『空が泣く』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
海の向こう側の国の何処かでも「sky is crying」っていうんだよ。コンクリートを濡らす、湿度の匂いは雨林では違うのかな。長靴はずいぶん前に履かなくなって思い出すまで忘れていた。もう入らないんだろう。厚底のソールで水溜まりを踏み切った。
ぐしゅ、ってした靴の中で歩いてるうちは気分がわりといい。雨でも晴れても世界は変わらずいつだって理不尽とともにある。緑色の蔦植物にかたつむりがちょこんとのっている。水の星、2.5%の淡水で人らは育っている。今更何を嘆くのさ?雲間を庇って空が泣いている。
・空が泣く
空だって泣きたい時があるのは分かるけど、気圧変化させて人間のメンタルまで泣かそうとしてくるのは流石にどうかと思うよ?
空が泣く
『……今夜はペルセウス座流星群が……』
出勤の為の支度をしていた私の耳に、TVのニュースの断片が入ってきた。ルージュを塗り掛けていた手が、ふと止まる。
「流星群か……」
小声で呟いて、残りのルージュを塗り終えた。
あれは、まだ私が幼かった頃。
その日、私は祖母と二人で、星空を見ていた。
「ねえ、お祖母ちゃん。死んだ人はお星さまになるって、本当?」
「そうね……そうかも知れないね」
私の幼稚な問いに、祖母は空を見上げたまま、ため息を吐くように、ひっそりと答えた。
「でもさ、このままずっと、色んな人が死に続けたら、お空はお星さまでいっぱいになって、押しくらまんじゅうになっちゃうよ?」
頭の中にはぎゅうぎゅう詰めの星たち。その隅で、アニメに出てくるガキ大将の顔をした星が、怖い顔のおじさん星と、居場所を争って戦っている。
「大丈夫。お空はとっても広いから、押しくらまんじゅうにはならないよ」
祖母は、軽やかな声をあげて笑った。
「あら、流れ星」
「え? どこ? どこ?」
祖母の声に私は頭上をキョロキョロと見回したが、その小さな光はとうに消えていた。がっかりして肩を落とし、うつ向いた私に、祖母は、下を向いていたら、流れ星は見つからないよ、と笑った。
「お祖母ちゃん、お星さまに何かおねがいした? 流れ星が消える前に、3回お願いを言うと、叶うんだよ」
私は祖母の願いを聞いてみたかった。もし、私に出きることなら、クリスマスのプレゼントにしよう、とも思っていた。
けれども……祖母の細やかな願いは、私の手には余り過ぎるものだった。
「むかしむかし、この国は戦争をしていたの。沢山の若い男の人達が、兵隊さんにされて、沢山死んでいったの。あなたのお祖父さんに当たる人も、その中の一人」
ぽつりぽつりと、祖母が語りだした。
「お祖父さん、っていっても、私には全く想像が出来ないけどね……。女学校を出てすぐに、お祖母ちゃんのお父さんが、勝手にお婿さんを決めて来ちゃったの。それから1ヶ月もしないで、結婚式。私は、自分のお婿さんになる人の顔も知らなくて、『どの人?』って聞いて、大笑いされたっけ」
祖母が星空を見上げて笑った。
「それから2ヶ月経った頃、赤紙が来たの」
「赤紙って何?」
私の脳裏には、綺麗な赤い折り紙。
「兵隊さんになって、戦争に行きなさい、って命令の手紙」
「絶対に兵隊さんにならなくちゃいけないの?」
「そう。嫌だって言って逃げたら、捕まえられて酷い目にあうからね。で、あなたのお祖父さんは、兵隊さんでサイパンって島に行って、そのまま帰ってこなかった」
その時の私は、サイパン玉砕なんて、悲しすぎる過去の事件は知らなかった。ただ、寂しい気持ちで一杯だった。
「あれから何年経ったのか……もう、顔も声も何にも思い出せないの。空襲って、空からどんどん爆弾を落とされて、一晩でこの町は全部丸焼け。結婚の記念に、写真屋さんに撮ってもらった写真も一緒に燃えて無くなっちゃった。たった一つ残ったのが、お腹の中で頑張った、あなたのお母さん。どんなに爆弾が落ちて、周りが火の海になっても、びっくりして、慌てて出てこようとしなかっからね」
「ふぅん……。お祖父ちゃんに会ってみたかったなぁ」
「お祖母ちゃんも……逢いたいな……。でも、こんなにしわくちゃになっちゃって、もう、私だって分からないかな……。でもね……とっても優しい人だったから……。もう一度だけでもいいから、甘えさせてくれないかしらね」
幼い私には、一人で娘を育てながら、舅、姑に仕えた人生の孤独や辛さ、悲しさは理解出来なかった。ただ、訳もなく涙が零れた。
「泣かないで。泣いたら流れ星が見えなくなっちゃうよ」
祖母に言われて、涙を拭った時に見えたのは、ぼやけた星か、流れ星か……。
その祖母も、10年前に亡くなった。
さて、祖父の星に出会えたのか?
