🐥ぴよ丸🐥は、言葉でモザイク遊びをするのが好き。

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075【秋晴れ】2022.10.18

鮎釣り歴は、中坊のときから数えて20年、ベテランを自認していた俺としたことが……やってしまった。川底の丸石の苔のぬめりに足をとられて、つるり、となるとは。不甲斐なくも俺は、周囲の釣りキチたちには申し訳が立たないくらい派手な水しぶきをあげて、全身ずぶ濡れになってしまった。
地球温暖化の影響か、秋が深まっても日中はいささか暑い。とはいえ、水浴びするにはさすがに涼しすぎた。歯の根の合わないおもいをしながら、ほうほうの体で上陸した俺を、同じ釣りキチ同士、みんな、やさしいんだな、介抱してくれたり、焚き火をたいて暖を取らせてくれたりした。そのうち、せっかくだから、とインスタントラーメンと小鍋が出てきた。すると、コーヒーセットもあるぞ、という話になった。どうせなら、と器用な人が十得ナイフを出してきて、そこらへんの小枝を切って、鮎を焼く仕度をしはじめた。
俺は借りたバスタオルにくるまって、髪の毛から冷たいしずくをしたたらせていた。ただただ恐縮しつつ一番いいところに陣取らせてもらって元気よくはぜる火にあたり、せめてもの恩返しにと提供した本日の全釣果を炙る番をして、結局、自分でも一匹食ったんだが、程よく焼けてほろほろとなる錆びた鮎の身にかぶりつきながら、ふと見上げた秋晴れの空の、それはそれは高かったこと。
薄墨色の焚き火の煙は、風無き秋の空気を貫いて真っ直ぐに立ち上り、青い天を目指して突き刺さらんとするかのようだった。
ピーヨロロ、と鳴いたのは鳶だ。まるで煙と張り合うかのように、高く高く旋回して、点になり、あとはお日様の眩しさに飲み込まれて、声を残して見えなくなった。
と、不意に声をかけられた。
「鮎、ごちそうさまでした」
コーヒーセットの人だった。
「だけど、あとで嫁さんに叱られませんか?」
淹れたてのコーヒーの入ったカップをありがたく受けとりながら、俺は苦笑いした。夕飯のおかずはまかしておけ、と見えを切って、先週は微々たる釣果で、今日はコレ。またしても、家に帰ってあわせる顔がない、自称ベテランの俺である。
いましがた味わった鮎のはらわたのようなほろ苦い思いを、濃褐色のコーヒーの強い苦さで、俺は誤魔化した。

10/18/2022, 1:39:21 PM