれない。それに、今まで真宙くんが己の全てを私に話してくれていたという確証もない。
「……私、真宙くんに直接聞こうと思う」
「うん、それがいいわね。そうしなさい」
もうとっくの昔に分かれている元カノから心配されても、真宙くんにとってはいい迷惑かもしれないけれど、そう思われてもいい。私はただ、彼のことが心配なんだ。……どうしようもないくらいには。今さら会いに行っても迷惑なんじゃないかっていう不安は、薬局を出る頃にはもうすっかりと消えていた。
「この病院に植村真宙くんっていう男の子が入院していたりしませんか?」
翌日。大学病院の受付員さんに、私はさっそく真宙くんのことについて訊ねていた。自分でもここまで早く決めたことを行動に移したことはないってくらい。
「申し訳ございません。こちらとしては患者様の個人情報を伝えることができません。あなたはその方の親族か何かですか」
「……いや、その……。違います」
そう、だよね……。真宙くん親族じゃないのなら真宙くんが入院しているかどうかさえ教えてもらえないのが普通だ。こんな考えなしに突っ走って、馬鹿みたい。それよりも、直接ラインか電話をして訊ねればよかったんだ。
……だけど、それをしなかった理由は、できなかった理由は、私たちがもうカレカノでもなんでもなく、今はただの他人同士になってしまったからだ。だから、何となくラインも電話もしづらいっていうのが現状。
「それではお教えすることは不可能です。お帰りください」
「……はい、」
受付員の声が、こんなにも冷たく聞こえたのは、今日が初めてだった。とぼとぼと重い足取りで病院を出た。
今日はどんよりとした灰色の雲が空一面を覆い隠している。それだからか、なんとなく気分も上がらない。少し歩くと、前に真宙くんと話したあの公園の前に置かれているベンチが見えてきた。
そして、驚いたことにそのベンチの上には私が連絡したくてもできなかった、パジャマ姿の真宙くんが静かに座っていたのだ。
「…っ、真宙、くん?」
彼は私の声が聞こえたのかそれとも気配を感じたのか、こちらへゆっくりと視線を投げた。私の姿を捉えた彼の瞳がだんだんと大きく見開かれていく。
そんなことを望まれても困る。舞台はもう終わりの終わり。残すところ君のセリフただひとつ。ひるがえる身体が、浴びるライトが、つくりだされる陰影が、響き出す音色が、固唾を呑む観客が、少しばかり冷たいホールが、君のおわりの合図を望んでいる。夢はここでおしまい。君は私に視線を寄越す。刺すような視線を。針でもナイフでもなくただ君という存在が私を刺す。残念、終わらなければ。私の可愛い人。今宵の物語は過去最高の出来だよ。天上の神、地上の人間、あるいは悪魔と呼ばれる者たちが、立ち上がり拍手をする準備すら忘れるほどに。さあ、その手に握ったトカレフに込めた弾丸で私を撃ち抜いてくれ。私だけが君のセリフを聞く前にこの舞台から立ち去れる。だから私だけが君を永遠に終わらせることがない。悪いね、私の可愛い人。
『終わらせないでについて』
夢は絶対叶うよと信じて十数年生きてきた。しかし、その言葉は、嘘なのではないかと思う瞬間に幾度となく出会った。その瞬間は、私にとって、成長を与える瞬間か、それとも、希望を断つ瞬間になるのだろうか。それでも私は、嫌になったと言いつつもなんとか歩を進めた......。成長を感じたときは、嬉しいと思ったりもした。しかし、その後には必ず新しい壁が待っている。人生は、そんな瞬間の積み重ねだと私は、考えている。
ある時、誰かが言う「終わらせないで」と......。
そう言っているのは、私以外の人間か、それとも過去の自分か。
そんな空想を考えながら今日も机に向かう。
10.終わらせないで
