秋彦

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 僕は恋をした。人形に。男の人形に。
 人形は映画館の入口にいた。髪をぴったりとなでつけ、シワ一つないタキシードを身にまとって真っ直ぐ立っていた。彼は大きなガラスケースの中で、行き来する人に笑いかけたり、手を振ったりしていた。みんな「スライだ!」「この間の映画にも出ていたあの俳優さんじゃない?」などと口々に言いながら通り過ぎていく。確かに彼はある映画スターそっくりの見た目をしていた。映画館の客寄せとしてはなかなかの仕事をしていた。
 僕が彼に恋したのは、彼がガラスケースからいなくなったときだ。その日の夕方、彼は映画館の裏のゴミ捨て場にいた。たぶん壊れたのだろうが、他人を模した人形をそのへんに打ち捨てておくなんてずいぶんひどいことをすると思った。
 僕が捨てられた彼の前に立つと、彼は何もしなかった。彼は顔に微笑みをたたえたまま、僕を無視した。動力を失って眠っているかあるいは死んでいるのだから当然なのだが、突然僕はどうしようもなくもどかしくなった。彼に僕を見てほしい、僕に気づいてほしいと思ってしまった。僕は我慢できなくなって、その日のうちに映画館の支配人に許可を得てその人形を連れ帰った。支配人によると、彼は昨夜派手に故障し、めちゃくちゃな動きで通りかかった人々をひどく怖がらせたらしい。俳優に悪いイメージがついてしまうし、直せる人も思い当たらないので、勝手に持っていっていいと言われた。
 まるで死体でも運んでいるかのような後ろめたさを感じながら、彼を自室に運び込んだ。椅子に座らせ、彼の目の前に立ってみると、やはり彼は僕になんの反応も返さなかった。そこに僕など存在していないかのように、僕の後ろの壁を見つめていた。
 僕はたまらなくどきどきした。彼が僕に気づく瞬間を夢想しながら、僕は修理用の工具や部品を調達する準備を始めた。

5/7/2024, 1:30:53 PM