私には「兄」がいた。
私には兄しかいなかった。父と母は、私が物心つく前に山火事で死んだらしく、二人の顔もまったく思い出せない。歳の離れた兄が、私の唯一の家族だった。
兄が私を叱ることはほとんどなく、いつも優しく温かく、惜しみない愛情で包み込んでくれた。
ふわりと頭を撫でてくれる、その大きな手が大好きだった。私の名前を呼んでくれる、穏やかな声が大好きだった。
二人でいられたら、それだけで幸せだった。
彼のことを、実の兄だと信じて疑わなかった。
自作小説『黒と鶴』より
8/8/2023, 12:22:23 PM