視界は真っ暗。僕は目が見えない。
いつも見えない敵と戦っているみたいだ。
前が見えない僕は苦しかった。
目が見えなくても何かできるようにしないとって
思って毎日公園に通っている。
目が見えないと音に敏感になる。風の音、用具で遊ぶ子供達の声。とても楽しそうだなって思いながら、
椅子に座った。
すると、誰かが隣に座ってきたことがわかった。
だから「いい天気ですね。」と言った。
「くもってますよ笑」笑いながら話しかけてくれた。
その方は、女性のようだった。
僕達は暗くなるまで話した。目が見えないこと、好きなこと、いつも何をやっているのか、
話が止まらなかった。
この時間が終わらないでほしい、そう思った。
この日常が夏ごろまで続いた。
その日、大事なことを話した。
それは、「俺、手術するんだ。ドナーが見つかったんだよ!君の顔を見られるようになる」嬉しくてすぐに伝えにいったが、君は嬉しくないような声で
「良かったね」っと言っていた。
その一カ月後に手術をした。
目が見えることに感動し、涙した。
君に話したくて公園に行ったがいつまでたっても現れない。探してもいない。その日からずっと訪れているが君はいない。ある日、君を見かけた。
だが、君は目が見えなくなっていた。
もしかしたら、君は僕のドナーだったのだろうか。
申し訳なくて声をかけられなかった。
僕の目が見えていたらこんなことにならなかったのにと涙した。
君と話すその時間が続いて欲しかったのに。
終わらせないで
私は終わって欲しくない
あなたがどう思ってるかはわからないけど。
終わらないように努力するから、
あなたもそうしてくれるとすごく嬉しいかも。
ボクシングで言うところの自らダウンしたのか、それとも見えない何かがセコンドにいてタオルを投げてくれたのか、真実はわからないけど。
その命を終わらせないでほしかった。
尾崎、誕生日おめでとう。
毎年いい肉の日が来る度いつもずっと「きっと忘れない」よ。
テーマ:終わらせないで
あなたとの時間が好き
でも、もうダメなのかも
終わらせたくない
「あぁ、神様どうか」
終わらせないで
終わらせないで
終わらせないにしても
休息は必要で
休息の中には遊びも含まれる
ただ身体だけが生きていて
それを生きているとは言えないと思う
精神が生だとも考えてはいないけど
終わらせないと継続することは難しい
一休みが終わりではないから
ひとまず一区切りはしないとさ
ずっとは無理だから、主に身体的に
続けたいなら
続けれるように終わらせないと
ただそれだけをやり続けることは出来ない
色々やってくうちに
続けれる方法も見つかるかもね
とりあえず周りでも見渡してみたらいいよ
終わらせないで
フィナーレが始まる
幸運にも手にしたプラチナチケット
ああもっとこの世界にいたいと心でつぶやく
ついさっき幕が上がり始まったはずが
体感はほんのわずか
あっという間に舞台上の世界に引き込まれた
眼の前のカンパニーの情熱と
それに心動かされ反応をかえす観客
すべてが揃って作り出される世界
私はというと、笑われるかもしれないが
実は客席という舞台の一部として参加している気分で観ている
楽しさ満足感がクライマックスに達していくのと同時に、終わってしまうという淋しさが拮抗する
生の舞台はこれだからクセになる
忙しく暮らす日々のなか
非日常を感じる時間旅行
現実にもどるまで
もう少しだけこの世界を終わらせないで
考えれば考えるほど
考えることなんか
無駄だと思った
でも考えないより
いいんじゃないか
とも思った
そんな考えで
いっぱいになった時
本当に考えたいことを
考えられなくなり
結局考えなしに
行動した
やっぱり考えることなんて
無駄なのだと思った
