さざめ

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【kiss】
掬い上げるように右の手を取って、優しく薄紅の爪に唇を落とす。少しかさついた感触が、妙に、「らし」かった。
特に手入れもしていないと思うから仕方ないか。
及第点だと微笑んだけれど表情は見えない。

段々と、段々と上り詰めていく気がする。
過ぎてはいけない境はとっくに過ぎていて、癖になった感覚に身を委ねて甘受して。
返るわけもない反応、見知ったことばかりの永久機関。
繰り返した行為はどうしたって空虚。

一度だけ。もう一度。
恋愛小説の、ロマンチックなキスシーン。
それを夢想しもう一度。

そして、目を閉じて。
自分の掌にキスを落とす。
リップクリームも塗っていない、跡はつかない、幾度も自らで舐めた、触れた、噛みしめた、遠慮のない唇。
こんなことに意味がないのは分かっている。
「痛いこと」なのも分かっている。
もし、誰かに見られたら消えてしまいたくなるであろうことも分かっている。

けれど幸せそうな恋人に憧れた、仕方ないじゃないか。

ふと、電車の音がした。
はっと気が付いた。
真っ暗な蛍光灯とべたつく掌、これが16歳の春なんて。

こんなのって、ないじゃん。

2/4/2026, 11:15:40 AM