今日はきっと特別な夜になる、波瑠はそう呟きながら、ブレスレットを外し、イブニングドレスの袖をまくる。そして用意のビニール手袋を慎重にはめた。
これは欠かせない。
ちらっと壁の時計を見ると、もう12時半近くだった。小型の冷蔵庫を開け、中身を確認する。
男の一人暮らしらしく、中はミネラルウオーターとビール、それにおつまみのチーズが数種類、野菜室には玉ねぎと萎れかかったトマト、それにゴロッとレモンがひとつ隅に転がっているだけだ。
波瑠は手際よく玉ねぎとトマトをスライスして塩を振り、レモンを絞って、マリネを作った。
大皿にこんもりとマリネとチーズを盛り合わせる。
そして途中の高級スーパーで男に買わせたワインの栓を抜く。
ワイングラスはなかったので、仕方なく、ガラスのコップを磨き上げてふたつ並べた。
「手伝おうか」と、男がドアを開けて顔を覗かせた。テカテカと顔が脂ぎっている。
「あら、大丈夫よ。もう出来上がるわ」
波瑠がにっこり微笑むと、男は眩しそうに目を細めて、黒いドレス姿を上から下まで眺め回した。「座っていらして、すぐ行きますから」
男は素直に従った。
波瑠はバックから小さな紙包みを取り出し、コップのワインにその中身を素早く注いだ。そしてスプーンで念入りに掻き混ぜる。白い粉は赤ワインの中にすっと溶け込んだ。
これでよし、と波瑠はビニール手袋を外して、バッグに丁寧にしまう。
これでキッチンのドアノブさえ拭けば、指紋は残らない。完璧だ。
今夜は特別な夜になるだろう、と思わず笑いが込み上げてくる。特別な、特別な祝祭だ。
1/21/2023, 6:14:45 PM