ひねくれた大人になった私は、何十光年、何百光年離れた星が出会ったとしても、私が生きているうちには、その光が地球に届く事が無いかもね、と苦笑する。そんな私に、もう一人の皮肉屋の私が、そんなに星が近づいたら、ロッシュの限界を越えて、爆発、消滅するわ、と突っ込んだ。
今夜は空を見上げてみよう。
都会の夜は明るすぎて、星も疎らにしか見えないけれど。
もしかして、運が良かったら、流れ星を見つけられるかもしれない。
それは、お祖父ちゃんに巡り逢えたお祖母ちゃんの、幸せな涙だったらいいね。
パンドラの箱じゃないけれど、最後に残っていた、子供の頃のままの私が、照れ臭そうに呟いた。
【お題:空が泣く 20240916】
「お母さん、お空がないてるよ」
昨日まで3日続いた嵐は過ぎ去り、今日はこれでもかと言うほどの素晴らしい秋晴れ。
3日間出来なかった洗濯を終えて、涼花は娘と2人で買い物に行こうと駐車場に停めてある、愛車に向かって歩いているところだった。
お気に入りのウサギのぬいぐるみリュックを抱えた娘が、ふと足を止め空を見上げて言った。
娘のその言葉に涼花は首を捻った。
空が泣く、とは?
よく歌詞などで、雨が降ることを『空が泣いている』と表現したりするが、相手は7月に3歳になった幼児だ。
そんな、詩的表現ができる歳ではないだろう。
ましてや今日は秋晴れ、雨など降っていないし、降りそうにもない。
「そっかぁ、泣いてるのか」
「うん、ないてるよ」
「そっかぁ、お母さんにはわからないなぁ」
涼花の娘、千伽は時折不思議なことを言う。
赤ん坊に頃から何もないところを見て笑っていたり、あうあう誰かと話しているようだったりした。
ただそれも、赤ん坊なら普通にあるかと思っていたのだが、言葉を話すようになるとそうも言っていられなかった。
道端でいきなりバイバイと手を振ってみたり、部屋でひとりで遊んでいると思ったら、見えない誰かと会話しているようだったり。
まぁ、子供には大人に見えない何かが見えるとも聞くので、それかな?と思い気にしないことにしていた。
が、今日のは少し気になる。
「誰が泣いてるのか千伽にはわかる?」
「うーんと⋯⋯大きい、お魚さん」
「ん?お魚さん?」
「うん」
魚が、泣く?
ますます分からなくなってしまった涼花は考える事を放棄した。
「うん、そっか。大きいお魚さんか。じゃあお魚さんにバイバイして、お買い物行こうか」
「うん!お魚さん、バイバイ!」
そう言って、涼花と繋いでいた手をブンブンと振る千伽の視線は、先程より若干西側に動いている。
魚、動いてるのか⋯⋯。
ぼんやりとそんなことを考えながら、涼花はニコニコと手を振っている娘を見下ろす。
これはちょっと、旦那に相談した方が良いかもなと思いつつ 、涼花は千伽をチャイルドシートに座らせた。
買い物をするスーパーまでは車で大体10分程度。
その間、千伽はご機嫌で足をパタパタさせながら何やら歌を歌っているようだ。
だが、なんの歌なのか涼花には分からなかった。
店頭に並び始めた新米と、ちょっとばかり価格が上がっている葉物野菜。それから定番のじゃがいも、にんじん、玉ねぎと若干スリムな大根。
その他にも鳥、豚、牛のお肉に、鮭の切り身と牛乳に卵に納豆などなど、たくさん買い物をして帰宅。
1度では部屋まで運びきれなくて、結局3往復もする羽目になり、涼花はソファに倒れ込んだ。
「お母さん、大丈夫?」
可愛らしく小首を傾げて心配してくる千伽の頭をぐりぐりと撫で回し、涼花はソファに座り直した。
「ちょっと疲れただけよ。今日は千伽とお父さんが大好きなハンバーグにするからね」
「ヤッター!ハンバーグ!」
両手を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねる千伽はどこにでもいる、普通の3歳児にしか見えない。
しかし、多分千伽には普通の人には見えないものが見えていて、この先それによって苦労もするかもしれない。
今の所怖がる素振りを見せたことは無いが、この先千伽に害を及ぼさないとも言いきれない。
「お母さん、ハンバーグ好き?」
「うん、好きよー」
「赤ちゃん達も、ハンバーグ好き?」
ここで、赤ちゃんはまだハンバーグ食べられないと思う、などと大人の切り返しをしてはいけない。
何せ相手は3歳児だ。
「⋯⋯赤ちゃん達はどうかなぁ、わかんないなぁ」
「そっかー。ざんねんね」
「残念だね」
それよりも、『赤ちゃん達』とはどういうことだろうか。
「あのね、千伽ね、赤ちゃん達大好き」
「うん?」
「お母さんも、お父さんも、大好き」
「⋯⋯お母さんも千伽のこと、大好きよ」
「えへへー」
千伽はぽんっと涼花に抱きつき、ぎゅっと頭を腹部に押し付けた。
そんな千伽の頭を優しく撫でながら、涼花は考える。
『赤ちゃん達』とは?
