君の奏でる音楽
黒い服を身に纏った私は、淡々と時を刻む時計の音に耳をすませて彼が来るのを静かに待っていた。
部屋の扉がゆっくりと開き
現れた彼を見上げると、窓から射す午後の陽が薄茶色の髪と瞳を暖かな橙色に染め上げていく。
扉を閉めた彼は私の前に立つと、優しげに目を細め、私にそっと触れる。
指先は細くしやかなで、私の感触を確かめように優しくゆっくりと撫で滑っていく。
いつもと変わらないこの時間が心地いい。
夢見心地にうっとりしていた私に突然、撫でるのをやめた彼は椅子に腰を下ろしながら私を見つめ
再び、反応を楽しむ様に指先で何度も同じ場所を繰り返し撫でていく。
触れられた所が微かに熱を帯び
彼の指先に操られてるように反応して甘い声を溢す。
その声が軽やかに部屋に響き
やがて最後の一音が空気の中に溶け余韻を残し消えて行き、私は彼の指先に酔いしれていた。
ゆっくり口を開いた彼は甘い声で
「誰かのために弾くピアノか……」
微笑んで私から指先を離すと優しく呟いた。
その言葉は私を現実に引き戻す。
あぁ⋯そうだった
私が恋した彼は人間で、私はピアノ。
初めて私の鍵盤に指先を滑らせ
繊細で華やかな音で部屋を満たした
彼を私は恋い焦がれた。
彼と過ごす
このわずかな時間が、私の唯一許された時間。
彼の事を想いながら奏でられてる
この瞬間だけは彼を独占できる。
私の恋が実ることはこの先もないだろう。
けれど
私が紡ぎだす音色で
あなたへの愛を奏でていくから……
8/12/2024, 11:04:14 AM