『病室』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
点滴が
ポトリ
白き天井低し
人が産まれて
死んでいく場所
「病室」
#6
病室
ああ。薬の飲み過ぎかな。それとも唯の体調不良かな。熱中症かな。
頭がまだキン、と痛く続く
痛い空気の中、自分は病室のベットで
寝ていた。
窓から見える、晴れそうで晴れない、
自分の心でも表すかのような天気だった。
嫌、これよりもっと…。
矢張りなんでも無い。
病室だなんて、初めてだなぁ。と
自分の腕を見る。
気持ちの抑え込みの為の、助けの行動。
その行動が腕に痛く刻まれていた。
白く綺麗な病室を見てると、
自分の薬とペットボトルと服と………。
散らばったあの光景と比較すると、まあ、こりゃあ綺麗だ。
点滴だって初めてだなあ。
そう思いながら、ふと、頭に蘇るあの人。
そういえば、今何してるんだろうなぁ。
会いたいなぁ。お見舞いとか来てくれないかなぁ。
なんて変な期待をしてしまう自分がいた。
はあ、早くここから出て、
美味しいラムネを呑んで、あの人に会いに行って ______ 。
自分は一瞬の頭の激痛と共に
フラッシュバックするように自分はそのまま
痛い空気と天気に沈むように
眠りに落ちた。
#病室
「大丈夫?」
窓の外をぼんやりと見つめていると、後ろから声が聞こえて振り返る。こさめが笑って問いかけ、そばにりんごを置く。でこぼこで明らかに最初見せてくれたものより小さなりんご
不器用ながら必死に剥いたのだろう
「ありがと」
「病院、たのしい?」
そう、無邪気そうに笑うこさめを反射的に睨む
「ちょっとー、なんで睨むの?こさめがなつくんを病院に連れてきてあげたのに」
「その俺を病院行きの体にしたのはお前だろ」
「んー、」
こさめが青紫になった俺の腕をぐっと指で押さえつけ、つい小さく悲鳴をあげる
「あははっ、そうだね、ごめんね」
そう言うと同時に俺の首に手を伸ばしてくるこさめ
危ないと頭で考えるよりも先にこさめから逃れようと体が動くが、病院に入れられたばかりだからなのか、元からなのか、こさめの何倍も遅い
「あ゙ッ」
「ごめんとは、思ってるよ」
首を絞められ押されて、体が窓の外にでる
このまま押されたら、このまま意識を失ったら、このままこさめが身を乗り出したら。その後の事を考えたくなかった
「ぢょ、こ"さっ、」
「…あー、やっぱり、なつくんって」
「………面白いくらいにやさしいね」
病室
私の大好きな祖母が大病を患い、
隣の県の大きな病院に入院した。
私は毎週欠かさず通った。
最初は祖母に会えるのが単純に楽しみだった。
今日はおばーちゃんと何話そっかな?
