秋の小さなそよ風が木漏れ日と共に降り注ぐ。
温もりのある木材で創られたこの小さな小屋は、私だけが知っているアトリエだ。大学を卒業して、ずっと憧れていた画家になろうと建てた空間。都市から少し離れた自然の中に建てた為季節の良さを常に感じ取れる。
紅茶を1口のみ、一呼吸おくと、「よし、描くぞ」とお気に入りの紅いベレー帽を被る。
空想的な風景画が好きで、よくある1面花畑に1人白いワンピースを着た少女が1人、みたいな絵を描くのが最近の日課だ。
人間観察も好きだ。街を歩く時は必ず喫茶店に行き、目に止まった人の人生を想像する。
最近私が描いているのは、共に青春を過したクラスメイトの絵。その人の人生とキャラ感を、いそうな空間に落とし込む。
「あの時のあの子は今頃何をしているだろうか」
確か吹奏楽部だったな。フルートを吹いていて、バンドの最前列で高音をきらきらと響かせていて。それに負けない笑顔をもった素敵な子。
高校で初めて出会った、初恋のあの子。
入学式で初々しい制服に身を包む私の目の前で響かせてくれた賛美歌を今でも忘れられない。
1つ歳上のあの子は、友達のように私に仲良くしてくれたっけ。
今でもフルートを続けているのだろうか。もしかしたら世界で活躍しているのかもしれない。
いつかまた聴けるだろうか。
もう戻れないあの時のあの子の音色を耳底に宿しながらキャンバスに青い夜空を描いた。
吹奏楽コンクールで演奏した曲でソリストを務めていたのを思い出して、一番星を描き込む。
冬の夜空がテーマの曲だった気がした。いや、違うかもしれないけど、あの子にはこれが似合う。
満月に照らされてきらきらと光る雪と、かぐや姫を連想させるような美しいあの子。
「もう、会えないのかな」
かぐや姫は月へ帰ってしまった。
あの子も、私といたあの空間から旅立ってしまった。
小さくため息を吐いて、赤い絵の具を取り出した。
黒と黄色を少量混ぜて深い紅にしていく。
その紅を瞳にのせる。
冷たく集中する曲調の中、ソリストのあの子は灯火のように繊細で暖かい音を奏でた。
その音は、静かな旋律の上を丁寧に撫でるように流れ、天の川如く、ホール全体に響き渡った。
「懐かしいな」
服はあえて制服にした。少しアレンジを加えて。
紺に白リボンといった典型的なセーラー服に、水色と紫の透明な布をレースのようにかけて、神秘的に描く。
演奏中のあの子を映す私の目には、この衣装が見えた。
艶のある黒い長髪と姫カットのそれはかぐや姫そのもので、 衣のような透明の布を被ったように透明で透き通った肌をしていた気がする。
肌を雪と同じ白で塗った。雪みたいな人だ。
キャンバス全体にスパッタリングで星を描く。
小さく輝く星屑は吹雪のように舞っていて、夜空に街を作った。
ふふ、っと笑みを零す。
頬を薄い赤で染めると、あの時のあの子が現れた。
そうだ、確かこんな笑みを浮かべていたな。
包むような優しさ。どんな事にも笑顔を向けてくれる、広い心を持っていて。
教室で絵を描く私に、やっほーと声をかけてくれて。
本当に素敵な人だった。
部活無所属だった私は、あの子がどこの大学に行ったかなんて知らない。音楽の道を進んだのか、それとも別の道に行ったのか。分からない。
「また、フルート聞きたいなぁ」
最後にキャンバスの隅に自分のサインを筆記体で描く。
完成だ。
イーゼルから外し、壁に立てかける。
にやけを浮かべながら、あの時のCDを探した。
吹奏楽コンクールの全国大会のCD。
あの子の最高傑作。私の宝物。
再生ボタンを押すと、拍手とアナウンスの後直ぐに曲が始まった。
「あぁ、懐かしいな」
木漏れ日に包まれる小さな小屋に、想像の冬景色が広がる。小窓から入ってきた枯葉が哀愁をそそる。
私は静かに目を閉じ、曲に浸った。
11/5/2023, 10:45:19 AM