世界に一つだけ
部屋。自分が生活する上で、お気に入りに囲まれて暮らしたいと、寮を出て一人暮らしをする時には家具や生活用品をこだわっていこうと思った。
家具屋をいくつも周り、夜が更けるまでオンラインショップの口コミを見続け、SNSや動画サイトでインテリアについて調べた。この色を基調にして、色は少なめでとイケてる部屋作りのコツを独学で勉強し、実際に注文していった。
住む部屋をDIYすることもSNSから学んだ。内見をしたり賃貸情報サイトを眺めていくが、自分の思い描く最高の部屋はなかなかない。だが床や壁の色、模様は自力でどうにかできることを知り、その部分について多少の妥協をして自分が生活しやすいように駅や店の近くの部屋を選んでいった。
この部屋に住み始めた時に、誰かを部屋に招くことは想定していなかった。1人分の食器。1人分の寝具。ダイニングテーブルも広くなくていい。PCを扱うデスクが大きければどうにかなるだろう。自分だけの世界を作り上げていくようだった。
想定外は、突然やってきた。
アイツが飲み会の席で潰れてしまい、飲み屋から一番近かった俺の家に来ることになった。酒を飲み慣れないアイツはタクシーに乗せたら吐いてしまうかもしれない。歩いて帰れる範囲には俺の家しかない。断固拒否したが粘り強くお願いされ、渋々という形で連れ帰った。
1人で住むことを想定している家なので、アイツを寝かせられるのはソファーしかなかった。ソファもかなり迷って家具屋で実際に何度も座って決めたものだ。現在進行形で俺に肩を借りているコイツは涎を垂らして寝るだろう。本当は貸したくなかったが、床に寝かせるわけにもいかないので貸すことにした。
コイツはいつも俺の想像の範疇に収まらない。いや、収まらないでいて欲しい思いもないわけではない。いつまでも立ちはだかってほしいと思うが、今日ばかりは想像の範囲内で収まって欲しかった。他人に貸すブランケットもないので、予備のバスタオルを腹にかけてやって多少水も飲ませてやって、俺はシャワーを浴びてベットに行った。
朝起きて香ばしい匂いがするのは想定外だった。
1LDKの部屋の寝室にしている部屋のドアを開けるとリビングダイニングの様子が見える。キッチンに昨日と同じ服を着たアイツが立っている。
「起きたんだ、おはよう」
俺の許可もなくシャワーを浴びたらしい。ランドリースペースにタオルを収納しているのでその中から適当にタオルを取ったのだろう。肩からかかっているものは俺が次使おうと思って乾燥機から出して畳んでおいたタオルだった。
スクランブルエッグにウインナー。食パンも焼いてあり、簡単な野菜のスープ。それらを手際よく作ってソファーの前の狭いテーブルに置いていく。
先ほどのタオルだけでなく、冷蔵庫の中身も俺の確認なく勝手に使うあたり、普段の傍若無人さを感じるが、温かみを感じる朝食を前にしてそれに関して文句を言おうという気持ちは失せてしまった。
「冷めないうちに食べよう」
そう言ってちぐはぐな皿に盛り付けられた料理を並べ、ちぐはぐなカトラリーを皿の前に置き、種類の違うマグカップに牛乳を注いでいく。
自分にも朝食のルーティンはあるが、今日は一日オフ。こんな日があってもいいかと、ソファに座った。
自分のイメージを具現化させた理想の家に、世界で一つだけのちぐはぐな朝食。
この朝食も部屋のように統一感を持たせていきたいが、こんな日があっても悪くないと思ってしまう自分に驚いている。
9/9/2023, 10:54:11 AM