食べることはどんなことよりも気持ちいいって知ってる。だから俺は食べるために息をしている。
甘いもの。おれの快感のトリガー。口、第二の性器とも呼ばれるそこ。彼の快感のトリガー。彼との関係は、食べさせてくれるから、食べる。それだけ。
喉仏を押されてたまらなくなって嘔吐く。半開きの唇をなぞられて、捩じ込まれて。
鼻腔を甘ったるい匂いがぬるぬると満たす。幸せの具現化みたいなそれを、無我夢中で咀嚼して、半分くらい飲み込む。そのとき彼は一心不乱にクリームでひたひたになった口を、ぐちゃぐちゃと掻き混ぜる。嬉しそうにわらう。その顔つきがきもちわるくて、ただただ綺麗で、また吐く。せりあがった熱が引っ込む。指の形に沿って、歯茎にも甘い味が蔓延する。 クリームが口まわりにべっとりと塗りたくられる。血管の色が透けて見えるような、赤くて黒い舌で、たまご色のクリームを舐めとる。彼の指についたやつも。舌を這わせる。おいしい、と舌足らずに喘ぐ。彼はそんな俺をすきだから。緩く勃ちあがったそれと悦楽の沸き立つさまに興奮を漏らす。そんで、臓器の隆起、咀嚼と一緒に、ふたりでセックスをする。とろけるようなセックス。食欲と、肉欲。全部が全部、交わりあってきもちい。ねちっこくて、えろい。
「美味しい?」
「ぉえ、あゔ」
咥えた指まで全部美味しい。気持ちいい。ありえないくらいの密度の幸福がおれの水槽を満たす。ぽたってなんかが落っこちてくる。汗。鼻血。
「んゔ、」
「だいすき、かわいい」
もったいなくって、彼の鼻血も舐めた。それでも、立て付けの悪いシャワーみたいにぽたぽた、つづけて落ちる。色が乗って、赤い舌はさらに存在を見せしめる。ふたつぶんの重さでみしみしと軋んだベッドのシーツは、ときおり赤黒くなったり、なまぐさくなったりする。抜いた指から溢れた唾液、クリームの匂いや、ミルクの味も、ひとつの余韻として残る。その匂いにひしめいた、彼の性器を咥える。
彼の体液はどんなスイーツよりも甘い。そう信じ込んでいる。これは一種の洗脳ともいえるんだろう。鳩尾から爪先の方まで蜂蜜みたいに生ぬるくって可笑しい。気持ちよさにすがれるなら、それしか出来ることがないのなら、別に洗脳でもなんでもいい。夢を見れる、それだけで恵まれている。
中学のころ、隣の席の子が喉に咀嚼し損ねたものを詰まらせて、噎せた。その子は身体をがくんと強ばらせた。
ぞわ。腹から蔓延した熱。血が指の末端までとぷとぷと注がれる。
その途端に、その細い背中からあふれる息が、急かすような狂ったリズムになる。たまらず口を開ける。胸のまわりをひたすらにとんとんと叩き、異物感に喘いでいる。咳が震えた身体から飛び出す。レンコンのサラダ、かぼちゃのうま煮なんかが乗っかったピンク色のトレーにはあちらこちらに吐瀉となった欠片が散らばっている。人の塊が机のまわりをぐるりと囲んで後ろからとん、と背を撫でるように叩く。かひゅ、と浅い息でもがいている。目尻に涙が溜まる。喉がちいさな音とともに隆起する。口の端から唾液が滑る。赤黒い舌がたまらず飲み干した牛乳の白に塗れててらてらと光り、鮮やかな色をした歯茎が視界で煌めく。
どくん。ばくん。
その様子を、興奮でたまらないといった様子で見つめていたのは俺だけだった。頬を青くする彼に、みんな、心配そうに声を掛けるばかりだった。
椅子に収まった膝がかたかたと揺れた。薄いズボンを、ただみじめな性器がぐりっと押しあげていた。
思春期の俺の欲求の捌け口であったり、快感のトリガーであったりが、少し拗れているのだと気づいたのはそれからだろう。
それからずっと、我慢だ。誰にもばらしたくない。人の口に興奮する、なんて。
彼は、彼の口は、俺の扇情を掻き立て波立たせる、自慰としての、性とかなんとかの、理想の形だった。
大学の色あせたベンチ。レタスと、ハムと、トマトと、ゆで卵を潰したやつとかが厚めのパンに挟まって、奇麗な断面に切りそろえられているサンドイッチ。
「お前って飲み込むの早いよなぁ、ちゃんと噛んでんの」
「うるさいなあ、喉を押しあげるみたいな、固形物が通る感覚が好きなんだよ」
2、3人くらいの男が、他愛ないことを話している、ただそれだけのことなのに、俺はそのうちのひとりに釘付けだった。
殆ど口に含んだものを噛まずに、固形物が喉をつっかえるように滑る音がする。遠くからでも、分かる。
ずくん。きゅんっ、じゃない。ずくん。
あの時はたしかにお腹の底に心臓の形が浮かび上がってきたような気がしたの。
みぞおちが胸焼けするような欲が、少しずつせりあがってくる。決して皮膚を削って、心臓まで突っ切るような思い切りのよさはなく、俺の性欲の上澄みだけを掬って、ぬるい口元で咥えられているみたいな後ろめたい欲。偏った性欲をコンプレックスと名付け、ひとりで抑えきっていた青春の皺寄せがいま、俺の片隅で渦巻いている。
あの日と同じような目眩と、腹の煮え立つようなもの欲しさが、薄いズボンを押し上げる。彼に喰われてみたい。
彼のサンドイッチが手の奥で隠せるような大きさになった時、俺の意思で動いている肉、みたいな心臓が、多分だけど、随分と大きくなっていた。
彼の、マヨネーズでべたべたになった指先を拭いたくなった。勢いに任せて、走る。心臓がぐっちゃぐちゃ。気が動転する。
「あの」
「俺と、ご飯行きませんか」
驚きで軽く噎せた彼の口。喉仏。唇。あ、やっぱり俺にぴったり。
ちょびっと拗れた恋愛がすきです。充電が切れそうなので途中経過。
11/13/2022, 5:18:53 AM