ん?
あれ、そういえば⋯⋯。
え、でも。
確かアレ、買ってたはず。
「千伽、お母さんハンバーグ作るから。ひとりで遊べる?」
「⋯⋯テレビがいい」
「そうだね。じゃぁ、コレがいいかな」
テレビとは言いつつも、見せるのはYouTubeの自然を撮影した動画やライブ映像で、今日は海をチョイスしている。
再生時間は2時間と43分と長めだ。
大抵の場合、30分もしないうちに眠ってしまうので、涼花としては大助かりだったりする。
千伽はテレビの真正面に、人をダメにするクッションを引き摺って持ってきて、その上に寝そべった。
既に眠る気満々でいるのが可愛らしく、涼花は肌がけを千伽にかけてあげる。
画面には大海原が映し出され、カメラが水面ギリギリを滑るように進んでいた。
キッチンに向かう前に探し物をしていた涼花が目的のものを見つけたのと同時に、千伽が声をあげた。
「お母さん、アレ。大きいお魚さん!」
テレビの画面を見るとそこには、巨大なナガスクジラが悠々と海中を泳いでいるところが映っていた。
大きいお魚、なるほど。
「クジラさんだね」
「クジラさん?」
「そう、凄ーく大きいんだよ。でもねお魚さんじゃないんだよ」
「ふぅん。クジラさん、くおぉぉぉってないてた。楽しそうだったよ」
「そっかぁ、良かったね」
「うん!」
千伽は既に画面に視線を戻している。
その様子を確認して、涼花はリビングを後にした。
「それで、話って?」
「千伽のことなんだけど、色々と話せるようになってきて、やっぱり、って言うかなんて言うか⋯。あの子、視えてるの」
「あー、うん。やっぱそうだよな」
ビールを一口飲んで伸宏は天井を見上げた。
そんな感じはしていたし、否定できるほどその世界に疎い環境で育ってはいない。
むしろ家系としてはどっぷり浸かった家系だ。
ただ、その能力が男である伸宏とは無縁のものだった、と言うだけで。
「その、視えていることに関しては仕方がないと思うんだけど、周りは視えないのが普通でしょ?それを、どうしたら上手く伝えられるかなって。それと今のところは怖い思いはしていないみたいだけど、もしそうなった時どうすればいいか⋯⋯」
「うーん、母さんに相談してみるか」
伸宏の家は女性にそう言う能力が出る家系である。
強い弱いの差はあれど、奥渡家の血を引く女性陣は一般の人に見えないものが視える。
そして、それを生業として続いてきた家系でもある。
因みに今1番能力が強いのは、伸宏の妹である歩乃華だが、彼女は19歳で大学生の身。
よって、それ系の仕事は姉の双葉と母、それと従姉妹の三姉妹が主立って対応している。
ただ、彼女らで対応できない場合は、歩乃華か祖母である百合子が対応している。
千伽が生まれた時、母と祖母は大丈夫だと言っていたが。
「お願いね。それともうひとつ」
「うん?」
涼花が無言で差し出したソレが意味するのは⋯⋯。
「本当に?」
こくんと頷いた、涼花を今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られる。
が、ここは冷静に。
「明日、病院に行ってくるけど⋯⋯」
「けど?」
「千伽が『赤ちゃん達』って言ってたのが気になって」
「ん?どういうこと?」
涼花は伸宏に昼間のことを話した。
そして、千伽の言った『赤ちゃん達』が間違いではなかったことは、翌日行った病院で明らかになった。
それからはてんやわんやで、千伽のこともあり歩乃華が涼花の家に暫く居候することになり、妊婦となった涼花の手伝いで家事をしたり、千伽の世話をしつつ視える世界のことを少しずつ教えたり、伸宏の姉や母や祖母が入れ代わり立ち代わり様子を見に来たりと家は随分と賑やかになった。
そして今日、涼花の家族が2人増える。
男の子と女の子の兄妹が色々と騒動を巻き起こすのはもう少し先の話になるが、伸宏や千伽が嬉しそうに笑っているのを見て、涼花は幸せだな、と小さく呟いた。
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(´-ι_-`) くじらぐも、乗りたかったな
『空が泣く』
