『子供の頃は』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
子供の頃にたくさん挑戦していればよかった。
失敗を恐れて、挑戦することを諦めていた自分に
腹が立つ。
もう過去のことだから
今更後悔したって遅いけどさ。
子供の頃は
子供の頃は何をやっても許された
何をやっても褒められた
でも、今は違う
何をやっても怒られる
何をやっても責められる
世の中なんてこんなもんだ
子供の頃は、
狭い世界でしか生きていなかった。
大人になって、
いろんな世界があることを知った。
自由に生きられることを知った。
しかし、
子供を産んで育てて、
また狭い世界に引き戻された。
そして今、
自分の子供もそう思っているのだろうか。
子供の頃はあの子のこと全然知らなかった
子供の頃は幸せだった
子供の頃は両親がいた
子供の頃は感情があった
子供の頃はよく褒められた
子供の頃はすごく怖かった
子供の頃は当たり前だと思ってた
子供の頃は何も知らなかった
子供の頃は馬鹿だった
子供の頃は純粋だった
子供の頃は家族が何かわからなかった
子供の頃も希望と絶望
子供の頃は良かった、と齢25に満たない人間が言うのはどうかと思うが、やはり考えてしまう。
子供の頃は考える事が少なくて良かった。
子供の頃は責任が無くて良かった。
子供の頃は時間が長く感じられて良かった。
子供の頃は未来を憂いていなくて良かった。
幾らでも浮かんでくる。
思い出というのは美化されてしまうものだけれど、
子供ならではの悩みも沢山あったはず。
責任が無いなりに、周りに迷惑をかけない振る舞いをしていたはず。
あっという間に過ぎてしまった時間もあったまず。
大人になるのが怖いと思ったはず。
そう考えると、少し安心する。
今がどれだけ苦しくても、未来の私ならきっと「良かった」って言ってくれる。
そうでなければ、私は今を生きられなくなってしまう。
希望の薄いこの世界で、私たちは未来に縋って生きている。
今の自分を、未来の自分が救ってくれると信じずにはいられないのだ。
子供の頃はいつも外で遊んで、家帰ったら宿題して。
で、何もなかったら寝る。
今はね、寝てない。
もう寝る時間ないしね〜。
酒と推しだけが栄養分よ。
子供の頃はこんな関係になるなんて思ってなかったね
隣に立つあいつはそう言った。
ほんとまさかだよ。
俺よりも少し低い位置にある目を見て言った。
絶対幸せにするから。
、幸せにしないと許さないから。
真っ白なベールを被ったあいつは目に涙を溜め幸せそうに笑った。
【子供の頃は】
キラキラしてた
景色がくすむ
こころか瞳
どちらかな
「『子供の頃は』?」
と聞かれて思い出す年齢がいくつの時ですか?
大体が4〜9歳くらいなんじゃないかと思います。
物心つく頃か、思春期の始め頃か。
法律上、20歳までは子供なのに笑
これって何で何でしょうね?笑
子どもの頃は
自分のいる家が普通だと思ってた
自分のいる学校が当たり前だと思ってた
だってそれしか知らないのだから
それらが全てだったから
でも
大学に上がって
いろんな人とかかわるようになって
またはニュースとかに触れるようになって
そこで初めて自分の置かれた環境が普通ではなかったのだと
当たり前ではなかったのだと
気付く
一気に混乱した
自分の全てだった世界が揺らいだような気がした
いっそのこと知らなければ幸せだったのかもしれない
いや
いろんな世界を知っていくべきなのかも
現実から目をそらすことなく問題を解決しこれからをより良くしていくために
大人になった今
その試練を突きつけられてる気がしている
早く大人になりたいと思っていた。
大人になれば、彼女ができて、結婚して、幸せになれる。漠然とそんなことを思っていた。
いざ『大人』と言われる年齢になってみて思う。
もっと子供を楽しんでおけばよかった。
子供でいられる時間は、あっという間だ。
だから全力で挑戦して、失敗して、思い切り泣いてみろ。
あの頃の自分に言ってやりたいと、
やっておけばよかったと、今ならそう思えるよ。
『子供の頃は』、大人がラクそうに見えたんだ。
そんな甘くないね、大人って。
子供の頃は
野球選手になりたかったなぁ
漠然となれる気がしてた
あ、これは無理だ、とわかったあの時期が
少年から大人に変わった時期なのかもしれない
ラジオは壊れてなかったけれども
子供の頃は…泣いて物事が済んでたけど…今は全然違う…
【子供の頃は】
「愛してるよ」
そんな言葉、いつから当たり前のように
言えるようになったのだろう。
『行為』も同じく、
