狼星

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テーマ:モンシロチョウ #178

『モンシロチョウになるんだよ』
そんな声が聞こえたような気がして、
私は思わず振り返った。
そこには誰もいない。
伸びた髪が春の風になびかれ、
私の視界を遮る。

「みてみて! カマキリの卵!」
私は小さい頃から虫や動物、植物が大好きだった。
いろんなものを見つけては母に見せた。
母は複雑な顔をして私を見つめていた。
私はそんな母の不安にも知らぬ顔をして、
いろんな自然に触れていた。
そんな私には仲良くしている男の子がいた。
年は私と一緒。
そんな彼がモンシロチョウの蛹を指差し言った台詞。
それが『モンシロチョウになるんだよ』だった。
彼は昆虫に詳しかった。
いつも分厚い図鑑を持ち歩いていた。
幼稚園でもそうだったから、
変わり者と言われていたけど、
私は彼と一緒にいた。
家が近いというのもあって、
休みの日は公園で二人、
一緒に昆虫探しに行った。
そんな彼は、
小学校4年生になると引っ越してしまった。
小学校でも変わり者扱いされていた彼は、
いじめられていたらしい。
丁度父親の転勤もあって引っ越ししたと聞いた。

春になると彼を思い出す。
虫が好きという感情があの頃に比べたら、
少なくなっているかもしれないが、
今でも蝶をきれいだと思うことはある。
そしてあの頃が良かったなと思うこともある。
母が「小学校に上がったら、虫集めはやめなさい」
そう言って私は育てられた。
周りの子を見ても、
私のように虫が好きだという子は一人もいなかった。
周りの子に合わせて、
虫を怖がっていると本当に虫が苦手になっていった。
積極的に虫を取りに行っていたときと正反対の感情。
その芽生えが怖い、恐ろしいと思う暇などなく、
私は成長していった。
あのときの私は自分があった。
今の私は他人の目を気にしてばかりだ。
あの頃のように自由でいられたら、
息苦しくなかったのかな。
蛹から出た蝶が羽根を広げるように、
私も羽を伸ばせたのかなと思うが、
時すでに遅しといったところか。
私は蛹からそっと離れた。
春はもうすぐだ。

5/10/2023, 12:38:58 PM