なんて呑気に考えながら病室のドアをノックしていた。
でも、祖母は段々と弱っていった。
楽しかったはずのお見舞いが、辛くなって来た。
行く度に元気がなくなる祖母を見るのが怖い。
部屋に入ろうとすると心臓がドクドクする。
そして、祖母は緩和病棟という所に移った。
それはもう先が長くないことを示していると気づいた時から、死に対する恐怖が当時幼かった私を襲った。
とうとう祖母はベットから全く起き上がれなくなった。そんなある日、私は直感的に祖母と会えるのはこれが最後かもしれないと悟った。
だけど、だけど、その直感が受け入れられなくて、気づいてないふりをした。
そしていつものように
「また来週来るわーー」
とそっけなく言って病室を後にした。
来週は来なかった。
安らかに眠る祖母を見て涙が溢れた。
あの日、ちゃんと感謝の気持ち伝えれば良かった。
あの日、喉の奥まで出て来てた言葉を飲み込んでしまったことを今でも後悔している。
なので、ここに書かせてください。
「私、今年二十歳になるよ。振袖姿見せたかったな。
おばーちゃんありがとう。今でもずっと大好き。」
しばらく吾子を預けます。
ですから、ちゃんと返してくださいね。
病室
窓から眺める外はいつもと変わりなくて、管を伝う点滴を眺めながら深く呼吸をし香りを味わう。今日はりんごだといいな
病室
この天井もそろそろ見飽きてきた。いつから入院してるんだっけ…。
窓から見える外の景色は寒い凍える冬が来るのを告げていた。
早く退院して学校に行きたい。
窓の外を眺めては、友達、大好きな彼と過ごす学校生活を夢見ていた。そんな自分の願望を、治る見込みのない病気が阻止している事に日々苦痛を感じていた。
「…もう寒くなってきたね」
病室の入り口から声が聞こえてそっちを振り向くと、私の1番愛する彼が優しい笑顔をして立っていた。
「本当。もう秋も終わって冬が来ちゃう」
「ほら、ちゃんと布団を被っておかないと風邪引いちゃうよ」
そう言って彼は肩まで布団を掛けてくれた。
「学校のみんなは元気?」
「……」
彼は少し困った顔をして、それからいつもの笑顔に戻って口を開いた。
「あぁ、元気だよ。みんなも君が早く元気になって退院する事を楽しみにしてるよ」
「そっか…。頑張って早く病気治さないとね」
治る事がないのは分かってはいるけど、それでも私は弱々しく彼に笑ってみせた。
「…きっと大丈夫。僕が君のそばにずっといるから頑張ろう」
彼は私の手を握り優しく微笑んだ。
病室の外、看護師が2人話していた。
「旦那さん、今日もいらしてるんですね」
「ええ。毎日、彼女の為に来ているのよ」
「…あの患者さんもしかして」
「そっか。あなたはまだ来たばかりだもんね。そうよ、あの患者さんはかなり前から認知症を患っていて自分の事を高校生くらいの年齢だと思い込んでいるわ」
入院している彼女は、学生なんかではなくもう年老いた老女だった。毎日来ている旦那さんは学生の時から付き合っていた人で、認知症を患った彼女に話を合わせている。
時折見せる旦那さんの少し寂しそうな表情。それでも自分の妻を愛しているから話を合わせる優しさ。
彼女はもう退院する事は叶わないが、希望を持っている彼女を旦那さんは日々励まし支えている。
「…愛の力ってすごいですね。私もあんな素敵な人とめぐり逢いたいです」
「そうね。私もそう思うわ」
年老いた老夫婦の日常は、お互いを想い合う温かい気持ちで今日も終わりを告げるのだった。
以前、手術をするために入院したことがある。
といってもそんなに深刻なものでもなかったし、入院も10日間位だし、周りは年配の人ばかりだけど仲良くなる必要もないし、暇だけど本でも読んでいればいいかと、大袈裟にはしたくなかったので家族や親族には気楽な感じて伝えていた。でもやっぱり不安だった。
そして当日の朝、「あなたも今日、手術するの?」と、私より少し年上っぽい女性に声をかけられた。なんでもその彼女もこれから手術らしくて、でも不安だからと私に声をかけたらしい。そうなんですよ〜と軽い会話をして、お互い頑張ろうねと別れた。
彼女とたった数分の会話だったけど、なんだか楽になった気がした。
退院する前、たまたま彼女の病室を見つけたので少し話をした。無事に終わって良かったね。
そして別れた。
それっきりなんだけどね、でもあの時声をかけてもらって嬉しかった。
今も何処かで元気に暮らしているのかな、なんて時々思う。
『病室』
この言葉を聞いて、
いい思い出が蘇る人は
どれほどいるのだろうか?
