August.

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〈鋭い眼差し〉

彼の最初の印象は猫のようだという印象を受けた。同じアイドルを目指す仲間として、彼が事務所に入所した時はかなり周りがざわついていたのを今でも覚えている。何でも、オーディションなしのスカウトで入所したというらしい。別にオーディションなしのスカウトは珍しくはない。現に俺も他のメンバーにも同じようなルートで入所した人もいる。ただ、周りがざわついていたのは、未経験という言葉にざわついていた。彼の入所日は誰もが浮足が立っていた。なんだって、ダンスもボーカルも未経験なのに卒なくこなす練習生がくるのだから。自分のスケジュールを確認して、彼にとって始めてのダンスレッスンの日は、他のメンバーも見学と言いつつも野次馬としてやってきた。
俺は彼と同じグループだったため、そんな野次馬としては見られなかったが、内心はどのくらいのレベルなんだろうと好奇心が躍っていた。

レッスン室にダンスの講師の後ろに着いてきた彼は俯きながら入ってきた。
「今日から新しく加入する종시우(チョン・シウ)だ。未経験だから色々教えてやってくれ」
講師がそう言うとシウの背中を押し、前で自己紹介をするように促した。彼も最初は先生の期待に応えようとしたが、何を言えばいいのか分からないようで俯いていた。しかし、気を利かせたうちの最年長が「どっから来たの?」と質問して、やっと小さな声で「京幾道」と答えた。すると一人のメンバーが「俺も!京幾道だよ一緒じゃん」と場を和ませるように言った。そのおかげか少しだけ、レッスン室の雰囲気がほぐれた。彼も照れるように笑っていた。場を和ませてくれた彼には感謝する。
先生もその雰囲気に気がついたのか、にこにこしていた。この時間が続けばいいと思ったが、いつまでも続けば良いなと思ったがそういうわけにもいかない。俺たちはデビューすることが最初の目標だから。それは他のグループも一緒で、常に競い合っている。
少し時間がだったところで、「じゃあ、今日は新曲だからまずは一通りやるからな」と先生の一声がかけられる。
その瞬間、今まで和やかな雰囲気だったのが、一瞬でピリッと変わった。シウもそれに気づいたようで目の色が変わり、どきまぎし始めた。俺は彼に近づき、「隣、いい?」となるべく優しくこえをかけ、俺なりに彼の緊張をほぐそうと思った。彼も少しホッとしたのか、お願いしますとぺこりと頭を下げた。

俺は彼のことを講師から背中を押され、簡単な自己紹介をしている時まではシャイな人だと思っていた。
まぁ、そうなるのも無理はないし、彼も彼なりの理由があるだろう。いきなりスカウトされ、家から離れた場所で赤の他人との共同生活とレッスンが始まる生活に驚きを隠せないのは仕方ない。しかも、目の前には興味津々の目をした人たちが自分に目を向けているのは、居心地の良いものではない。それ故、俯きながら入室するのも、大きいとは言えない声で自己紹介をするのも自然なことだと思う。
しかし、彼の自己紹介が終わり、いつも通りにレッスンが始まると、彼は途端に変わった。

自分たちの目の前で教えながら踊る先生を見よう見まねで踊る彼は、とても未経験とは思えなかった。
先生が一度、Aメロ部分のダンスを一通り踊れば、彼は完璧に先生のダンスを披露した。
それは鏡越しで見ていた先生も、隣にいた俺もシウを取り囲むように練習をしていたメンバーもすぐに気がついた。
彼は、一度見れば完璧に再現することができる。
同じことを思っていたのか、俺の後ろにいた이수현(イ・スヒョン)も口をぽかんと開けていた。
誰か見ても、彼にはダンスの素質があると分かりきっていた。

10/15/2024, 11:36:43 AM