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長いまつ毛で縁取られた目を瞬いて、その缶をまじまじと見つめていた。手に取るのを憚るように、一度は伸ばした腕は、力なく垂れている。当時は輝いていたであろう金色の缶は薄く光を跳ね返し、どこかくすんだ色合いへと変化している。──年季を感じる佇まい。その割に、どこも錆び付いてはいない。
──大切にされていたんだろう。そう、感じた。

しんとした空気が流れている。
長い長い時間、誰も何も言わなかった。もう春だというのに、冷えた風が傍を通り抜けていく。
──最初に沈黙を破ったのは、君だった。

「飴が入っていたんだよ」

すっと手を伸ばし、指が触れる寸前。刹那だけ躊躇した君は。次の瞬間には何事もなかったのように、なんでもないように、缶を掴み、蓋を持ち上げた。
瞬間。感じるはずもないのに。ほんのりと、甘い香りがした気がした。
中身を見た君の顔が、反射した金に照らされ、眩しそうに目を細めて。冷たかった空気に、甘い香りが溶けていく。
空は快晴だった。くすんだ金色の缶の内側が、太陽の光できらきらと輝いていた。

4/13/2024, 12:17:15 PM