南雲

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わたしが幼い頃。


といっても、小学一年生位までの話ですが、わたしの

身の回りのものは、全て膜が張ったような、不思議な

感覚でいました。

(その当時そうだったという訳ではなく、それ以降に、ふと昔のことを思い出した時そうだったというだけなのでした。)

わたしは小さい頃から「大人びている」「変わった子」


として周囲に認知されており、実際、変だったように

思います。

今思うと大分斜め上の方向に思考が飛んでいました。

まあ、それは今でもそうなのですが。

幼い頃はそれに拍車がかかっておりました。

まあそういうのもあって、この可笑しな話は、きっと、

共感されることは少ないでしょう。

幼い頃の記憶は、きっかけがないと思い出せなくなった

というのに、その感覚は、楽しくも、羨ましくも、

懐かしくも、万能とも見えるような気さえする、

記憶があまり思い出せなくても、兎に角、そんな奇妙で

不思議で楽しい感覚であったことだけは鮮明に覚えて

いるのでした。

そして、その感覚を、もう一度味わいたいと、思って

いました。


小学校中学年程になる頃、わたしは、不登校というもの

になっておりました。

この世のものを全て見透かしたような、そんな態度。

今思うと、早めの反抗期というものでしょうか。

厨二病らしきものも併発していました。

めっちゃ黒歴史です。



まぁそんなある日、ふと思ったんです。

あれ、あの感覚って幼い頃だけなんじゃないかって。

大人になりかけてしまった今はもう、…いや、

もしかするとあの感覚を自覚してしまった時点で、もう

とっくのとうに手遅れで。

きっと、奇妙でも不思議でもなんでもない。

ただ、幼さ故に楽しそうに見えていただけなのでは。

まあ気付いてしまったものは仕方が無いわけで。

そんな風に少し残念がりながらも諦め切れると、そう、

当時はそう本気で思ってたんです。

でも実際はどうか。


私は今も未練がましくあの感覚にしがみついている。

どうか明日が来ませんように。

明日が来れば、幼い頃が消えていってしまうような気が

して。

ああ、やっぱりずっと、気づかなきゃ良かったんだ、

あんなこと。

気付かない方が幸せなことだってある。

おかしいね。感覚ひとつでここまで執着するなんて。

いや、私が執着していたのはこどもであることか。

ああ、ああ、願わくば。

ずっと。

ずっと。

ずっと。

ずうっと。

ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと。

えいえんに。

こどものままでいれたらよかったのになあ。

5/13/2024, 8:45:50 AM