#駆と棗 (BR)
Side:Natsume Isshiki
10歳の時、僕の世界から音が消えた。
あの日は今日のように雲ひとつない快晴だったけれど、朝目覚めるとひどく静かで、開いた窓から吹いてくる穏やかな春風もどこか冷たく感じたのを覚えている。
…この季節の快晴の日は、今でもその感覚を鮮明に思い出してしまう。
「…」
かつて僕は歌うことが好きだった。大好きな音楽を聴いて歌うことが僕の幸せな時間だったのに、生まれて初めて抱いた歌手になるという将来の夢は粉々に砕け散った。
ただ…そのショックで日に日に感情を失っていく僕の周りから友達が1人、また1人と離れていく中、2歳年下の幼馴染・駆だけは今も僕のそばにいてくれている。
実親の愛を知らずに育ち、歌えなくなった自分に価値はないだなんて思っていた僕に、彼は僕の両手では抱えきれないほどに大きな生きる希望をくれた。
『棗くん、お昼何食べたい?』
『今はオムライスの気分かも』
『じゃあ俺が作ってあげる!』
『駆って料理できたっけ?』
『失敬な!できるってば!』
『ごめんごめん』
駆は約8年ほどかけて僕のために少しずつ手話を覚えてくれて、現在は僕との会話はほぼそれだけで成立するようになった。
…でも、僕の耳が聞こえなくなったことで彼に迷惑をかけていることも事実だから、申し訳ない気持ちは消えていない。
『棗くん、まだ俺に申し訳ないって思ってるでしょ?』
『何で分かったの?』
『そりゃ分かるよ!だって俺が3歳の時から一緒にいるんだし』
『すごいな、幼馴染歴16年は伊達じゃないね』
上機嫌でオムライスを作り始める駆から窓の外の青空へと視線を移すと、桜の花弁が1枚部屋の中へ舞い込んできた。
…駆と一緒にいる時くらいは、苦手な春を好きでいようかな。
僕は駆の背中に視線を戻し、手話でこっそりと彼に「大好き」を伝えた。
【お題:快晴】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・水科 駆 (みずしな かける) 19歳 棗の幼馴染
・一色 棗 (いっしき なつめ) 21歳 10歳の時に突然耳が聞こえなくなった
4/13/2024, 2:25:51 PM