1つ目の病室
10歳の頃、祖父が入院していた病室
家に帰ることは出来なかった
2つ目の病室
3度の出産
勿論嬉しいのだけど…
母乳が出なかった私には苦い思い出だ
3つ目の病室
夫に無理矢理襲われ
初めてパニック発作が起き
救急車で運ばれ、検査入院したとき
4つ目の病室
急性胃腸炎で入院し、知人の看護師に
汚物処理をさせた挙げ句、
大腸カメラを挿入された苦い思い出
5つ目の病室
三男が乳児で発見されなければならない
先天性の病気で手術や入退院を繰り返した時
6つ目の病室
精神科の隔離病棟
先ずは監視カメラ付きの部屋で
手足を拘束される
紐状の物や刃物、スマホの充電器さえ持込不可
薬はその場で渡され、
ちゃんと飲んだか口を開けて舌の裏まで確認される
スマホの使用時間も決まっている
そして、こちらからは開けられない自動ドア
叫び声や隣室では自傷行為騒ぎ
こんなことはザラだ
自分は本当にこの人たちと同じ立場なのか?
と…その時は思ったが…
同じだったのだ
これが現実だ
タバコが吸えたのは救いだった
だが、この人も本当に精神疾患なのか?
と思うくらい、気さくな叔母様もいたが
実際、入退院を繰り返していると聞くと察しはつく
結局、自分を含め、
その時は大丈夫だったり
そうでなかったりを繰り返すんだ
病院では薬の管理はされるが
帰宅したらオーバードーズなんてザラにいる
その時は独りじゃないと思えても
帰宅したら孤独に耐えられなくなる
それが精神疾患の怖さだ
どの『病室』にも
私はもう…戻りたくはない
だから、超えてみせる
完治のない鬱病の寛解
寛解以上で完治未満
それでいい
そこまでなってみせる!
病室独特の消毒の匂い
緊張感と寂しさが蘇る
祖父は無事に天国で暮らしているかしら
病室
閉ざされた空間...のように見える
実際はどうなのだろう...か
人見知りな私にとってはキツイ空間なのかな...
夢を追いかけている友人へ。
私たちは30歳になったね。
私は夢の道から少し離れたけれど、あなたの夢の中にいる充実した日々はとても素晴らしく、羨ましい。
その裏であなたがどれほどお金のことに悩んでいたとしても。恋人との将来が見えなくて不安に過ごしていても。
25、30。
色々な区切りのいい数字で夢の道を去った人を見てきた。
若かった私は、歳なんて関係ないのにもったいないって思ってた。でもこの歳になって改めてあの人たちの事を深く尊敬する。退くも勇気だったんだ。
夢を追いかけてる友人たちへ。
色々な節目に、大人たちは口を揃えて「もういい大人なんだから」と言うだろう。
最初にどんなに応援してくれてても最後まで応援してくれる人はそう多くない。
それが現実なんだと思う。
けど私はそこでさ後までエールを贈れる人でありたい。
素敵な一年だったね、また一年頑張ろうね。
君の出産は病院ではなく
ママが長い間住んでいた家で、
それはイレギュラーなお産だったかもしれない
けれど、あの日入院して手術室で対面するよりかは
幸せなお産だったと思うんだ
よくがんばったね
ママに時間をくれてありがとう
「ピーポーピーポ」と救急車がサイレンを鳴らし走ってきた。夏だからきっと熱中症だなと思う。
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theme 病室 2024-08-02
聞くよりも
色数多い
部屋だった
自室のほうが
はるかに「しろい」
病室―思春期だから―
なるべくゆっくり歩いて、ひいおばあちゃんの病室に向かう。
「早くおいでよ。」
急かす母の声にも曖昧に返事して、私は依然としてゆっくり歩く。
──もうすぐ着いちゃう。入りたくない。
ついに病室の前まで来てしまった。なるべくゆっくり歩いたつもりでも、入口からたった数メートルの距離にある病室は、1分程しか私に時間をくれない。
ひいおばあちゃんに会いたくない訳ではない。ただ見れれば、それでいいのだ。
病室の中からは、先に入った母の声が聞こえる。
「おばぁちゃん、来たよー! 私の事、分かる?」
ゆっくりと大きな声が響く。
軽度の認知症があるひいおばあちゃんは、母の事を自分の姉妹だと思っている。
