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幼い頃、我が家の玄関先に
キンモクセイが植わっていた。母は
「いい香りでしょう? お守りにもなるのよ」と言って、
キンモクセイの花を小さな巾着に入れて渡された。
習い事に持っていくバッグにくくって、夕方に家を出た。
ピアノの先生からは好評で、褒めてもらえて嬉しかった。
夜に習い事が終わって先生の家から歩いて帰る。
いつもの道を帰っていく途中、曲がり角の向こうの木が
がさりと一瞬揺れた音がした。風は吹いていない。
少し気になりながらも、夕飯が待つ家へ歩く。
後ろからざり、ざりっと砂利を踏む音が聞こえた。
なにかが後ろにいる?人か?それとも。
考えてしまえばどんどん怖くなり、走りだす。
はあはあと息切れの合間に後ろで音がする。
家が見えてきて、門扉を急いで閉める。
静寂。大きく跳ねる心臓の音以外には何も聞こえない。
両手をぎゅっと握りしめて、門扉をそっと開ける。
いつもの暗闇がただ広がっているだけだった。
心臓のあたりをさする。息苦しさで咳が出た。
ふと濃厚な匂いを感じて足元を見ると、
キンモクセイの花が足元を囲むように散っていた。



(キンモクセイ)

11/4/2025, 12:08:30 PM