NoName

Open App

♪この広い野原いっぱい咲く花を
 一つ残らずあなたにあげる
 赤いリボンの花束にして

 君が口ずさんだのは随分と時代遅れな歌だった。
「この歌はね、主人公は相手の事こんなにまで思ってるのに」
 君が言う。
「最後は悲しいのよ
 だから私に手紙を書いて、ですもの」
 言葉とは裏腹に君の顔は明るい。君の意図が掴めなくて、僕は、ふぅん、と曖昧な相槌を打った。
 君はそっぽを向いて、両手を後ろ手で組んで片一方の足をつま先立ちにする。
「もし、本当に野原いっぱいの花を赤いリボンで束ねて贈られたら、きっと、迷惑だと思うの」
 身も蓋もないことを言い出す君に、相手によるんじゃない? と僕は思ったことを言ってみる。
 僕はきっと君は、手紙も書いてくれない脈ナシの相手からよ? きっと迷惑。とかなんとか言うのだろうと思った。大体がいつも僕と彼女との会話はこんな感じだ。身も蓋もない世間話。
 ただ、この日は違った。
「じゃあ、私があなたに野原いっぱいの花束を贈ったら、どうする?」
 僕は慌てて君の方を見る。君は相変わらずそっぽを向いているが――――その頬が赤いと思うのは暮日のせいか。僕は頭が真っ白になっていた。え? どういうこと?
「どうする?」
 重ねて聞いてくる君は、悪戯が成功したような顔をして、こっちに振り向いた。その頬がやっぱり赤く見えるのは、僕の欲目か。
 僕の心臓が速く重く鳴ってゆく。きっと、君から見た僕の顔は赤いだろう。
 僕は、取り繕うに取り敢えず咳をする。会話はややこしいが別に愛の告白をされたでなし、花を贈ったら、と聞かれただけだ。動揺するのも変だろう。いつものように。そう念じて泳いだ目を閉じ、一言。
「手紙じゃなくて、会いに行く、かな」
 いつも会ってるじゃない! きゃらきゃらと笑う君の顔がどこか残念そうな苦笑いに見えたのは、僕の気のせいだろうか。


2/9/2023, 11:20:30 AM