私の背についているのは、飛ぶことなんて出来やしない白くて小さな翼。
この世界の魔法使いには皆立派な翼がついていて、綺麗に器用に飛べることこそ1つの1人前の証だ。
私も兄弟子たちのように上手く飛べるようになりたいけど、こんな小さい翼では、それも難しいことだ。
「君の翼は白くて柔らかくて、美しい」
心にも無いお世辞を、師匠が言う。
そのさらさらの金髪に、宝石のように煌く碧眼の美少年の姿では想像も出来ない程、高難度の魔術をいとも簡単に操って分厚い魔導書を読んでいる。
「でも、私の羽は…」
「天使の羽、魔術は天使には使いこなせない、そう言いたいのかい?」
「……はい」
「大丈夫。どんな蕾にも花開く時は来る。焦らなくていいよ」
本棚から1冊、私の手元に魔導書が飛んでくる。
「君に出来ないことは確かに多い、でも君にしか出来ないこともあるよ」
呪文を唱えてご覧、師匠が私に促す。
ポケットから銀色の杖を取り出し、空中に一振り。
『』
空を切る杖は、ただ弧を描くだけ。
机の上のねずみは変わらず檻の中で鳴いていた。
.☆.。.:*・゚
この間、初めての友達が出来た。
と言っても、心から友達になろうと思ってなったんじゃない。
彼は、師匠に呪いをかけたとある強大な魔法使いの息子だった。
師匠の復讐を果たすために、私は師匠の命令で彼
に近づいたのだ。
彼は流石に優秀な魔法使いで、立派な黒い翼、強くて美しいほどの鮮やかな魔力、私の欲しいものを全て持っていた。明るくあっけらかんと笑う彼は話すのが好きらしく、懐に取り入るのにそう時間は掛からなかった。
「君は僕の自慢の弟子だよ。こんなに早く打ち解けるなんて」
復讐に狂った少年の目は、異様なほどにぎらぎらと光っている。
「さあ、今日も特訓だ」
「……はい」
『』
銀色の杖は、弧を描く。
カンテラに光は灯らない。
『』
白い貧相な羽が背中をくすぐる。
『』
息切れがしてきて、必死に肺に酸素を取り込む。
首筋に汗がつたうのがわかった。
「ああ、体力がそろそろ切れてきたようだね、今日は終わりにしようか」
そう言って、師匠は底の見えない笑顔を見せた。
この終わりがあるのかも分からない真っ暗闇の道の、行く末は知らされないままだ。
.☆.。.:*・゚
彼を騙して、人のいない草原に連れ出した。
今日はXデー。すうっと、肺に酸素を取り込んだ。
「ここで、一体何をするの?」
暢気な彼の声が響く。
それにはなにも答えないで、私は黒い宝石をポケットから取り出して、そのまま口に含んだ。
途端に、わっと周りに風が巻き起こった。
私の小さくて貧弱な羽は、雪のように真っ白くて美しい、大きくて立派な翼へと変わる。
私はそのままふわりと宙へ浮き上がった。
今の私ならやれる。
魔力がとんでもなく増えて、自由に飛べる今の私なら。
『』
「!!その呪文は…!!」
彼が大きく目を見開いた。
と同時に、彼の翼から幾つもの羽根が抜け落ちて、みるみるうちに前の私と同じようなみすぼらしい小さな翼に変わっていった。
私の唱えた呪文。
それは、魔法使いにとっては命とも言える、翼の力を奪う禁忌の呪文。
『』
『』
『』
煮え滾るように熱い血が、全身に行き渡る。
燃えるように熱くて、私は昂った気持ちが抑えられなかった。
ああ、もっと、もっと、もっと!!!
でも、その幻想は、長くは続かない。
途端に、口の中に、鉄臭い味が広がった。
口から漏れた涎を拭えば、それは赤くて。
意識がだんだんと混濁していき、ゆっくりと地が近づいてきた。
目の前が徐々に暗くなる中、彼が駆け寄ってくるのが見える。
その背にあるのは、とっくに呪いは解けて元通りの大きくて立派な翼。
結局、私は出来損ないだった。
モノの力を借りても、これっぽっちの結果しか出なかった。
師匠の望みも、果たせなかった。
でも、彼を傷つけずに済んだのはよかったのかもしれない。
君は素晴らしい魔法使いだ、最初で最後のお友達。
君ならどうか、復讐に取り憑かれた師匠を救えるはずです。どうか、どうか、助けてやって下さい。
こんなことしてごめんなさい。
魔力なんて欠片もなかった、
飛べない翼の天使の子。
今1人、静かに眠りについた。
11/11/2023, 10:04:41 AM