いよわ

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「んじゃ、ここで。」
彼は駅の改札の手前で立ち止まると、くるりとこちらを向いた。
わたしが好きな優しい笑顔を浮かべてこちらを見つめる彼。

今日は手を、つないで帰ってくれなかった。

いつも、わたしたちは手をつないで彼の駅の改札まで一緒に帰っていた。
二人で他愛のない話をしながら歩く帰り道。
柔らかな温もりがいつも左手にあった。
なのに今日は、なんだか寒い。
「…うん。また、ね。」
わたしはぎこちない笑顔を浮かべた。
本当はばいばいなんてしたくない。
本当は今すぐにでも抱きつきたかった。
でも…。
「あのさ、」
ふと、彼はわたしに少し歩み寄った。
二人の視線が絡み合う。
「今後もさ、友達としての関係は続けたい。」
彼はわたしの顔を見ずにそう言った。
わたしは彼の言葉に何も返さず、俯いて黙り込んでしまった。
愛想よく可愛らしい笑顔でうん、っていえばよかったのに。
どうしてわたしは黙ってしまうの…?
なんだか目頭が熱くなってきた。
ぐっと涙を堪えていると、優しい声でわたしの名前を呼ぶ声がした。
ふっと顔をあげたとき、全身が温もりに包まれた。
わたしの大好きな香りが鼻腔をかすめる。
「ごめん…。」
彼の優しい声が耳元で聞こえた。
「ううん…。いいの。」
わたしたちはそのあとは何も言葉を発せず、ただただ抱き合って静かに涙をこぼした。

彼と別れた帰り道。
わたしは駅での余韻に浸っていた。
彼と一緒に帰るのはあれが最後だった。
「なんで、別れちゃったのかな…。」
わたしはぼんやりとそんなことを思った。
わたしたちが別れた理由は簡単だった。
お互いの意見が少し食い違っただけで大喧嘩して、そのまま別れてしまっただけ。
ほんとにくだらないことで大切な人を失ってしまったのだ。
日が沈みきりそうなとき、通学路の途中にある公園の、大きな一本の木が花を咲かせていた。
金木犀だった。
金木犀は、彼の好きな花。
わたしはトイレの芳香剤みたいな匂いで嫌いだったけど、今は金木犀が愛おしく思える。
「わたし、本当は大好きだった…。」
わたしは頬が濡れるのを感じながら目を閉じた。
金木犀は優しい香りを風に乗せ、彼との思い出をゆっくりと呼び起こしていった。


『別れ際に』

9/29/2023, 7:30:32 AM