未来のあなたとわたし
終わらせないで
終わらせないで
君が耳元で囁く
おしまいの合図
待って
まだ
もう少し
もがく間もなく終わりが近付く
終わってしまったら
またやって来る
さよなら
幸せを噛み締めて
寄り添って
その手を離す瞬間を待つだけ
何度目でも慣れない
押し寄せる
寂しさと愛しさ
神様
お願いします
この世界を
ふたりだけのものに
チッチッチッ
時計が時間を刻んでいく。
「アト、サンフンニジュウビョウデス」
「…なにが?」
「ワタシノバッテリーガキレルマデデス」
私はいつも一人だった。学校でも、家でも、苦しいときも。
「ダカラワタシヲツクッタンデスヨネ?」
「心を読まないで!」
そうさ。寂しかったんだよ。だからROBOTならいつも側にいてくれるんじゃないかって、そう思って。
「スミマセン。」
何も無い時が流れる
「ワタシハカンシャシテイマスヨ」
「何に対してよ」
「ツクッテクレタコトデス」
なにをアニメみたいなことを言ってるんだ。完全な私のエゴで作られたのがROBOTなのに。
「ソレデモ、ウレシカッタンデス」
ポタッポタッ
ぐちゃぐちゃの私の心から雫が零れ落ちる。
「…なにがうれしかったのよ」
ギイッ
錆びた音をたててROBOTが微笑む。
「ソレハ…デス…ネ…」
「…ROBOT?」
ガシャッ
横たわった金属に霞んだ目を向ける
「ねえ!ROBOT!起きてよ!」
冷たい鉄のボディを揺らしても反応はない。
「ROBOT…」
また私は一人になった。
ピコン
その音ともにROBOTに文字が表示された。
「キミノモノガタリハマダ」
【オワラセナイデ】#6
「あと三十分か」
時刻は午前八時半。朝の仕込みを終えて、開店の準備を急ぐ。
当店は開業時から十年続く洋食屋である。一時期は不況の煽りを受け、廃業寸前まで追い込まれたが、その後なんとか立て直した。常連さんにも贔屓して頂いて何とかやっていけている。
うちは、洋食屋では珍しくモーニングもやっており、モーニングの時間帯は自分一人、ランチとディナーにはアルバイトの子に手伝ってもらっている。
前菜で出すスープの仕込みを終えて、ほんの少し一段落ついた。モーニングは比較的お客さんが少ないと言っても、一人で回すのはかなり大変である。
カラン
店の扉が開く。
「すいません。開店まだなんです。申し訳ないんですが、外でお待ちいただけませんか?」
キッチンの中から顔だけを出して、来客に当店は九時開店であることを伝える。
「久しぶり」
扉を開けたまま、一人の女性が立っている。
「美恵子…」
俺は彼女の名前を咄嗟に口にした。彼女のことはよく知っている。いや、正確には知っていた。
五年前、うちの店は不況の煽りを受けて廃業寸前に追い込まれた。それまで、店は俺と彼女の二人で切り盛りをしていた。先行きがわからないことに不安を覚えた俺は、彼女に離婚を申し出た。
彼女は俺の元妻である。
離婚を申し出た時の彼女の一言が、凄く印象に残っている。
ーお店、終わらせないでね
俺は彼女の人生を台無しにしたことを申し訳なく思っていた。店が忙しく、子供も作る機会を失って彼女の時間を奪ってしまった。
彼女の年齢を考えれば子供の一人や二人居てもおかしくはない。さらに、二十代という大事な時期を店の時間に使わせてしまった。
俺は彼女の姿を見ると固まってしまった。どう声を掛けてよいか、どう謝ったらよいか。最初の一言が思いつかなかった。
「そこ座っていい?それとも開店まで外で待ってた方が良いかな?」
固まる俺に彼女が声を掛ける。ぎこちなく、構わない、と一声掛けて席に通す。
「変わって無いね。あの時から」
彼女が店内を懐かしそうに見渡して、机の上のメニューを開く。
