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「突然何かと思ったら、また来たの?」

そう言ったのは何度目だろう。彼は疲れきったような、それでいて安心したような顔をしていた。

「どうしても、また会いたくて」
「辞めてって言ったわよね?」
「……うん」

彼は罰が悪そうにくまの酷い目を伏せた。別れたのは随分と前なのだからいい加減に私のことは忘れて欲しい。私が居なくなったその後は幸せになってくださいって言ったはずなのに。

「貴方には良い人がいたでしょう。その人はどうしたの?」
「あいつは俺の事を支えてくれたけど…でも、やっぱりお前じゃなきゃダメなんだって思い直したんだ」
「だから来たのね。それがどれだけ人に迷惑をかけるか分かってるの?」

貴方…………
随分と我儘な人なのね。

彼は私の鋭い言葉を受けてもなお動かなかった。悲壮な顔で、それでも強さを見せている顔。弱々しい姿しか見ていなかったから、今回ばかりは本気なのもしれないとふと思ってしまった。

「えぇ、確かに。私にとっても貴方が特別。ずっと貴方のことを見守っていたもの。
 だから、だからこそ、私のことは忘れて欲しいの。貴方を連れてはいけないわ」



私は死んだの。



良い?私は貴方を連れて逝かない。貴方は生者で、私は死者。元の世界へ戻りなさい。もう会うこともありません。

「………」

元の世界へ帰りなさい。大丈夫よ、貴方のことはずっと見守っているから。
愛しているわ。

8/29/2023, 3:14:20 AM