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# バカみたい

「バカみたい」
 どこかから聞こえてきたその声に、ぴくりと瞼が痙攣した。遠巻きにさざめく人の群れ。こちらを見ているのが如実にわかる、その気味の悪い視線。
 誰のことを言っているのか。そんなのはわかりきっていた。明らかに、目の前の彼女のことを言っている。
 彼女は、先程からショーウィンドウに齧り付いて歓声を上げていた。ガラスの中で繊細なデザインのドレスが煌びやかに輝いている。隣のアクセサリーにも目移りするようで、心底楽しそうに覗き込んでいた。無理もない。彼女にとっては初めての街だ。見たことのない品物を見て興奮するのは当たり前だろう。
 そうとも知らずに、通行人は失笑を漏らす。大方、とんだ田舎者とでも思われているのだろう。それか“黒まがいの人間もどき”が騒いでいる、と鬱陶しがられているのだろうか。
 あまり長居すると面倒なことになりそうだ、と他人事のように思った。ここは彼女の生まれ故郷よりは人種に寛容な街のようだが、それでも“黒まがい”への白眼視は変わらない。多少騒いだくらいで疎ましがられて、あらぬ罪で投獄されてもおかしくない。
 それでも、僕は彼女から離れなかった。もう行こう、と言うこともせずに、ただはしゃぐ彼女の隣にいた。誰に何を言われようと、あともう少しだけ、彼女の邪魔はしないでおこうと思った。

3/22/2023, 2:20:28 PM