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「ねぇ、玲さんの生きる理由って何?」

僕は、自分以上の頭脳を持ちながらも生きる事に苦を感じていない彼に聞きたいことがあった

我ながら、ちょっと無愛想だったかと少し反省をする
だが、そうでも無いらしく裏表ない笑顔で応えられた
「私かい?う〜ん理由って言われてもなぁ………

少し考える素振りをして彼は言った

否、私はね、箱庭に混じって遊びたいだけなのだよ」

不思議だ


世界を箱庭に見立てていることは分かった
そして、その中に混じりたいことも
この人は自分が混じる事が出来ないと知っていてそれでも混じる事をやめられないのだ

なんでそんな無駄な足掻きを仕様とするのか、僕と似ている様で違う人間
この人の事は理解できても共感はできない

「青磁、君の苦しみは箱庭を眺める僧侶の嘆きに似ているよ

箱庭の中で起こる全ての悲哀を嘆くんだ。愚かな生き物たちが繰り返す全てを」

「この世界を箱庭に見立て、その外側から嘆いているのが僕だと?」


ソファの上に立てた片脚に頬杖をついた状態で、玲は全てを諦めたように僕の名を呼ぶ。

「意味なんてないんだよ、青磁」
「……」
「箱庭の中で起こることは、」
「でも…、だったら、」

この世界で起こる愚かな行いは決してなくなることがないと、救済はないのだ、と、断言してしまうのならば。

(貴方はどうして、未だに箱庭を守ろうとするの?)

「私はね青磁、」

問いの続きを言うことが躊躇われ黙ってしまった青磁をちらりと見やり、玲はつまらなさそうに言葉を吐き出した。

「私はこの世界を守る救世主になろうなんてことは、微塵も思っていない。興味もない」

言葉にできなかった青磁の思考を掬い上げ、玲が断言する。

「私はね、謎を解きたいだけなのだよ。そしてこの世界はまだ解かれていない謎が五万とある。箱庭を外から眺めて嘆いているより、その中に入ってしまった方が余程楽しい」
「…でも、それなら何故玲さんは、いつも人を救おうとするの?」

微かに驚いたように目を見開き、玲が一瞬言葉を途切れさせる。
常に人の二歩三歩先を読んでいる彼には珍しい表情を見れたことに、青磁は小さな歓びを得た。

謎を解くだけなら、別に人を救う必要はない。
いつも傍若無人に好きな事ばかりをしているように見えて、玲の行動基準は常にひとつ。それが人を救うかどうか、であった。
自分には分かる。政治家のような真摯な理想でもなく、悪人ヒーローのような過去への懺悔を根底とする志でもなく、それらとはどこか一線を画する彼独自の物差しでもって、玲は最終的には常に「ひとを救う」ための選択をしてきた。

玲は僕を見据え、薄く笑った。

「私はね青磁、案外この箱庭を気に入っているのだよ」

そのときの彼の表情を、僕は一生忘れないだろう。
瞳の翡翠が開く。
まるで、この世界に絶望しているようで、でも愛着を持っているその瞳を


「だから、箱庭の中のバランスを整えるぐらいのことはしてやってもいいと思ってるんだ」
「…バランス?」
「人を救うことは、私にとってはこの箱庭の中の不均衡を少しだけ正すことに繋がってるんだよ。強いて言えば、私は蚯蚓だよ。地面を掘って、土の栄養分を植物に与える」
「蚯蚓…ですか」
「私は謎を解くことで箱庭の生態系のバランスを整えているんだ。なかなか粋な仕事だとは思わないかい?」

一匹の小さな小さな蚯蚓が土の中を動く様を想像する。蚯蚓が通った後の土は耕され、栄養分の多い肥沃な土へと変わる。そして長い時間が過ぎた後、その養分を吸って育った植物が小さな花を咲かせる。
確実に変化は起こっている。起こってはいるが、何とも小さな変化だ。箱庭全体を見れば取るに足りない、些細過ぎる変化。


「…地上に顔を出したところを野蛮な鳥に狙われたら?」

稚拙な僕の問いに玲が破顔する。
大人びた彼の表情。
ははっという快活な笑い声の後、酷く軽い調子で彼は続けた。

「そのときは、僕の存在がバランスを壊していたんだとでも思うことにするよ」

その瞬間、青磁は理解した。

世界という生態系の中で行われるあらゆる生の営み。
愚かで救いようのない人間の業のすべてを理解し、赦し、寄り添おうとしているのだ、このにんげんは。

神の如き全の視点を持ち乍ら、この人はあくまでも個であろうとする。
生態系の中の小さな一駒として自らの役割を果たし、そして時がきたら朽ちていく。
それはまさしく、地上に堕ちた神が下す選択なのかもしれなかった。

(この人は、なんてーーー)

なんという覚悟だろう。

こんな風に考えられるようになるまで、一体どれだけの時間を一人で過ごしたのだろう。
誰も到達し得ない高みで、たった一人孤独を抱えながら。
箱庭の中に飛び込む決心をするまで、一体どれだけの苦しみに耐えてきたのだろう。

「君はどうだい?青磁」


思考に沈んでいる青磁を尻目に、玲が急にソファの上に立ち上がった。
手を腰に当て、口にはいつもの笑みを浮かべて、僕を見下ろす。

「君も、箱庭に入りたいんじゃないかい?」
「……え?」

突然の指摘にどきりとする。
自分は、箱庭に入りたいと願っていたのだろうか?この世界をつまらないと外側から嘆くのではなく、一個の人間として足掻きたいと?

返事をしない青磁を気にする様子もなく、玲はさらに言葉を重ねる。


「君は頭が良いと言う理由でいくつもの大事なものを拾いわすれてきていると私は思うのだよ。
でもね、幾ら頭が良かろうが特別な才能があろうが特別な人間なんて居ないってもんだよ。

君の人生はこれからだ
諦めるのには早すぎるんじゃぁないかい?」

そういった彼の目は何処か遠くを見ていた
其の瞳の中には後悔の念が隠れているように思えた
気づけば口が開いていた

「玲さんは後悔してるの?」


「……そう、だねぇ
過去の自分に少し後悔。してるかもしれない


青磁、君は今大抵のことが理性で制御できて自分の気持ちで動くことなんてないだろう
其れは君の頭脳故、できることだ
けれど、何時か自分の気持ちで動かないといけない時が来ると思う
その時は迷わず自分の気持ちを優先しなよ
後悔したって遅いこともあるから」

僕は今恐ろしい想像をした
目の前の青年が泣き出すかと思ったのだ

只、そんな事はなく安心した

『後悔したって遅い…………か』

「その時が来た時には箱庭にまじれていたりするのかな」


5/15/2023, 11:40:56 AM