なぁに平成ボケした女みたいなこと言ってんのよ
そういうのは理不尽に八方美人な殿方に言いなさいよ
と、おでこを小突かれた。
そうだ、ここんとこの三寒四温の寒暖差で見事に大風邪をひいてしまって親友のレナに泣きごと言って来てもらっていたのだった。
さっきのは微睡んでいた私の寝言へのツッコミらしい。
何を言ったか覚えていないもんで、突然の軽い衝撃にびっくりしてすっかり目が覚めてしまった。
渋い顔して唸る私にレナは悪戯な笑顔を投げてからワンルームの狭いキッチンに立った。
消化のいい食べ物を数日分作り置きしてくれているのだ。
とても手際のいいリズミカルな調理の音が心地よかった。
"レナ、絶対いいお嫁さんになるよ"
いつだったか言ったことがある。
お世辞みたいな決まり文句だけど本心からそう思った。
けれどその時は、結婚する気はないと興味なさげだった。
レナは猫毛で柔らかなブラウンの髪をした読モみたいに可愛い子で、メイクもしてないのに透きとおるようなきれいな肌をしていた。
私はそんなレナにひと目惚れして高2の春に同じクラスになってすぐに声をかけて打ち解けた。
それからずっと社会人になった今でも仲良くしてもらっている。お互い20代も折り返し地点に来てしまった。
レナの薬指にある品の良い小ぶりなダイヤが窓から差し込む光を反射して眩しい。婚約相手は同じ会社の同期だそうだ。
何ヶ月か前に恥ずかしそうに小声で教えてくれた。
その時の表情が本当に幸せそうで、それと同時にレナの中の私はもうレナの特等席には居ないことを知ってしまった。
なのに、こういう時に頼れるのはレナだけだって本当に私の人生は情けない。
選ばなかった選択肢をたどって、ありもしない今を空想するのも最近は虚しくて、手当たり次第マッチングアプリで知り合った男の人と1日デートしてはその日の夜に連絡先をブロックするということを繰り返していた。
もちろん身体は許していない。というか、私は男の人とそういうことをすることにあまり関心が持てないのだ。
かと言って女の子と性的な繋がりを持ちたいのかと問われたらよくわからない。
もうこのごろ本当に、私という人間がわからなくなってしまった。もしかしたら人間ですら無いのかもしれない。
そんなことを熱に浮かされながらぼんやりと考えていたら、レナがまたベッド脇に来て私を覗き込んでいることに気づいた。
病人にすべきことをひと通り済ませたからそろそろ帰るらしい。名残惜しい気持ちをなんとか飲み込んで、小さくありがとうと言って瞼をとじた。
レナが玄関のドアを開閉する気配を感じながら、私はまた深い眠りの中に意識を逃がしてやることにする。
余計なことを考えないで済むように。
#優しくしないで
5/2/2024, 4:19:10 PM