ぺんぎん

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きみを懐かしむために、いくつかの思い出のかけらを拾おうとするならば、まず思いつくのは、旅先のベッドルームでのひとときであろうか。異国にただよう独特の風や運ばれてきたにおいを吸いこんで、何度も眠りを重ねた。ひろびろとした部屋のあちこちでスローダンスをけだるげに踊っていた、そこでは、だれもふたりが愛しあうことを気に留めなかった。そこだけ地球儀からくり抜かれてしまったのではないかと思うほどに、その街は、静かがあふれていた。
ときどき、きみは、わたしの無防備な背中に指をのせて、じっくりと言葉を宛てた。くすぐったい文字が背中であふれ、それはふたりの愛情にくっきりと輪郭をつけてくれた。わたしはその殆どを理解しようとは思わなかった、きみはとくにわたしが理解することを望まなかった。いうなればそれは、ふたりの存在を証明する、ひとつもけがれのないやさしさの行為だった。気恥ずかしさもそっけなさもふくめて、それは愛の言葉そのものであった。

10/26/2023, 6:22:16 PM