あ、と思ったときにはもう遅くて、アスファルトの地面が少しずつ色を変えていく。駅に着くまでは大丈夫かと、と思いつつ肩にかけていたバッグに手を入れたところで、今度は「あ」と声に出して呟いた。
「折りたたみ傘……玄関に置きっぱなしだ」
上を見上げると、先ほどまで太陽が顔を出していた空はいつのまにか分厚い雲に覆われていて、雨はしばらく止みそうにない。手にしているスマホに『この後2時間は雨』と通知バナーが表示されたことが、その証拠でもある。
とはいえため息ばかりついていても仕方がないので、ひとまず屋根のあるところで雨をしのごうと辺りを見渡すと、数メートル先の小さな本屋――で、本を立ち読みしている『彼』が目に入った。その瞬間、心臓がどくんと跳ねる。
彼って本を読むようなタイプだっけ、とか、そもそも部活があったはずなんだけど、とかそんなことはこの際どうだっていい。気付けば足は、彼のいる本屋に向かっていた。
木製のドアを開けると、頭の上でからんころんと音がして、レジに立つ店員と目が合う。彼女に軽く会釈をしてから、なるべく音を立てないように彼がいた辺りに近付いていった。なぜそうしたのかは自分でも分からないけれど。
数歩歩いたところで、本棚の向こうにいる彼を認識した。店の外から見たときには本を読んでいたのだが、今は手にしているものが本からスマートフォンに変わっている。誰かと連絡を取っているのか、指先はキーボードで文字を打っているような動きだ。相変わらず細長くて綺麗な指……と思ったところで、はっとした。これって一歩間違えればストーカー行為なのでは、と。しかし声をかけるのも億劫だ。なぜここにいるのかと聞かれたら上手く答えられる自信がない。まさか、「君がいたから」なんて言えるはずもないので。
数十秒迷って、やっぱりこんなことやめようと本棚に背を向けたとき。
「糸井さん?」
思わず勢いよく振り返る。そうして目が合った彼は、やっぱりそうだ、と微笑んでいた。
「カバンにつけてるそれで、糸井さんだって分かった」
彼が指さしたのは、高校生のときに友達とお揃いで買ったイルカのキーホルダー。こんなのに気付いてたんだ、と、再び心臓が跳ねる。
「部活終わり?」
「うん。日野くん、休んだでしょ」
会えると思ったのに、まで言えない自分を情けなく思う一方、急にそんなこと言ったら引かれるか、と正論を言い聞かせながら彼の方を見ると、どうしてか視線を泳がせていた。
「日野くん?」
「あ、ごめん。大会も終わったし、モチベないなーと思ってさ」
そう言って、彼は右の耳たぶを触る。
あ、この人嘘ついてるんだって分かってしまうのは、やはりストーカーなのだろうか。
彼は優しさゆえによく嘘をつく。そのときの癖が、これだ。
「そっか」
けれど指摘はしない。理由は、彼に嘘をつかせる心当たりがあるから。
しばらく二人の間に沈黙が続いた。まるで雨降りの日のような重たい空気が流れて、これはまずいとこちらから口を開く。
「探してる本があるから、そろそろ……」
「そうだよね、呼び止めちゃってごめん」
「いいのいいの。明後日は部活、来てね」
「うん。明後日は行けるよ」
最後の一言を言えた自分に心で拍手しながらまたねと、今度こそ本棚に背を向けて歩き出す。本当は探している本なんてないけど、このまま帰るわけにも行かなくなってしまったので、適当に店内をぶらぶらすることにした。
それから数分もしないうちに入口のドアが鳴る。反射的に振り返ると、入ってきたのは同年代くらいの女の子で、数分前の私と同じルートで彼のいる本棚へ向かっていく。いけないと思いつつ彼女を目で追っていると、なんの躊躇いもなく彼に話しかけた。ここからでははっきりと聞き取れないが、彼の様子からして知り合いなのだろう。
「――そしたら、急に雨が降ってきて」
「ね。雨降るって知ってたら車で来たんだけど」
「でも、雨の日のお散歩も楽しそうだね」
「たしかに。傘持ってる?」
「……持ってる」
そんな会話をしながら、彼らは店を出ていった。当然、彼が私の方を振り返ることもなく。
ガラス越しに、二人が歩いていくのが見えた。
彼が差す傘に二人並んで入っていて、肩が触れるほどの距離で笑いあっている。
