【約束】
「先生。私、死のうとしたんです」
蒸し暑くて、入道雲が綺麗な日だった。
私は運動部と蝉の声を聞きながら、ぽつりと呟いた。
少し息を飲んだ音がした後、先生は何かを言いかけて口を閉じた。
「ベランダから飛ぼうと思ったんですけど、やっぱり怖くて。それに、また先生の国語受けたいな、って」
私は優等生だった。
演じていたつもりはない。そりゃあ少しは良い子ぶってたけど、毎日が楽しかった。やりたいことをやって、テストでも上位をとって。大人たちから信頼される子供だったと自負している。
それが、ある日突然崩れた。
一日中引きこもる日々が続いた。頭が痛くて、何をする気にもなれない。両親は最初こそ心配していたけど、そっとしてくれるようになった。
夏休みになって、ああもう3ヶ月も経ったんだと絶望した。それで、柵に手をかけた。
でも、先生の顔が浮かんだ。私が大好きな、あの優しい笑みがまた見たいと思った。先生を感心させたかった。気づけば教室の前に立っていた。
「じゃあ、約束しよう」
顔を上げると、穏やかな表情で先生が言った。
「えりちゃんの夢は?」
えりちゃん。私がずっと読んで欲しかった渾名。関根さん、絵里香さんと来て、ついに読んでもらえた。
嬉しくて飛び跳ねそう、でも質問には真剣に答える。
「…作家、ですかね」
「そうしたら、えりちゃんの本俺に読ませてよ。賞獲るでも、持ち込みでもいいから出版してさ。サイン会があったら、5冊持って行くから」
それまで、死なないで。
涙が溢れて、そう言ってくれた先生の顔は見えなかった。私は必死に頷いて、ふと質問したくなった。
「…ペンネーム、何が良いですか」
「え〜?絵里香、でしょ…えり、エリンギとか?」
なにそれ、と思わず笑ってしまう。
夏の午後に交わした約束。絶対に果たしてみせる。
fin
※フィクションです。エリンギから考えました。
3/4/2025, 12:51:43 PM