【たった1つの希望】
我が家のマイルームで、朝7時半前に鳴る時計。
ピポポ……ピポポ……あぁ、今日も止めないといけない。
それが起きたばかりの私に課せられる最初のタスクだ。
めんどくさい準備をこなして、朝ごはんを食べて、しばらくスマホで時間をつぶす。
そうして、クソどうでもいい時間を過ごしたら、もう登校開始の時間だ。いってきます、の前に振り返る。
どうも、おはようございます、マイルーム。
見ると、部屋の隅っこに堂々と、ふとんが投げ出されていた。いつもと同じ。掃除されていない部屋。
汚くはないけれど、キレイとも言いがたい部屋。
無言で荷物を鞄に放り込み、外へ出る。
自転車にまたがり、こいで、こいで、こぐ。
木々を横目に見る。車と並走する。
遠くに見える山々。私の両足でこぐたびに伝う振動。
ガタン、ゴトン、と電車に揺られている感覚。
しかし、眠たくはならない。どこにも身体の支えになってくれる背もたれはないから。
吹きつける風。心地よくもあれば、うっとうしくもある。
自転車を止めて、校舎を見上げて、ウッと深呼吸して、席に着いて……それから鞄に忍ばせた本を開き、読む。
読む。読む。読む。じっくりと、目を通して。
本の内容が頭に入っては抜けていく感覚。
ただの文字の羅列として認識してしまっているかのようで、ときどき怖くなる。なぜだろう?
狭苦しさを感じる。
確かに空気があるはずなのに、少しだけ上手く呼吸ができないような息づらさを感じることがある。
別に、この空間にいるのがイヤというわけではないのだが……教室の中でも、教室の外でも、校庭のグラウンドでも、家の近くにあるコンビニでも、我が家のマイルームの中でも、同じような気持ちをたびたび味わってきた。
キーーーーーンコー~~ーーーーーーーー
やったぁ、4時間目の授業の終わりの鐘だ。
よく頑張ったなぁ、私。まぁ、寝ちゃってたけど……
ーーーーーーーンカーーーーーーーーーン
いやいやいや、長い、長い、長い。
まだチャイムが鳴り終わらない?!
コー~~ーーーーーーーーーーーーン……
あ、鳴り終わった。
これで、やっと弁当が食べられる!
めちゃくちゃ腹へったァ。
とは、思うのに、なぜか私は栞の挟まった本を手に取り、読み始める。弁当は机の上に置き去りに。
周りの雑音がわずらわしい。環境音って、もう少し下げられないかな? ねぇ、ドラえもん、そんな願いを叶えられる秘密道具があるなら出してよ。
なんて、毎日のように思いながら、やっと放課後を迎える。
そういえば、午後の授業では何をしていたか……なんて、いちいち覚えていない。もちろん、午前の授業のことも。そもそも、覚えてなんかいられなかった。
校門の真隣にある自動販売機。
そこに並んだグレープ味のファンタに心奪われる。
ファンタの誘惑がすごい、と思わず足を止めた。しかし、足を止めたところでどうすればいいのか。私は馬鹿なので、財布という貴重品はマイルームに置いてきた!
まぁ、いいか。今度、買ってあげるから。
待ってろよ、グレープ味のファンタ。
こんな心の声が、もしも周囲に聞こえるとしたら、炭酸飲料に話しかけるヤバい奴だと思われるに違いない。
ふっと上を見る。
そこには、青く澄んだ空がいる。
いつも、必ず、近くて遠い、そんな貴方。
鞄からスマホを取り出し、カメラを空へと向ける。
貴方は笑っているのか、それとも泣いているのか。
表情は分かりゃしないが、ただソコにいる。
それだけで、私の心は浄化されるようなのだ。
スマホのアプリを開き、先ほど撮った写真を添付する。
あぁ、今日も綺麗だ。
私の空日記。それは、貴方の観察記録。
それは、私にとって最重要のタスク。
それは、1つの希望。
3/2/2023, 1:05:06 PM