ああそうか、全部勘違いだったんだ、と思うと、さあっと血の気が引いていくのが自分でも分かった。
彼が部活を休んだのは、私の告白を断ったから気まずいのだと思った。だけど彼は優しいから、モチベーションがないなんて嘘をついてくれたのだと。
だけど実際は、彼には既に恋人がいて、今日は大学終わりにデートの約束でもしていたのだろう。待ち合わせ場所はこの小さな本屋。その瞬間に、居合わせてしまったのだ。
何だかいたたまれない気持ちになって、本屋を飛び出す。帰りは店員に会釈する余裕なんてなかった。
傘は持っていない。先ほどよりも強まる雨をしのぐ術などなく、ただ髪をつたって地面に落ちる雨粒を鬱陶しいと思う。
例の彼女は一つの傘の下、彼と肩を並べて笑っていた。
私とは何もかも違うその事実に、もはや涙すら出てこない。その代わり、分厚い雲に覆われた暗い空が音を立てて泣いている。
真夜中のバス停留所にて秋マスの雨が降った
異常気象だ
「空が泣く」
引っ越しの準備とやらでマッドサイエンティストはちびっこをひとりで置いていって数日。甘えん坊がひとり増えたくらいで、だいたいいつもと変わらない暮らしを送っている。
「ね!ね!ニンゲンしゃん!」「ん?」
「ずーっとふちぎなの!」「何が?」「あれ!」
「だっこちて!」「はいはい。」
抱っこを求めたと思ったら窓まで連れて行けと。
ちっさいこどもはよくわからん。
「何?何が気になるんだ?」「あれ!あおいの!」
「青いの?どこも青くないけど?」「あれ!あーれー!」
「もしかして……空か?」「うえのほう、あおいの!」
「しょら ていうのねー!おべんきょなのー!」
「今は太陽っていう明るい星が出ているから明るいけど、太陽が沈むと暗くなって、それを夜って言うんだ。」
「え?ちゃんとたいよー?もどってくる?」
「寝てる間に戻ってくるよ。」
「へー!よる じゃないじかんもあるのー?」
「あー、うん。太陽が昇って間もない時間を朝、太陽が高いところにいる時は昼、沈みそうな時間を夕方って言うんだ。朝早くや夕方は空が綺麗なオレンジ色になるんだ。」
「みたいみたーい!きれーなの?」「うん、とっても綺麗だよ。」「今日は天気が良さそうだから、きっと夕焼けが見られると思う。」「たのちみー!」
「それじゃあ、夕方になるまでこの国の文字を勉強しようか。」
「おべんきょ!がんばるのー!」
健気なやつだなぁ、そう思って自分はひらがなを教えた。
ひらがなを教えているうちに夕方になった。
昼間の晴天とは打って変わって厚い雲がこの町を覆っている。
……今日は夕焼けが見られそうにない。
「あれー?おしょら、えんえんなのー。おとーと、ボク、しんぱいなのー?」「おしょら、かわいしょうなの。」
不安そうな目でこちらを見る。じ、自分には何もできないぞ?
空が泣く、か。小さい子は不思議なこと言うなー。
「あー、空は泣いてるんじゃないよ。ただ雨が降ってるだけさ。雨のおかげで植物──お花や木が元気になるんだ。運が良ければ虹も見られるかもね。」
「にじー?にじ ってなーに?」
「雨と太陽の光が作る七色の橋、みたいなものかな?」
「ボク、にじ みたーい!」「そのうち見られるよ。」
「んー……でも今日は難しそうだな。」
「ボク、つぎのあめ、たのちみー!」
「そうだな。自分も楽しみだよ。」
「にじ、みんなでいっちょにみよーね?」
「そうだな、またいつか。」
そう言って自分たちは天からの恵みをガラス越しに見つめた。
「前回までのあらすじ」(番外編)───────────────
ボクこと公認宇宙管理士:コードネーム「マッドサイエンティスト」はある日、自分の管轄下の宇宙が不自然に縮小している事を発見したので、急遽助手であるニンゲンくんの協力を得て原因を探り始めた!!!お菓子を食べたりお花を見たりしながら、楽しく研究していたワケだ!!!
調査の結果、本来であればアーカイブとして専用の部署内に格納されているはずの旧型宇宙管理士が、その身に宇宙を吸収していることが判明した!!!聞けば、宇宙管理に便利だと思って作った特殊空間内に何故かいた、構造色の髪を持つ少年に会いたくて宇宙ごと自分のものにしたくてそんな事をしたというじゃないか!!!