いつから軽く引き受けるようになったのだろう。
『金』も『人間』も『欲望』も全部
まだ知らなくていいことを
オレは子供の頃に知ってしまっていた。
それを母さんがいつもオレに教えてくれてた。
『行為』のことも 『人間』のことも
『欲望』のことも
『酒』、『男』、『金』…
オレはまだ5歳だったというのに
『男』も『女』も
知ってしまっていた。
僕の『子供時代』を返して。
『子供の頃は』
きらきら白く光る入道雲
じめじめ皆で騒ぐアブラゼミ
この視覚と聴覚が作用して
子供の頃の記憶が目を覚ますのです
子供の頃の私と今の私は同じ人なのでしょうか
子供の頃は ただ生きている それだけで良かったのに
あくせく音を立て過ぎ行く日常
しんしんと降り積もる暗い時間
この喧騒と静寂が混ざり合うときに
高まり過ぎる自意識が目を覚ますのです
今の私と子供の頃の私は同じ人なのでしょうか
今の私は人の目にどう写るかに気を遣い 我慢して 頑張って それでも足りなくて 涙して
子供の頃は ただ生きている それだけで良かったのに
『 子供の頃は 』
勉強面倒臭い 、 親なんて嫌い 。
そんな記憶しか ありませんでした 。
でも 、 楽しかった記憶も ありました 。
友達と喧嘩して 仲直りして 、 仲良く遊んだ記憶 。
先生に褒められて 嬉しかった 記憶 、
修学旅行で 車椅子に乗っていた時 校長先生と観光した 記憶 。
他にも 沢山あります 。
今となっては 、 昔の嫌なことは 、 後悔になりました 。
勉強しておけば 、 親に感謝を伝えておけば 、
もっともっと 幸せになれたのでは無いのか ?
でも 、 子供の頃の 私なら きっと こういうでしょう 、
『 今日も楽しかったね! 』
子供の頃。
子供の頃に見ていた景色が大人になると大きく変わる。
高く見えた坂、息を切らしながら登っていた階段。そのどれもが大人になると小さく見え、あるいはなくなっていたり、簡単に出来てしまったり。
ふと気にしてみるとまたは久しぶりに訪れると子供の頃のその居場所に変わりはないが何故か懐かしい。
どんな人でもあった子供の頃。お父さんやおじいちゃんの子供の頃を想像すると人生における子供の頃の時間はほんとにほんとに短かったんだと思い始める。
次の世代の子達に言うのであれば、子供の頃の思い出は一生の中の一瞬である。大いに遊び大いに学び大いに失敗して欲しい
《子供の頃は》
ふと、昔話がしたくなった。
部屋の整理をしていたら出て来た懐かしい絵本。
机の上に置いていたそれを見て目を輝かせた彼女に、聞かれてもいない幼い頃の話をしてしまった。
今は亡き優しい乳母に教わった色んな遊び、歌、ものの見方、考え方。
本当にあの人からは大事なものばかり貰った。
両親が亡くなり物心付いた頃には兄姉から咎められ責められてばかりいたけれど、あの人のおかげで僕は大事なものを見失わずに生きて来れた。
そんな暖かい思い出をまるで引き出しから取り出しやすくするかのように、僕はぽつりぽつりと明るい思い出だけを彼女に語った。
話が一段落したその時、彼女が僕を見て囁くように聞いた。
「…辛くはなかったのですか?」
その眼差しには、溢れる気遣いと少しの悲しみが乗せられて。
「…いえ。優しい乳母のおかげで苦労はあっても心豊かに生きて来られましたから。」
ほんの少し鼻の奥がツンとしたのを堪え、微笑んでそう答えれば、
「そう…ですか。」
と、まるで彼女の方が今にも泣き出しそうな笑顔で言った。
僕は確かめたかったのかもしれない。
心優しく強いあの人は、僕の心の中で喪われずにいると。
何故だろう。彼女ならきっと話を聞き、心を掬い上げてくれる。そんな気がした。
彼女は、闇に魅入られた者のはずなのに。
そういえば、どうして彼女は幼少期の僕が苦しんでいた事を知っている風なのか?
子供の頃は
大人になってから
ねるねるねるねのことを言い続けるとは
想像していなかっただろう
東堂君のお父さんが北米支社の駐在員としてお仕事をすることになって、東堂君は就学前まで家族でシアトルに住んでたんだ。
そこでの東堂君のシッターさんが白人の独身女性だったんだよ。
東堂君は子供の頃は、シッターさんのことを不美人だと思ってたの。
というのも、下から彼女を見上げると鼻の穴の形が日本人より長くてなんともビックリしちゃったんだ。
でも、高校生になって白人の美しく高い鼻の穴って長いって知ったんだって。
そしたら、あの頃のシッターさんも美人だったのかなって思っちゃうんだ。
でもそんなことよりシッターさんがめっちゃ優しかったことを懐かしく思い出すみたいだね。
「子供の頃は」