ニコ

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深まる秋、僕はアナタに恋をした
いつものように、山を徘徊していると
舞い踊る銀杏と紅葉の中、共にくるくると踊る君に会い


一目で恋に落ちた

其れから、アナタが来る度に、僕は他愛ない話を話した

アナタも同じように、話しかけに来てくれた

其れから、年月は経ち、心を通わせ、

始めて、会った秋の日とよく似た秋の日に恋人になり

何十年も経った今日、

人だったアナタはこの世を去った

人にしては大往生で、たぶん幸せな人生だったと思う

知らせを風から受けた僕は
お葬式の会場に行きながら
ある事をふと思い出す

あれは今から何十年も前、
恋人になってしばらく経った日の話だ

いつものように
銀杏の大木で他愛ない話をしていたときの記憶。


『この山ってネバーランドみたい』 


そんな事を突然言うものだから、驚いて、

『ネバーランド?』

と思わず聞き返すと

『知らない?ピーターパンの話を
 その世界の住人は永遠に年を取らないの』

『嗚呼、西洋の童話か…じゃあ君ははウェンディだね』

『え?』

『たしかウェンディは大人になっても
 心から妖精を信じていた、だから
 ティンカーベルの粉で飛べたんだろ?』

『だから、君もかわらずこの森に来られる』

そう伝えると、アナタは一瞬キョトンし

『私がウェンディかぁ、うれしい』

そう唄うように言うと子供のように笑っていた

そのことを鮮やかに思い出しながら
棺の中で眠るアナタを見つめる
その優しい寝顔を見つめながら
棺の縁に腰掛けて、そっと話しかける

「逝ってしまったんだね」

アナタの顔を見ながら、そう言うと

君とのかけがけのない優しい日々が

脳裏に鮮やかにまた蘇える


「悠久を生きる僕の記憶は人間とは違う」

想い出の中のアナタは、

春の桜の花弁を見たら、花の雨ね、と笑い
夏の藤を見たら、紫水晶の石細工よ、と感嘆の息をつき
秋の黄色い銀杏を見たら、小人の扇ね、と悪戯っぽく言い
冬の椿を見たら、綺麗ねと微笑みながら、こちらを見る

どの季節のアナタも生き生きとしていたけれど

一等、好きな秋になると、子供みたいにはしゃいでいた姿

紅葉と銀杏と一緒に躍るのが好きで

凄く我儘で、凄く泣き虫で、凄く優しい最愛の人

「君と出会った日も昨日のことと変わらない
 全部、昨日のことのように思い出せる」

その柔らかい声も、その甘い匂いも、その暖かい温もりも
その優しい心も、全部、鮮明に覚えている



「…千年、いや万年先も、
 たとえどれほどの刻が経とうと君を忘れない」


棺の中に手を伸ばし、アナタの冷たく硬くなった頬に
そっと触れた

途端、瞼の奥が熱くなり、ツンと鼻が痛くなる

其れでも、僕は涙を堪え、アナタを見つめる

「君と過ごしたすべての時間を」

そっと、道端で拾った白い花をアナタの髪に飾りながら

震える声で、伝える

この言葉は、絶対に言わなくちゃいけない

だから、


「この長い寿命の最期の日までけして忘れることはない」


そこまで、言い切ると僕は、一旦、息を深く吸い
アナタの顔をに自分の顔を近づける

その拍子に目から溢れた涙で頬を濡らしながら、
ゆっくりと別れの言葉をアナタに言った




  「さよなら、僕のウェンディ
     僕が逝くまで、あっちで待っていてくれる?」





心なしか眠っているアナタが微笑んで頷いたような気がした








僕はあの秋の日にアナタに恋しました


9/22/2024, 4:07:34 AM