それを受けて、直感的に少年を保護・隔離した上で旧型管理士を「眠らせる」ことにした!!!悪気の有無はともかく、これ以上の被害を出さないためにもそうせざるを得なかったワケだ!!!
……と、一旦この事件が落ち着いたから、ボクはアーカイブを管理する部署に行って状況を確認することにしたら、驚くべきことに!!!ボクが旧型管理士を盗み出したことになっていることが発覚!!!さらに!!!アーカイブ化されたボクのきょうだいまでいなくなっていることがわかったのだ!!!
そんなある日、ボクのきょうだいが発見されたと事件を捜査している部署から連絡が入った!!!ボクらはその場所へと向かうが、なんとそこが旧型管理士の作ったあの空間の内部であることがわかって驚きを隠せない!!!
……とりあえずなんとかなったが!!!ちょっと色々と大ダメージを喰らったよ!!!まず!!!ボクの右腕が吹き飛んだ!!!それはいいんだが!!!ニンゲンくんに怪我を負わせてしまったうえ!!!きょうだいは「倫理」を忘れてしまっていることからかなりのデータが削除されていることもわかった!!!
それから……ニンゲンくんにはボクが生命体ではなく機械であることを正直に話したんだ。いつかこの日が来るとわかっていたし、その覚悟もできたつもりでいたよ。でも、その時にようやく分かった。キミにボクを気味悪がるような、拒絶するような、そんな目で見られたら、覚悟なんて全然できていなかったんだ、ってね。
もうキミに会えるのは、きょうだいが犯した罪の裁判の時が最後かもしれないね。この機械の体じゃ、機械の心じゃ、キミはもうボクを信じてくれないような気がして。
どれだけキミを、キミの星を、キミの宇宙を大切に思ったところで、もうこの思いは届かない。でも、いいんだ。ボクは誰にどう思われようと、すべきこととしたいことをするだけ。ただそれだけさ。
……ついに裁判の時を迎え、ボク達はなんとか勝利を収めた!
それから。
ボク達はニンゲンくんに、そばにいていいって言って貰えたよ!
まあ一方的にお願いしただけとはいえ!!!
とても嬉しいことだね!!!
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「雨のお題はこれで5回目なんよ……」
過去の雨ネタで何書いたかは、8月27日投稿「雨に佇む」のお題冒頭でまとめてあるから、気になったら確認してくれや。某所在住物書きは今日も頭を抱え、重複ネタにどう立ち向かうか思考を巡らせた。
ここで折れてはいられない。きっと、あと2〜3回は対峙することになる「雨」である。
筆投げて、「もう雨は書けません」して、ではいずれ来るであろう次の雨を、どう乗り切るのか。
「つっても、思いつかねぇものは思いつかねぇわ」
秋雨、氷雨、通り雨に豪雨。まだ書いていない「雨」はどこだろう。物書きは思いつく限り、泣く空を表す言葉を挙げ続けた。
――――――
9月はひと雨ごとに、気温が下がる。
空が泣くごとに、秋が寄ってくる。
平成までの日本はそんな四季情緒であった筈ですが、令和からは随分と、真夏な日が多く続いているように感じます。いかがお過ごしでしょうか。
なんて挨拶はここまでにして、今回の物書き、こんなおはなしをご用意しました。
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益豊かなお餅を作って売って、あるいはお母さん狐が店主をしている茶っ葉屋さんで看板子狐などして、人間と社会を学んでおりました。
その日は子狐の遊び相手のお天気指示棒が、
もとい、お父さん狐が通勤前に観ている天気予報が、「晴れる」と予報したのに空がギャン泣き。
太陽が出てるのに雨ザーザー。天気雨です。
これではお外で遊べません。
同い年で同じ化け狐のミーちゃんは、天気予報士を目指しているので、こんな日には「狐の嫁入り」に突撃取材などしに行くのでしょうけれど、
別に子狐はミーちゃんのように、ギャン泣きのお空を追いかけたり、ブチギレモードの雷雲を追いかけたりできる狐じゃないのです。
さて。
「秋のしょーひん、どーなってる?」
空泣いて残暑継続中の稲荷神社です。
餅売りの子狐は、近所で和菓子職人の見習いをしてる化け子狸と、それから雑貨屋さんのスタッフをしてる子猫又と一緒に、
冷やし団子やら練り切り生菓子やら、それから座り心地の良いクッションなどを持ち寄って、
ガキんちょなりの、緊急会合中。
なんてったって、空泣くごとに涼しくなり始める筈の9月に、相変わらず真夏日の熱帯夜なのです。
「ウチはもう、今週末まで夏物8の秋物2で、秋系はほとんどバックヤードでお留守番しちゃってる」
やっぱり売れ筋はまだ夏物ね。
いちばんしっかり者の子猫又が、クッションの上でまんまるくなって、ちょっと冷茶などピチャピチャしながら言いました。
「僕のとこは、一応『9月』の生菓子、出してる」
季節と一緒に商売をする和菓子屋の子狸が、子狐の作った団子を食べながら続きます。
「ただ最近、9月が、『9月』じゃないじゃん。
『なんか、この暑いのをイジるようなお菓子出したいよね』って、副店長が言ってた」
あと、アレだね。雨と大雨。
ポンポコ子狸、自分のお菓子のアイデア帳を引っ張り出しまして、くずきり使った雨のお菓子の絵を、子狐と子猫に見せたのでした。
「ねぇ、それならウチの雑貨屋と『大雨』の防災グッズで、コラボってどうかしら?」
「どういうこと?」
「和菓子屋が本気で作った防災用備蓄ようかん!
