NoName

Open App

「来年もまたここで会えますかっ?」

まさか引き止められるとは思ってなくて慌てて振り返る。

「来年の3月初めの日曜日にハンカチ返しに来ます!」

あげるつもりで渡したのになんて律儀なんだろう。そう思いながらひとつ頷いて今度こそ踵を返した。

------------------------------------------------------

(人目がない所だと思ってたのに。泣いているところを見られた。)

<僕>が一方的に知っている雪のような人。そして鬼のように強い人。

驚きで止まるかもと思ってたけどまだ流れ続ける涙。

慌てて大丈夫ですと答えようとした<私>に無言でハンカチを差し出してくれた。受け取ったけれど真っ白な生地に美しい蝶の刺繍を汚すのが申し訳ない。すると、

「まだ使ってないから綺麗だよ?」

使わないから勘違いしたのだろうか。自分より大人の男性が首を傾げているのにとても可愛く見える。

「すみません。有難く使わせて貰います。」

わざわざ訂正する必要もないのでそう答えた。その後少し表情を緩めて貴方は優しく背を撫でてくれた。

(間近で見てもやっぱり不思議な人だ。<私>の本当のお父さんと同い年くらいなのに見えないな〜。)

そんなことを考えていると男性が呼ばれたらしく一言かけて離れていった。

<僕>が<私>なのは毎年この日だけだ。
偶然会うこともないだろう。ならば今すべきことは一つだけ…。

------------------------------------------------------

仕事がひと段落したところで昼食を取っていなかった事を思い出す。
外は寒そうだが今から作るのでは遅くなる。

のっそりと立ち上がりコートとマフラーを着て外にでる。桜の木を横目に人影を探して見たが今日も誰もいない。

あの初めの約束からもう何年繰り返しただろう。冬になると待ち遠しさが増す気がする。



11/17/2023, 1:06:28 PM