小説家X

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『雨に佇む』

 私のおじいちゃんは小さな宿を営んでいる。田舎町の古民家宿なので、お客さんは大抵海外からの観光客だ。だからこそ、明らかに日本人で高校生くらいの年齢なのに、もう一週間もうちに泊まり続けている彼のことがとても気になって仕方無いのだ。
 彼がこの宿に滞在した一番の理由は私のおじいちゃんのようで、毎晩二人で楽しそうに何かを話していた。二人の会話にはよく「旅人」というワードが出てくるので、私は勝手に彼のことを旅人さんと呼んでいる。旅人さんは、私がその呼び方をする度に少し恥ずかしそうに笑うのだ。そんな彼に好意を寄せている訳ではないが、彼のチェックアウトが寂しくないと言ったら嘘になる。
 朝、旅人さんが一階のロビーに降りてきた。「おはよ」と微笑む彼も今日で最後か、と早速泣きたくなるが、私も精一杯の笑顔を作っておはようございますと返す。
「旅人さんは何時頃出発するんですか」
「んー、もう朝ごはんは外で食べようかなって思ってる」
つまり、もうすぐに出るのか…。やっぱり寂しい。
旅人さんは天気を確認しに外に出て行った。それと同時に上の階からおじいちゃんが降りてくる。おじいちゃんは私の気持ちに気付いているようで、優しく頭を撫でてくれる。
 旅人さんが戻ってきた。いつもさらさらな黒い髪が、今は何故か少し濡れている。彼は少し困ったような笑みを浮かべておじいちゃんに一言、
「今日の朝ごはんって何ですか」と言う。その意味を理解しようと必死に考える私の耳に、ザーッと雨の音が聴こえてくる。そういえば、旅人さんはカブで旅しているんだっけ。もしかして雨が降っていたら旅人さんは旅出来ない、のかな。
 希望に胸を膨らませて旅人さんの方を見る。七日間でもう見慣れた旅人さんの優しい笑顔がそこにはあった。
「あと一日だけ、よろしくね」

8/28/2023, 10:28:21 AM