アリだと思うの。ウチのチーフにも聞いてみる」
「ちーふ?」
「偉い人」
「分かったおぼえた」
「やっぱり、どこも、今年タイヘンだなぁ」
ふたりのハナシを聞いて、来週のお餅のネタを考えようと思っていた子狐。
片や夏のまま様子見する雑貨屋子猫宅、
片や一応本来の季節を店に出す和菓子子狸宅。
自分はどっちに立とうかと、コンコン子狐は両端の真ん中で、こっくりこっくり。
「……ぼーさい?」
「あなたも一緒に、ハナシに乗っかってみない?
お餅にも保存食みたいなヤツ、あるんじゃない?」
「あげ餅とか。あと、キツネのおとくいさんが、去年ホシモチ、『干し餅』お供えしてくれた」
「ホシモチ……?」
なにそれ、ナニソレ。
知らない食べ物が出てきまして、子狸と子猫、顔を見合わせて目をパチクリ。
「今、その、ホシモチって、ある?」
子猫が言いました。子狐はぶんぶん首振るばかり。
空の天気雨は、まだまだ泣き止みません。
「おとくいさんなら、持ってるかも」
晴れたらちょっと、行ってみようか。
コンコン子狐そう言って、だいたい餅売り子狐のお得意様が住んでるあたりの方角を、見つめましたとさ。
「空が泣く」
空が泣くのは、雨が降れば空が泣いているように見える。
曇り空は、煙が多く感じる。逆に、快晴なら、笑顔いっぱいだろう。
人の価値観による。あなた、どう感じるのかなぁ?
教えて欲しいね。またこんどね。
薄紅色の夕焼けに、淡い水色の空が混ざり合う。
秋の夜長が始まる。
『空が泣く』
小さな町の悪党の親分はあるとき小さなこどもが震える手で握り締めたナイフに刺され、それでぽっくりと旅立ってしまった。こどもの父親は長い間金を巻き上げられた挙げ句に病気で死んだというから自業自得ではあるのだろう。けれど親分にこどもの時分に拾われた俺や、人知れず孤児院に寄付を続けていたことを知る人たちは大いに悲しんだ。
親分の葬式に人が集まらなかったのは、親分がいなくなったあとの悪党たちが長い間目の上のたんこぶだったものがきれいサッパリ無くなった喜びで酒盛りをしているのもあるが、単純には世間様に嫌われていたからだろう。それでも大きな棺が小さなこどもたちの手で花に飾られるさまはその場にいた人の心の慰めになった。
墓場へと向かう葬列にぽつりぽつりと雨が滴ってくる。親分の泣くところはついぞ見たことがなかったけれど、それは今このときなのかもしれなかった。
怒りも、悲しみも、
喜びも後付け。
空とはそれほど豊かな世界。
人でも操れない上位空間。
地を濡らす雫はどれほどの恵みか。
身を濡らす雫はどれほどの慈しみか。
この星が滅び、生まれ変わったときから、
再び滅ぶまで、青くあり続ける。
回る火の剣と形容された轟音で震えたとき、
人々はこれを怒りと喩えた。
喪い、押し殺す声をよりかき消されたとき、
人々はこれを悼みと呼んだ。
日照りで枯れた畑と木々が雨で潤ったとき、
人々はこれを喜びと捉えた。
すべての雫は人のように、
とめどなく溢れる涙のように。
怒りも、悲しみも、
喜びも後付け。
でも、人はこの空の泣き声を、
そう例えずにはいられない。
【空が泣く】
お天道さんは、どんな時も見てる。
だから良くないことがあれば、
空が泣く。
でも、良いことをしても空は泣く。
嬉しいから。
空がないている
悲しみの雨が、恵みの雨か
人々の思いとリンクするように、雨は降り続ける
私たちはこの空に想いを馳せ、上を見上げている
空が無く
室内にて
-空が泣く-
地球は青かった。
それはもう、はるか昔のことだ。
地球温暖化により海は枯れ、
大気汚染により空は黒くなり、
生物は全て途絶えた。
「地球は青かった」そう涙ながらに、空は語るのであった。
空が泣く
雨がふる
空が泣いている
天の神様が泣いている
悲しいの
それとも嬉しいの
雨降りを空が泣く、と言うのだとしたら
晴れは空が笑っているのだろうか。
雷は空の怒り。
雪はどうだろう。あまりの寒さに涙が凍って霰の粒になったり、ふわふわのぼたん雪になって地表を覆うんだろうか。
みぞれは、空が風邪を引いてズルズルに
なっているのかもしれない。
今日の空のごきげんはいかがかな?