「あ、これまだあるんだ。朝からガッツリハンバーグ定食。それじゃこれ貰っていい?」
「あ、うん。わかった」
この、朝からガッツリハンバーグ定食は、二人でふざけて考えたメニューである。通常のハンバーグと量は変わらないのだが、朝からハンバーグを食べる人はあまり居ないと妻が言うので、それだったらいっそのことガッツリと付けちゃえということでこのメニューの名前が決まった。朝食限定ともあり、値段も少し安くしてある。
俺がキッチンで料理を作っていると、彼女が席を立ち、キッチンを覗く。俺の料理姿に感心しながら、別れた後の五年間のこのを話してくれた。俺もこの五年間何があったか話そうと思ったが、ほとんどお店のことしか話せず、常に彼女が話していた。
「あの時の約束、守ってくれたね」
彼女が囁くように言った。
「あぁ」
俺はそれ以上は何も言わなかった。
「出来たぞ」
俺の声を訊くと、彼女はそそくさと元の席についた。
「お待たせしました。朝からガッツリハンバーグ定食です。ご飯はサービスで大盛りにしておきました」
「えへへ。ありがとう」
食べることが大好きな彼女はご飯はいつも大盛りである。俺が少食なことをいいことによく俺のおかずまで手を出していた。
いただきますの掛け声と共に、彼女がハンバーグを小分けに切ってからその一切れを口に運ぶ。
「んー、おいしいー」
彼女の満面の笑みで頬が落ちそうな素振りをする。
彼女の笑顔が、俺が料理始めたきっかけであることを彼女は知らないだろう。
終わらせないで
このまま中途半端なままで、終わらせないで!
途中で諦め投げ出してしまう癖がある。
やると決めたことも、もう嫌。
私には向いてない!
そうやって終わらせてしまった事がたくさんある。
そんな記憶が、ますます自分を嫌いになり
自信を失わせてきた。
だから今取り組んでいる事は途中で諦め終わらせることはしたくない。
限界まで頑張った自分には、きっと後悔はないはずと信じて最後までやり遂げたいのだ。
「テオ、荷物は持った?」
「うん」
「お気に入りのCDもある?」
「うん」
「読みかけの本も入れた?」
「うん」
テオはトランクの鍵を弄びながらぼんやり答えた。まるで気になったおもちゃを手離せない幼稚園児のように。
私はテオに念入りに確認する。
テオは今日、終末医療を受けるためのホスピスに行く。もうこの家には戻って来れない。忘れ物は致命的だ。私はふと時計を見ると、予定の出発時刻より五分遅れていることに気が付いた。
「もう出発の時間だわ。テオ、車に乗って」
私は車のエンジンを入れ、未だドアの前で棒立ちするテオに声をかけた。
「……いやだ」
テオはそういうとトランクを強く握りしめた。ほっそりとした指は白くなっていて、トランクがミチミチと悲鳴を上げた。
テオは昔から手を焼かない子だった。一日に何度も打たれる注射も、身体が悲鳴をあげるようなリハビリも、喀血や嘔吐に襲われる夜だって、彼は泣き言一つ言わなかった。
そんなテオが、唇を噛み締めて、眉をキュッと寄せて、トランクの前でしゃがみこんでいる。爪に赤が滲んでも、握りしめる力が弱まることは無い。
「そこに行ったら、もう次がないんでしょ。わかってる、わかってるのに。僕は、ぼくは──」
テオの薄い背中が大きく跳ね、鋭い咳の音と共に口からバタバタと血が溢れた。テオは、血を拭おうともせずに、口を金魚のようにはくはくと動かしている。
私は思わず、車から降りてテオに駆け寄った。
テオに近づく度に、景色がすりガラスを一枚隔てたように見えていく。
「ああ、ああ。テオ、私の愛しいテオ」
私はトランクを押し退けて、テオの柳のような身体をかき抱いた。
「ずっと、愛しているわ」
テオの身体がぶるぶると震える。やがて、小さな嗚咽と共に肩口がじんわりと濡れていった。