踊りませんか?
もう閉館した美術館の中
私の下にポツンと女性が1人いる
貴女はうなだれていて、泣いていた
ある日、私は自分の変な噂を見聞きした
初めて聞いた時は、聞き間違いではないかと思った
魔性の女だ悪魔だ 人を襲う魔女だ
その根も葉もない噂は
誰かの面白半分で生まれたのかもしれない
でも、きっとみんなすぐ忘れる
そう思っていた
けれど日を経るごとに、噂を聞く頻度は増える
内容もどんどん過激なものにエスカレートしていく
私はいつの間にか、好奇の目に晒されるようになった
その中で、私をちゃんと見てくれる人が1人だけいた
私の下でうなだれている貴女がそうだ
噂が流行る前、毎日彼女は顔を合わせにきていた
その度に私をうっとりしたような目で見てくれた
本人は知らないと思うけれど
例え小さな声でも
その温かい言葉は私に聞こえてる
今でもずっと心に残ってる
でも貴女は噂が目立ってきた頃にぱったりと来なくなった
大丈夫かな。何かあったのかな。心配だ。
もしかして私が嫌いになっちゃったのかな
後ろ指を指される日々は終わらないけど
いつか来てくれると信じた
来る日も来る日も待った
そして遂に今日、その日がやってきた
閉館まであと少し、がらんとした時間帯
久しぶりに、貴女に会えた
良かった。元気にしてたならよかった
でも、なんでいきなりいなくなったんだろう
貴女がいない間、ずっと苦しかった
色んな事を考えていると
貴女は全てを吐き出してくれた
悪い噂が頭をよぎってしまって
私の事を考えることも、会いにいくことさえもつらいこと
私を避けるようになった事を悔いていること
へんな噂を流した人間が憎くて仕方ないこと
だれにもこんな事を言えないこと
全て言い終える頃にはぐったりと床にうなだれていた
こんなにも私を思ってくれる人がいる事にびっくりした
けれど、やっぱり変わった人だと思った。
みんな噂に流されて、私を面白おかしく扱うし
時には不幸をもたらすものと陰口を言われる
あの毎日の中で、それが普通なんじゃないかと感じていた
だって私は人間じゃない
ただの作品であり絵だから
そう思ってると、閉館の合図
扉はガタンと閉まったけど、貴女はまだ俯いたまま
私達作品は生きている
閉館の間だけは、私達には自由が与えられる
本当は見せちゃダメかもしれないけど
でも私を愛してくれる貴女には泣いてほしくない
居ても立っても居られないまま
額縁を抜け出した
顔をあげて、私と踊りませんか
10/4/2023, 4:00:45 PM