「分かるよ、お姉ちゃんでしょう。」
「違うよー!」
と、笑う母を見て私はますます病室に入るのを躊躇う。
「今日は、A子も連れて来たよー。」
そう言って病室前にいた私をひいおばあちゃんの近くに引っ張る。
「ほら、おばあちゃんに挨拶して。」
体全体にぐっと力が入るような気がして、喉が詰まる。
言葉が出てこない。
「久しぶり、、だね、体調、大丈夫…?」
何とか声を振り絞る。当たり障りのない言葉しか出てこないが、そんな事よりもあまりのぎこちなさに自分で笑ってしまいそうだ。
なんとか振り絞って出た私の言葉はひいおばあちゃんには届かず、ただ私の顔を不思議そうに見るだけで、何とも返してこなかった。
「もっと大きくゆっくり話さないと、おばあちゃん分かんないでしょ。」
母に指摘され、恥づかしさが込み上げる。
顔が暑い。涙が溜まる感覚がはっきりと分かってくる。
「そっか、そうだね、、私喉乾いたから自販機行ってくるね。」
と、泣きそうになるのを早口で誤魔化し、病室から出る。
──無理。無理。帰りたい。
なんで、私のことを分からないひいおばあちゃんと話
さなくちゃいけないの。
恥づかしさが苛立ちに変わり、どうしようもなくやるせない。今のひいおばあちゃんを受け入れられない。だって、いつも私の頭の中にいるのは、認知症になる前のひいおばあちゃんなのだ。
プリキュアの塗り絵をしても、日本人形のような色の組み合わせだったり、りんごは絶対に塩水に漬けてだしてくれたりする。いつも髪の毛が綺麗だと褒めてくれた。眉毛はいじっちゃいけないよと口酸っぱく言われた。そんなひいおばあちゃんが大好きで大切な存在だった。
でも、今のひいおばあちゃんは違う。
ベッドにいることが多く、耳も遠くなっている。私のことももう誰だか分かっていない。
別人のようになってしまったひいおばあちゃんを大切にできないのだ。病室で大きな声を出してまで、今のひいおばあちゃんと話したくはない。自分のことをちゃんと認識してくれない事実と、それでも話をさせようとする母。
虚しさしか生まれず、ますます病室に戻る気を失わせる。
病室に戻る気持ちはもうない。母が病室から出てくるまで待っているしかない。
待合室のソファに腰掛け、母が来るのを待つ。ぼんやりしていると、次第にひいおばあちゃんに対しての罪悪感が私をゆっくり包んでいく。
大切にしなければいけないのは分かってる。けれども、中学生の私は、何よりも恥づかしさの方が勝ってしまう。どこかで、母のようにひいおばあちゃんに接するのを恥ずかしく思っているのだ。
「そろそろ帰るよ。」
母が呆けていた私の肩を叩き、隣に腰掛ける。
「おばぁちゃんにバイバイ言って来て。」
私の葛藤など微塵も知らない母は、簡単に難題を出す。挨拶してこなければ帰れないことを悟り、重い腰を上げしぶしぶ病室に向かう。
私は限りなく、ゆっくりと病室に向かう。1歩踏み出す度に深呼吸をするように、ゆっくりゆっくり歩く。
病室の中は、さっきと何一つ変わらない。
ひいおばあちゃんは窓の外をぼんやり眺めていた。
「そろそろ帰るね、」
とベッドから少し離れたところで一言だけ言い、病室を出る。行きとは違い、早歩きで。
ひいおばあちゃんが聞こえてたのかは分からないが今日はこれ以上、ひいおばあちゃんを見たくない。
「ちゃんと言ってきた?」
「言ってきたよ。」
下を向きながら答える。
母は私がひいおばあちゃんとちゃんと挨拶してこなかったことに、多分気づいているだろう。
少し息を吐いて母が歩きだす。
それに続き、私も歩き出す。前は見れなかった。顔を上げれば、今にも涙が零れてしまいそうだったから。
──思春期だからだ。だから恥づかしいと思うんだ。
みんな同じ状況だったら、きっと私と同じようになる
に決まってる。
そんな風に自分に言い聞かせ、病院を出る。
罪悪感は私を包んだまま離してくれない。負けないように私は言い聞かせる。思春期だから、思春期だからと。
『病室』
病院は行ったことある。
診察室も入ったことがある。
でも病室は入ったこと無いなあ。
…入ってみたい
入るためにはまず怪我しなきゃだよね〜。
病気でもいいのか。
ん〜…めんどくさそう。
今はまだいいや!