どこまでも続く空が
青ではなくて灰色に見える時がある
地球も疲れているんだな
そう思ってしまう
それとも未来を憂いて
哀しんでいるのだろうか
狐雨は空の涙なのだろう
どうしても涙が零れてしまう
そう思えてならない
「空が泣く」
空が泣く
「うわ、泣き顔キモ……」
誰が言ったかもわからない、そんな悪口。
ザワザワと少し騒がしい教室からそんな声が聞こえた気がした。
3時間目のことだった。
道徳のグループワークで私以外の2人の仲が悪かったらしく、口喧嘩が勃発し、後5分で課題提出なのに全く課題が終わっていなかった。
その時、私はその2人の喧嘩を止めながら、本来3人でやる課題を1人でやっていたと言う疲労もあったのか、流れ弾で飛んできた「このクソブス女がよ!!」って言う私のために特化した言葉が思ったより深く、心を抉ったらしい。
私、あなた達の喧嘩止めながら、ふざけてくるあなたのこともちゃんとフォローして先生に怒られない程度にしてあげて、課題も真面目にやって、喧嘩止める時もできるだけ優しい言葉をかけてあげたはずだよね?
そんな気持ちがお腹の奥底をぐるぐると回る感覚がして、座っていた椅子がヘドロで出来ているのかと思うくらいとても気持ち悪い感覚だったのをよく覚えている。
学校特有の寒いぐらいのクーラーが風向きを変える、春の春雷にも似た音、笑い声の混じったグループワーク中の教室から聞こえてくる喋り声、音楽室から聞こえてくる生徒達の歌声。
その全部が脳に直接響くみたいで不快で、痛くて、眩暈がするほどに輝いて聞こえた。
気持ち悪い、気持ち悪い、辛い、辛い、気持ち悪い。
よくわからない不快感が私のお腹を、胸の辺りをぐるぐる廻って、気がついた時には喉が痛く、熱くなってた。
この熱は知ってる。
泣くのを我慢する時に出る、不快な熱。
息をするのを止めて、いきなり吸い込んだ時みたいに喉が渇くこの熱は毎晩感じているから、止めるのも大丈夫。
すぐ止めれる。
いつも通り、お調子者のいじられキャラに戻れる。
そう思っていたのに、その熱と痛みはどんどん増すばかりで、喉に溜めきれなくなったそれは涙として目から溢れ出てきた。
幸い、私は髪が長い方だったから顔はギリギリ、本当にギリギリ隠せる。
でも声は抑えきれなくてゴホゴホって席で漏れ出る声を抑えてると、なんだか呼吸が早くなっていくような気がして咳を止めた。
するとヒューヒューってマラソンを走った後みたいな声を私の喉が発していた。
それには喧嘩していた2人も気づいて、やがて他クラスの先生もやってくる騒ぎになって、クラス中の視線が私に集まっていく。
ビニール袋を持たされて呼吸を整える、多分その時の私の顔は鼻水とか、涙とか、涎とかでグチャグチャだったんだろう。
「うわ、泣き顔キモ……」
だから、無意識でポロッと口から出ちゃった、みたいな声音をしたその言葉を言われても仕方ないんだ。
とにかく人を見たくなくて、この顔を人に見られたくなくて、窓の方を向いて必死に涙を抑えてた。
「雨雲キモ……」
怒りをぶつけるように、このどうしようもない不快感をどんよりと重く、誰にでも嫌われるような空に八つ当たりする。
息の苦しさは変わらないけど心の奥の方で何かが緩んだ気がして、なんだか虚しくてやるせなかった。
その時見た空は一生、忘れられないと思う。