【この場所で】
あるとき、ある日、ふと思った。
「塀に囲われているのは実際どっちなのだろう。」と。
どこでどうしてこう思ったのかというと、それは学校でのことだった。
古びた校舎の南向きの窓からは住宅街が望める。
朝九時すぎくらいかそれに満たないか、そのくらいの時間帯のそこはほとんど人通りが無い。
ただ全く通らないということはなく、寧ろこういう、いわゆる「ベッドタウン」にしては多いのかもしれない。窓の外を見るたびに、数人の姿は目視できる。
そして私は、そういう人たちを見て、失礼ながらも、
「あぁ、あんな大人は自由でいいな。」
だとか、
「こんな時間に出歩けるというのなら、どんな生活をしているのだろう。」
だとか、そういうことを考え、さらに、学校のフェンスに向けて、
「あのフェンスが、私たちの自由を縛っているのだ。」
などと、少しふざけた考えもする。
最近までその考えは変わることもなく、疑問に思うこともなかったが、それが覆った瞬間があった。
そのきっかけはなんなのか、自分自身でも分からないが、突然、「学生と大人、どちらが追われるもの、悩みのタネが多いのか。」という疑問を持ったのだ。
この答えは未だ分からないが、ほぼそれに近い仮定は私の頭でできあがっている。
それは、「大人の方が圧倒的に多い。」というものだ。
学生は勉強、成績、進路、友人関係、部活、人によっては家庭のこともその内に入るが、せいぜいこのくらいだろう。
対して大人は、今の生活、老後、物価高、結婚、子供、家庭、仕事、ご近所付き合い…。今の私には半分も挙げれないほどそういうものに追われているということに、やっと最近気がついたのだ。
それと同時に、「通勤・通学ラッシュ過ぎ」に出歩いているからといって、別に全員が働いていないこともない、ということも気がついた。なにしろ専業主婦や在宅で仕事をする人もいる。
そして、前まで「学校の塀は私たちを縛っている。」と考えていたが、今は全くの逆で、多くの縛りがある社会から、今だけ私たちを守っているのでは無いかと考える。
実は塀の外側は全国、全世界のこういった学校の敷地で、塀に囲われている内側は、社会全体なのではないか。
飛躍しすぎた考えに思われると自分でも思うが、なかなかに面白い考えではないかとも思う。そして、この考えを元にすると、「塀の外」に居れる少ない「青春」という期間を、もっと大事にすべきだと、改めて思ったのだ。
2/11/2026, 2:50:51 PM