そう思った小さい頃の僕の気持ちは、今はもう思い出せない。
たくさんの花が入った花瓶、元気づけるための言葉が綴られた手紙、気を使い続ける友人、白い部屋…
…今の僕からすれば、見飽きたいつもの光景に過ぎない。
病室で1人静かに眠る僕を見て
あなたはなにを思ったの。
今はもう聞けない
_病室
病室
あなたが残していった花は私に幸せな幻をみせる
もう戻らないとわかっていても求めずにはいられない
かつての自由な自分の姿や外の世界とのつながり
今更後悔したってもう遅いもしもの仮定に意味などない
それは今の私を苦しめる毒にしかならないのに
去り際の寂しそうな笑顔が頭から離れない
私はこの花が枯れるまで手放すことができなかった
「お前の部屋、病室みたいだな」
彼の言いたいことは何となくわかる。
けれど、言葉は選ぶべきだと思う。
白を基調とした私の部屋には、物が少ない。
と言うより、見える所に物を置かないようにしている。
何故か、と問われれば『生活感』が出るから。
私は今どき珍しい、七人兄弟の真ん中。
まぁ、親の再婚で七人兄弟になっただけで、私は元々一人っ子だった。
父さんが再婚するまでは、二人で住んでいた家に継母とその子供六人がやってきた。
二人で暮らすには広かった家も、九人で暮らすとなれば狭くなる。
それまで一人部屋だった私は、同い年の姉との二人部屋になった。
兄弟仲は悪くなく、みんなと仲良くワイワイ暮らしていたけれど、一つだけ問題があった。
私は目につくところに物が沢山あるのが苦手で、『生活感』のある空間ではリラックスできない。
何故かと聞かれても良くは分からないけれど、気が散って集中できなくなるし、落ち着かない。
酷くなると眠ることすらできなくなってしまう。
これは多分、小さい時からそういう環境で育ってきた所が大きいのだと思う。
だから、同い年の姉との二人部屋は私には辛かった。
姉は片付けができない人では無いが、色々と物を置くのが好きで、可愛いぬいぐるみ、綺麗なジュエリーボックス、見せる収納という名のマガジンラック等、私の苦手とするものばかりを部屋に持ち込んだ。
そして極めつけはアイドルのポスター。
壁一面、所狭しと貼られて私は絶望した。
対策としては、姉のエリアと私のエリアに分け、間をカーテンで仕切った。
これでどうにか余計な物が視界に入らない空間を確保した。
それでも、普通の生活空間は、もうどうしようも無く我慢するしかなかった。
なので、長期の休み等は祖父母の家に避難したり、ホテル合宿をするなど色々と対策した。
高校を卒業し、大学に通うのと同時に家を出た。
と言っても、実家から二駅離れた、駅にほど近いマンション。
父の友人の持ち家で、仕事の関係で六年ほど海外へ行くことになったため、その間だけ住む人を探していた。
ただ、持ち家なので知らない人に貸すのは気が引けるので、どうしようかと悩んでいた所に、丁度よく私が家を出る事を検討し父に相談したのだった。
父としても、家から近いし、自分の仕事場にも近い。
駅からも近くセキュリティも万全な物件だったため、言う事なしで即決した。
そして二週間前、六年間暮らしたマンションを本来の家主に返すため、私は引越しをした。
会社に徒歩で通える距離にある、少し年季の入った賃貸マンションへ。
造りは古いが内装はリノベーションされていてとても綺麗だし、家賃もお手頃価格。
必要な家具を揃え、荷物の整理が終わり、新しい部屋が整ったのがつい一週間前のことだ。
