#澄浪さんの好きなひと (BL)
Side:Machi Hokazono
…ああぁ、僕はなんてことを…。
できることならこの月影の中に溶けて完全に消えてしまいたい…。
どこかでこの夜を見守っている月の女神様でも誰でもいいから、とにかく今すぐにでも僕をこの世から消してください…!
…何故僕が今こんなガッタガタの精神状態になっているのかというと、僕の一番バレたくなかった秘密が一番隠しておきたかった人たちにバレてしまっていたことが判明したからだ。
しかも厄介なことに…僕にはその時の記憶が全くない…!
どうしてこうなった…?
「…あ、あの…ごめんなさい、僕…飲み会の時の記憶が全くなくって…あの…な、何で…」
「いや〜ね?オレらの酔いが冷めて落ち着き始めた時に外園さんが突然テーブルに突っ伏したから、あぁ寝落ちしたのかぁ〜と思って見てたんすけど〜」
「…でも外園さん、しばらくしたら起き上がって今度は水をガブ飲みし始めて」
「その時に僕ら、外園君の今まで聞いたことない声を聞いちゃってさ」
「それがCHiMAさんの声にそっくりだったんです…」
「ヒェッ…!!」
…そう。僕は自分が覆面ピアニストのCHiMAであることを隠すために、活動を始めた7年前から声を頑張って高くして必死に別人のフリをしてきた。
それに僕はいくら飲んでも酔えなくて、不思議とバレたことはなかった。
なのに…なのに…!
よりによってCHiMAの大ファンである篤月くんと澄浪さんがいる前で地声を出していたなんて…!!
僕みたいな地味男の正体がCHiMAだとバレてしまったら絶対に幻滅されると思って必死に隠していたと言うのに…絶望だ…。
ウキウキ気分から一転お通夜ムードになった僕は、精神的ショックが大きすぎてフラフラと後ずさりした。
「…え、外園さん?」
「外園さん!?え、大丈夫っすか!!?」
「気絶してる…伊智瑠、手伝って!」
「分かった…!」
そして僕の視界は、まるで僕の周りだけが停電になってしまったかのように一瞬で真っ暗になった…。
────────────────
「…うぅ…」
「…!兄貴、外園さんが目覚ました!!」
次に目覚めた時には、僕はバーカウンターから少し離れたところにあるソファーに寝かせられていた。
慌てて体を起こそうとしたら「まだ横になっていてください」と世古くんに止められた。
「…す、すみません…ご迷惑を、おかけしました…」
「外園さん、急にぶっ倒れるからビックリしたっすよ〜…体調どうっすか?」
「まだちょっと、フラフラする…かも」
…あぁ、この空気…僕、きっと幻滅されたんだな。
ずぅん…と、まるで僕の心臓に直接重しが乗っかっているようで息苦しい。
いつもなら綺麗だと感じるはずの窓の外の月が、変に眩しく感じて嫌になる。
今この状況で星ならぬ月に願いをかけたところで彼ら全員の記憶を消すことも、飲み会の時の僕の存在をなかったことにもできない。
…消えてしまいたい…。
「…あ、あの…CHiMAのこと、隠していて本当にごめんなさい…。幻滅…しましたよね」
もう嘘はつき続けられないと諦めた僕が掠れた声で呟くと、僕の寝ているソファーの周りを囲んでいる澄浪さんたちは不思議そうにお互いの顔を見合せた。
「…俺は何となく気づいてましたよ。外園さんがCHiMAさんだろうなって」
「は!?諒、お前気づいてたのかよ!!?」
「うん」
「ごめん、実は僕も…」
「名渚さんまで!!?…って、兄貴〜?おーい、生きてる〜??」
「…」
澄浪さんが何も言わずに両手で顔を覆って、僕に背を向けた。
…もし僕が何もかも完璧なイケメンだったら、こんな空気にはならなかったのかな…。
ファンの夢を壊してしまった罪悪感で、僕の胸はさらにぎゅっと締め付けられた。
「…かと思った…」
「ん?どした、兄貴?」
「…嬉しすぎて、死ぬかと思った…」
「あっはっはっは!嬉しすぎて泣く伊智瑠は僕も初めて見たなぁ!」
…えっ?う…嬉しい…?
待って…僕の聞き間違いじゃ、ない…?
「いや〜CHiMAさんがもし雲の上の存在〜みたいなマジモンのセレブだったらこうはならないっすよ!むしろ親近感爆上がりしたっす!」
「あ、ああああの、その…お願いします、このことはどうか、誰にも…!」
「外園君、落ち着いて。言わないよ、もちろん言わない」
「むしろオレらだけの秘密にするほうが、なんかさらにイツメン感出るくないっすか!?」
「篤月君それ最高だよ!」
「俺も名渚さんと篤月と同意見です」
僕らイツメンだけの秘密、か…。
…彼らが秘密にしておいてくれるなら、それもいいかも…。
体を起こして安堵のため息をつくと、澄浪さんが涙を拭きながら僕のそばにやってきた。
「確かにCHiMAさんの正体が誰なのか、気になったことがないと言ったら嘘になります。でも…」
「…え…?」
「私の心を生まれ変わらせてくれた推しのCHiMAさんが、こんなにも純粋で優しい人だと知ることが出来て嬉しいです。むしろ…CHiMAさんがあなたでよかった」
「…!」
…僕が…澄浪さんの心を、生まれ変わらせた…!?
ただの趣味で始めたCHiMAとしての演奏活動で、こんなにも心を動かされた人がいたなんて…知らなかった。
普段は地味なリーマンとして生きている僕の束の間の息抜きになれば、それでいいと思っていた。
でも…澄浪さんはCHiMAの正体に本当に幻滅していないのだろうか?
ここで喜んでいいはずなのに、僕の心に深く根を張っている自己肯定感の低さが邪魔をする。
「そうっすよぉ外園さん!さぁ〜今日も飲みまっしょ〜!」
「うぅ…篤月くん、気持ちは嬉しいけど…」
「…外園さんがCHiMAさんでも、俺たちがイツメンであることに変わりはないですよね?」
「ここではみーんな味方、みーんな友達。それでいいんじゃないかな?」
「…あ…ありがとう、ございます…」
「わっ!も〜、何で泣いてるんすか外園さ〜ん!」
…そうだ。この4人といる時くらいは普段の自分を忘れて、楽になろう。
秘密を共有できた彼らの前でだけは、もう少し肩の力を抜いてみよう。
そう思っているうちにいつの間にか、消えてしまいたい気持ちは少し薄れていた。
月の女神様…が、実際に見ているかどうかは分からないけど、僕をこの世から消してほしいという願いは取り消すことにした。
こんな僕を受け入れてくれた、強い味方ができたから。
【お題:月に願いを】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・CHiMA (ちま) /外園 摩智 (ほかぞの まち) 攻め 25歳 リーマン ノンケで童貞
・ミナミ/澄浪 伊智瑠 (すみなみ いちる) 受け 31歳 ショーバーのパフォーマー ゲイのネコ
・澄浪 篤月 (すみなみ あつき) 21歳 伊智瑠の弟 恭士の経営しているバーのウェイター バイのタチ
・名渚 恭士 (ななぎ きょうじ) 31歳 伊智瑠の友人 バー "Another Garden" のオーナー バイのバリタチ
・世古 諒 (せこ りょう) 21歳 篤月の彼氏 大学生 元ノンケ
5/26/2024, 2:16:47 PM