「ベルの音」
12月21日木曜日。今日のニュースをよく見てなかったから気づけなかった。
家を出てからもたしかに寒い寒いとは思ってたけど、こんなに勢いが増すとは思わなかったし、降りるのは1時間半後の学校前停留所だからって、窓もみず眠りこけていた、僕にも落ち度があるとは思っている。
ドア音の癖に空気が抜けるような特有の開閉音に連れられて、バスを降りた僕の前には見渡せないほどの雪が降っていた。水っぽくて平べったくて、風に揺られてひねくれて落ちてくるそれは、落ちたら落ちたで氷になって行き交う人々の邪魔をする意地悪なやつだ。
路面凍結には父もだいぶやられたようで、家族LINEには8:15に愚痴がポツリとこぼれていた。
今は9:47。そうだ、僕は遅延証明書をもらい忘れた。後ろを見やると、車輪付きの大きな箱は僕たち2人だけを置いて行って、少ない人を乗せて次のバス停に向かっていた。そういえば、他の生徒はいなかった。
バスを降りた僕の隣には同じく降りてきた同級生の友達が1人いて、赤茶色のマフラーでは隠せない鼻と耳を赤くしながら、へにゃりと残念そうに笑っていた。
「ねぇ、休校だって。私もさっき気づいた!」
おもしろくないことを楽しそうに話すこの人とは、家が近いわけではない。沿線上で乗ってくるのを度々見つけていた。僕は始発のバス停だから座れるけど、彼女はいつも吊革を掴んでいたように思う。近い方がいいのか座れる方がいいのかを、僕たちは度々話し合っていた。
「あー、だから他に人いなかったんだ。」
僕が言うと、彼女はそう!と短く声を出して、続けた。
「ね、いこ」
どこに、と呟くと学校だと返された。休校だろというといーの!と返された。こういうことはしばしばあって、ただ気に入らないからわがままなのか、それとも最初に立てた目標を曲げたくない頑固さなのか、僕にはわからないけれど、そうなると僕はいつも聞くしかなかった。
首筋から襟の中に滑り込む雪に肩を竦めると、気をつかってさしている折りたたみ傘を持ち上げてくれた。
傘は雨だけじゃなくて雪風も凌いでくれるのが、なんとなく結界のような気がして好きだ。なんとなく聖域のような中に入れてくれるから、仲は悪くないはず。僕はその方が嬉しいけど、彼女は気づいているだろうか。
赤い鼻、と呟くと彼女はすぐに返してきて、水雪に似合わない軽快さに僕も笑った。
学校に着くと人気はなくて、閉められた校門もやはり休校をあらわしていた。
「休校のお知らせ」の前で無駄足になったから帰ろうと言うと、彼女は立ち止まったまま、「来週、遊ぼうよ。」と言った。なんとなく、日曜日のことだと思った。
僕は意味を図りかねたけど、それを質問することはできなかった。いつもより笑っているのは、緊張している彼女の癖だからだ。
なんとなく気に入らないからではない。
彼女の今日の目標はもしかして、ただ学校に行くことではなかったのかもしれないと、僕はそう思いたくなってしまった。
時刻は10:00。告げる鐘の音が、誰もいない学校に響いた。
12/21/2023, 5:46:00 AM