で、ここで冒頭に戻るわけだけど、大学を卒業し、無事希望した研究職に就いて二年弱。
仕事でよくペアを組まされる、同期の男性が吐いたセリフがアレ。
「いいから、早く」
「ヘイヘイ」
私が急かすと彼は手にしていたキャリーを床に置き、蓋を開けた。
しばらくじっと待つと中から白い手がにゅっと出てきた。
そして次に丸いフォルムの頭が出てくる。
「椿姐さん、宜しくお願いします」
彼がそう言うと、『椿姐さん』と呼ばれた白猫は短く「ニャッ」と鳴いて周囲をぐるりと見回した。
音を立てず、部屋を時計回りに歩く姿を私と彼は目で追う。
心做しか室温が下がった気がした。
何をしているかと言うと、除霊と言われるやつ。
引越しをしてから、あまり眠れていなかった私に対し、彼が声をかけてきた。
最近引越ししたか、と。
会社の総務には手続きをしたが、引っ越した事は誰にも話していなかった。
不審がる私に対し彼は一つ大きく息を吐き出すと耳元で言った。
『ここのところ眠れてないよな。あと左の肩から腰にかけて痛いだろ?』
聞けばそう言う能力を持っているらしい、けれど自分は見えるだけなのだとも。
初めは半信半疑だったけれど、色々と知らないはずのことを言い当てられて、信じるしか無かった。
「ねぇ、いるの?やっぱり」
「いる。というか、思った以上に居てびっくりだわ」
「えっ」
会社では三体くらいとか言ってた気がするけど、それ以上ってこと?
「んー、この部屋がダメなんだな」
「どういう事?引っ越さないとダメって事?」
流石に引っ越して二週間でまた引越しはキツイ、肉体的にも金銭的にも。
「そうじゃなくて、病室みたいだろ、この部屋。白ばっかで、物も少ないから殺風景だし。病室に似てるから寄ってくるんだよ。で、寝るんだベッドに。お前と一緒に⋯⋯」
彼の視線はベッドへと注がれる。
つられて私もベッドへと視線を移した。
一緒に寝る、その光景を想像してしまい、さぁっと血の気が引いた。
「カーテンとベッドカバーの色を変えて、あと猫とか犬とか飼えれば良いけど、ここペット禁止物件?」
「ううん、OK物件だけど、仕事でいないことの方が多いから可哀想な気がして」
「確かにそうか⋯⋯、なら植物とか熱帯魚とか、少しでも生気を感じるものを置くことだな」
「わかった」
観葉植物なら置いてもそれほど気にはならない。
ただ、あまりたくさんは無理だけど。
「後は時々こうして椿姐さん連れてきてやる」
「えっ、⋯⋯ありがと?」
「何で疑問形なんだよ」
軽いデコピンを貰って、全然痛くない額に手を置く。
椿姐さんは相変わらず部屋の中を歩いている。
時折立ち止まっては、ミャウと鳴いてまた歩き出すのを繰り返す。
椿姐さんは除霊ができるそうで、多分今も部屋を歩き回りながら除霊してくれている。
報酬はチュールと猫缶で十分で、後は彼に夕飯を一回分奢る約束。
これで安眠が手に入るなら安いものだ、そう思って、だいたい月に一回から二回、椿姐さんに来ていただいた。
これがきっかけで、いつの間にか彼と付き合い始めて気がついたら結婚していたとか、何だか騙されたんじゃないかしら、と今でも時々思う。
けれど、小さな息子が何も無い空間に向かって手を伸ばして笑っていたり、椿姐さんの子供が家の中を歩いて、時々ミャウと鳴いていたりするから、多分騙されてはいない⋯⋯よね?
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(´-ι_-`) お猫様は神秘的デス( ΦωΦ )